第3話―① アツすぎるんだよ
市民病院までは、家からおよそ3キロメートルの距離だ。
途中、ひとつ
ブリヂストン製の
秋の日はつるべ落としと言う。
家を出た頃には、傾いた太陽の姿が西の空に見えていたが、自転車を走らせていくうちに、
夕風はいまだ熱をはらみ、せっかく着替えたTシャツがまた汗に
目的地に着くころには、デイバッグを背負った背中は、
すでに
さきに病棟で受け付けをした。
自動販売機でレモン
見舞い客や看護師とすれ違いながら、病室に向かう。
そっと扉を開けると、横たわったままのばあちゃんが、首だけこちらを向けた。
入院してから、また
ばあちゃんは、5秒ほど俺の顔を
「
知らぬ間にこわばっていた肩の力が抜ける。
大丈夫。「一番良い状態のばあちゃん」だ。
「ばあちゃん、具合、どう」
俺はベッドに近寄りながら、声をかける。
「具合? いつも通りよ。ぼけちゃったり、ぼけちゃわなかったり」
ばあちゃんが、自分を
「そっか」
「英介、今日、学校では何があったの?」
ばあちゃんは、いつもこういう
「……カメに会ったよ」
「あら、まあ」
ばあちゃんが、くすくすと笑った。
「たぶんだけど、ミナミイシガメ」
「たぶん? ちゃんと図鑑で調べなかったのかい?」
うちには、ばあちゃんが買い与えてくれた子ども用の図鑑がそろっている。小さいころは、見知らぬ生き物に出会うたびに、せっせとそれで調べていた。
いま、何かを調べるなら、スマホかPCだ。
だが、俺は、
「帰ったら調べるよ」
と答えた。
「そうだね。英ちゃんは、動物学者になるんだからね」
動物学者になりたかったのは、小学生の頃。
「動物学者も良いけど、医者も良いかなって」
「動物のお医者さん。それも、英ちゃんにぴったりだね」
ちがうよ、人間の医者だよ。
俺、何回か、伝えたよ。
「英ちゃんは賢いから、きっと良い高校に入って、有名な大学の獣医学部にだって余裕で入れちゃうね。うちを出てしまうのはさみしいけれど、ばあちゃん、応援するよ」
「俺、実は**大を目指してるんだ」
とっくに高校生になっている俺は、地元の国立大学の名を上げた。
「残念だけど、英ちゃん、**大では、獣医さんの勉強はできないんだよ。獣医さんは、獣医学部というところでお勉強しなくちゃいけなくてね……」
ばあちゃんは、小さな英ちゃんを傷つけないよう、ていねいに説明を始める。
心配しなくていいよ、ばあちゃん。
獣医学部はないけれど、**大学には医学部はあるんだ。家を出ていかなくても、勉強はできるんだ。
思いは声に出さないまま、俺は、そばのパイプ
ばあちゃんは、昔から、俺にいろんなことを教えてくれる。
うまい握り飯の作り方。
洗濯物を干す時には、しわを伸ばす。
近所の人へは、あいさつをする。
心を落ち着かせるにはどうすればよいか。
そして、人は、いかにして老いてゆくのかということ――。
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