第25話 再編の影

 静かな朝だった。


 食堂には誰の姿もなかった。

 湯気の立たないポットと、冷めたスープだけが、昨夜の余韻のようにテーブルの上に残っていた。


 リビングに置かれた通知書。


《通知:第五寮所属ユニット・アーディス 再編対象候補ユニットに指定》


 レイヴンはそれを無言で読み、しばらく指先で画面をなぞっていた。その手が、ゆっくりと文字を追う。


 静かだった。


 だがその静けさは、もはや平穏ではなかった。それは、努力の限界を突きつける“現実”の音だった。



 午後、クラウス上官が姿を現した。


「正式に通知が下りました。あくまで“候補”ですが……このまま推移すれば、ほぼ確定でしょう」


 その言葉に、レイヴンもユウトも、言葉を失った。それは何度目かの、“無力感との再会”だった。


「再編とはいえ、悪いことではありません。新たな適正環境を整える制度です。感情のこじれを引きずるより、効率的な家族構成に再編するほうが、本人たちのためになる」


 淡々と、そして優しく。

 クラウスはまるで善意の制度説明のように、それを口にする。


 だが、その言葉が告げているのは、事実上の“家族解体”だった。


「もちろん、君たち二人の取り組みは評価されている。報告には、詳細を記録して提出済みです。個人評価としては、十分に及第点ですので——」


「もういい」


 ユウトが立ち上がった。

 拳を握りしめ、顔を伏せたまま声を上げる。


「そんなの……聞きたくない」


「ユウト……」


「何が“適正環境”だよ。そんなもん、誰が決めたんだ。リンク率が高けりゃいいんじゃないのかよ。なんで他人が全部決めるんだよ……!」


 声は震えていた。怒りよりも、痛みの色が濃かった。


 レイヴンは何も言わなかった。

 ただ、そっとユウトの肩に手を置いた。


(本当は、俺も同じことを叫びたかった)


 セレスは、その場にいなかった。


 彼女の部屋の扉は閉ざされたままで、中からは音ひとつしなかった。気配もなく、ただ静まり返っていた。まるでそこだけ、現実から切り離された“箱”のようだった。


 ノアの姿も、見えなかった。


 おそらく、どこかで息を潜めている。そう思えてしまうほど、彼女の存在は薄れていた。


 誰も“反対しなかった”のではない。ただ、それぞれが、それぞれの場所で、言葉にならないものと向き合っていたのだろう。


 けれど、確かに聞こえた。

 家族という形が、静かに、壊れていく音。


 再編。再構成。適正な組み合わせ。


 まるで人間を“構成パーツ”のように並べ直すその発想が、“正しさ”と呼ばれる世界。


 (それで、いいはずがない)


 レイヴンの中に、ゆっくりと冷たい怒りが広がっていく。それは燃えるような激情ではなく、凍てついた信念の芯だった。


 明日に向かうのは、精神リンク試験。


 そこがすべての分岐点になる。

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