第24話 すれ違い

 翌日から、レイヴンとユウトは行動を共にするようになった。


 朝の演習では、呼吸を合わせた動きや魔法のタイミングを反復し、日が暮れるまで戦術連携と実技演習を繰り返す。


 屋外訓練では、二人だけで中級魔獣に挑む場面が増えていた。


 「いくぞ、ユウト!」

 「わかってる!」


 レイヴンが防御陣を張り、ユウトが火炎の槍を連続して放つ。

 連携の精度は上がっていたが、一体を倒すのにかかる時間はまだ長い。


 魔獣の再生能力に苦しめられ、想定よりも長引いた戦いに、二人の呼吸は乱れていく。


 高台の支援陣から、セレスが詠唱しかけて止める。ノアは風を纏ったまま、棒立ちのまま魔獣を見つめていた。


 「……何をすれば……」


 セレスの喉から漏れた声は、呟きにすらならない。

 二人の連携は確かに強くなっている。それだけに、そこに彼女たちが割って入る余地は、どこにもなかった。


「私が出たところで、逆に邪魔になるんじゃないか……」


 視線をそらしたまま、ノアは一歩も動かない。小さく息をのむ音だけが、風にかき消されていった。


 二人の迷いと沈黙の中、レイヴンとユウトはなんとか魔獣を仕留める。

 だが、それは“共闘”というには程遠い。“二人だけの消耗戦”だった。



 家に戻っても、食卓に全員が揃うことはなかった。それぞれが部屋に籠もり、沈黙だけが家の中を満たしていた。


 レイヴンとユウトは、簡素な食事を二人だけで取りながら、明日の演習計画を確認するような会話を交わす。

 無理に笑うことも、気を遣った冗談も、今は出てこなかった。


 努力はしている。確かにしている。だがその努力は、家族という形には、まだ届いていなかった。


 その日の演習の報告書には、“リンク率上昇”と記録された。しかし、嬉しいという感情は湧いてこなかった。



 その夜。

 再び、クラウス上官がレイヴンの寮を訪れた。


 「君たちの訓練記録、確認しているよ。努力の跡がよく見える」


 その言葉に、レイヴンはわずかに表情を緩めかけた——だが、その後に続いた言葉で、凍りついた。


 「リンク率の伸びとしても期待に値する。だから君たちの再編はなくなった」


 クラウスは眼鏡を押し上げ、満足そうに笑みを浮かべる。


「君たちは悪くない。問題は、努力をしない“相手”と巡り合ってしまったことにある。だから、セレスとノアの代わりを用意することにしたよ」


 一瞬、時間が止まったような静寂が訪れた。


「……それじゃ……話が違うだろ」


 低く、かすれた声が床を震わせた。ユウトが立ち上がる。拳を震わせ、目を潤ませながら、怒りを噛み殺して言った。


「俺は、ただリンク率を上げたくて頑張ったんじゃない。セレスとノアと、一緒にいたいんだよ。他の家族なんかじゃ、意味がないんだ」


 その叫びに、クラウスの笑みがわずかに揺らぐ。


「……上の決定だ。私は伝えに来ただけだ。まぁ、気持ちは分かるが、ね」


 ユウトの拳がぶるぶると震えた。

 レイヴンの声が重く響く。


「だったら自分はこんな家族ごっこなんて、辞めてやる」


 目を伏せたまま、テーブルに置いた拳をゆっくりと握り込む。


「勝手にしたらいい。だが、残されたユウトはどうする。今まで二人三脚で努力してきたのだろう」


「クッ……!」


 ユウトの喉から、怒りとも悔しさともつかない声が漏れる。


 もやもやとした沈黙が場を覆う。誰も動かず、誰も視線を交わさず、ただ重い空気だけが部屋に残された。


 そのまま、何も答えを出せぬまま——精神リンク試験の日が、刻一刻と近づいていた。

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