第23話 夜明け前の訓練場

 夜の寮区は静まり返っていた。

 街灯もまばらな石畳の道を、二つの足音だけが規則正しく響いている。


 レイヴンとユウトは、誰もいない訓練場の門をくぐった。昼間の喧騒とは打って変わり、冷えた空気が肌を刺す。


「……やっぱ夜の訓練場って、ちょっと雰囲気が違いますね」


 ユウトが笑いながら言うが、声にはどこか焦りの色が混じっている。


「二人きりで練習するなら、今しかないだろ」


 レイヴンは短くそう答え、荷物を降ろすと魔導具を取り出した。

 訓練用の簡易魔獣生成球。その表面に魔力を注ぎ込むと、薄く光が灯り、地面に影のような幻体が現れた。


「……三体同時ですか。昼の訓練よりキツそうだ」


「二人分をカバーするんだ。生半可じゃ意味がない」


 そう言って、レイヴンは土属性の展開陣を床に描き始める。

 ユウトも深く頷き、自らの炎刃を呼び出した。


 「レイヴンさん」

 「……なんだ」

 「俺……もう、失いたくないんです。家族を」


 レイヴンは振り返らずに言った。


 「……自分もだよ」


 ユウトは、言葉だけではなく動きでも、それに応えるように白熱する。


 訓練は熾烈だった。


 レイヴンが防御の壁を張り、ユウトが側面から攻撃する。しかしユウトの攻撃は、まだ単調で読みやすい。

 敵の模擬魔獣はあっさりと軌道を見切って反撃してくる。


「ユウト、動きが直線的だ!一呼吸置いて、ずらせ!」


「了解!」


 ユウトは一度踏み込みを止め、わざと逆方向に身体をひねる。フェイントをかけたその一撃が、初めて魔獣の肩を捉えた。


「やった……!」


 だが、その隙にもう一体がレイヴンの背後へ回り込む。土の盾が間に合わない。


 「——っ!」


 レイヴンが咄嗟に構えたが、刹那、炎の槍が斜めから飛び込んだ。ユウトの魔力が、ぎりぎりで間に合ったのだ。


「……ナイスだ、ユウト」

「よしッ……! いや、でも……」


 ユウトは肩で息をしながら笑った。


「ほんとに……難しいな」


 レイヴンは少しだけ口元を緩めた。


「難しくて当たり前だ。自分だってキツい」


「……それでも、やってくれるんですね」

「お前が、一緒にいたいって言ったんだろ」


 ユウトは目を見開き、そして力強く頷いた。


 「……はい」


 その後も訓練は続いた。


 二人の動きは、少しずつだが噛み合い始めていた。


 ユウトが前に出て、レイヴンがそれを守る。レイヴンが敵を惹きつけ、ユウトが背後から魔力を浴びせる。


 合図も言葉もいらない。

 ただ、互いが“信じている”というだけで、動きは確かに連動していた。


 休憩の合間、ユウトは空を仰いだ。まだ明けきらぬ空に、わずかな星が浮かんでいる。


 「レイヴンさん」

 「ん?」

 「俺、怖いんです。……再編が」


 レイヴンは黙ったまま、冷えた水筒の蓋を開けた。


「ノアも、セレスさんも、俺にとっては……ほんとの家族みたいで。だから、もしこのままリンク率が伸びなくて、制度の都合で引き離されたらって思うと、心が潰れそうになるんです」


「……分かるよ」


 レイヴンの声は、どこか遠くを見つめているようだった。


「俺も、昔は家族を“失うかもしれない”っていう不安から逃げていた時期がある。でも今は——」


 ユウトの視線が彼に向けられる。


「今は、失うことより、“守れないこと”のほうが怖い」


 ユウトは、拳を強く握った。


「まもる……俺、レイヴンさんと一緒なら守れる気がします」


 レイヴンはその言葉に、ゆっくりと頷いた。


 「なら、もう一戦いくか」


 「はいっ!」


 訓練場に、再び二人の影が躍った。


 夜が明ける頃、魔力を使い果たした二人は地面に座り込んだ。


 額から滴る汗は、ただの疲労だけではなかった。

 “自分の弱さ”と向き合い、それでも前に進もうとする意志の証だった。


 朝の光が地平線を照らし始めた頃——

 レイヴンとユウトの距離は、ほんの少しだけ近づいていた。

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