第25話 再編の影
静かな朝だった。
食堂には誰の姿もなかった。
湯気の立たないポットと、冷めたスープだけが、昨夜の余韻のようにテーブルの上に残っていた。
リビングに置かれた通知書。
《通知:第五寮所属ユニット・アーディス 再編対象候補ユニットに指定》
レイヴンはそれを無言で読み、しばらく指先で画面をなぞっていた。その手が、ゆっくりと文字を追う。
静かだった。
だがその静けさは、もはや平穏ではなかった。それは、努力の限界を突きつける“現実”の音だった。
*
午後、クラウス上官が姿を現した。
「正式に通知が下りました。あくまで“候補”ですが……このまま推移すれば、ほぼ確定でしょう」
その言葉に、レイヴンもユウトも、言葉を失った。それは何度目かの、“無力感との再会”だった。
「再編とはいえ、悪いことではありません。新たな適正環境を整える制度です。感情のこじれを引きずるより、効率的な家族構成に再編するほうが、本人たちのためになる」
淡々と、そして優しく。
クラウスはまるで善意の制度説明のように、それを口にする。
だが、その言葉が告げているのは、事実上の“家族解体”だった。
「もちろん、君たち二人の取り組みは評価されている。報告には、詳細を記録して提出済みです。個人評価としては、十分に及第点ですので——」
「もういい」
ユウトが立ち上がった。
拳を握りしめ、顔を伏せたまま声を上げる。
「そんなの……聞きたくない」
「ユウト……」
「何が“適正環境”だよ。そんなもん、誰が決めたんだ。リンク率が高けりゃいいんじゃないのかよ。なんで他人が全部決めるんだよ……!」
声は震えていた。怒りよりも、痛みの色が濃かった。
レイヴンは何も言わなかった。
ただ、そっとユウトの肩に手を置いた。
(本当は、俺も同じことを叫びたかった)
セレスは、その場にいなかった。
彼女の部屋の扉は閉ざされたままで、中からは音ひとつしなかった。気配もなく、ただ静まり返っていた。まるでそこだけ、現実から切り離された“箱”のようだった。
ノアの姿も、見えなかった。
おそらく、どこかで息を潜めている。そう思えてしまうほど、彼女の存在は薄れていた。
誰も“反対しなかった”のではない。ただ、それぞれが、それぞれの場所で、言葉にならないものと向き合っていたのだろう。
けれど、確かに聞こえた。
家族という形が、静かに、壊れていく音。
再編。再構成。適正な組み合わせ。
まるで人間を“構成パーツ”のように並べ直すその発想が、“正しさ”と呼ばれる世界。
(それで、いいはずがない)
レイヴンの中に、ゆっくりと冷たい怒りが広がっていく。それは燃えるような激情ではなく、凍てついた信念の芯だった。
明日に向かうのは、精神リンク試験。
そこがすべての分岐点になる。
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