第20話 崩れても、なお

 夜。アーディス再生寮、F-07棟。


 レイヴンは一人、薄暗いリビングにいた。

 灯りはつけていない。カーテンの隙間から差し込む月の光だけが、床に淡く影を落としている。


 空気は静かだったが、心は騒がしかった。

 まとわりつくような不安と、剥がれかけた後悔が、胸の内を何度も往復していた。


 昼間の演習が、頭の中で何度も再生される。


 ノアの迷い。

 ユウトの焦り。

 セレスの遅れ。

 崩れていく連携。


「家族として機能している」と言える瞬間が、どこにあった?


 (俺は、どうすればよかった?)


 もっと的確に指示を出すべきだったのか?あの時、指示を出していたのはセレスだ。彼女が悪かったのか……いいや違う。


 それでは責任転嫁だ。逃げた考えは捨てなくてはならない。


 ノアの手を取ってでも動かすべきだったのか?ユウトを制止して、セレスを下げる? ……それで全体は保てたのか?


 次から次へと浮かぶ選択肢のどれもが違う。皆が必死だった。その行動を否定していては、以前の逃げ腰だった自分と何ら変わりない。


 解決策がでない。悔やみ悩んだ、その瞬間……息が詰まった。


 空気が、肺に入ってこない。

 喉が急に細くなったような感覚。胸が押しつぶされるように苦しい。

 立ち上がろうとした脚がふらつき、テーブルに手をついて支える。


 (……なんだ、これ)


 体が震える。

 呼吸を整えようとしても、音だけが喉の奥で空回りしていく。


 気を落ち着けようと目を閉じたが、次の瞬間にはまた別の思考が口を出す。


(あれは……俺の指導のミス? ノアの心の問題? ユウトの幼さ? セレスの出しゃばり?)


 違う――誰か一人のせいじゃない。

 それは分かっている。

 けれど、じゃあ誰も悪くないなら、どうしてこんなにバラバラなんだ。


 どうして自分たちはバラバラなんだ。他の家族のように行かないんだ。どうして、自分は……いつも……いつも、こうなんだ。


 守りたかった。

 だけど、守れなかった。


 守るには制度に従うしかないのか?それでも、従うことに怒りを感じている。自分は制度を守りたい訳ではない。でも、家族を守るには……。


 矛盾が渦を巻いて、出口が見えない。


(……じゃあ、俺は何を守りたいんだ?)


 子どもたちか?

 制度か?

 家族という言葉か?

 それとも、自分自身の“贖罪”か?


 考えるほどに、すべてが薄まっていく。


 すべてが、どうでもいいような、でも放っておけないような――そんな曖昧な重さになって、自分の中に沈んでいく。


「……くそ……」


 声に出しても、何も晴れない。

 ただ胸が痛くなるだけだった。


 思考の出口が見えない。

 言葉がまとまらない。

 問いに問いを重ねても、何一つ答えにたどり着かない。


 誰かに助けを求めるべきか?

 でも、誰に? 何を? 


――そこに解決の糸口はあるのか?


 「……わからない……」


 額に汗がにじむ。手の平はじっとりと湿っている。


 とうとう、レイヴンは自分の考えていることすら、明確にわからなくなった。


 そして、レイヴンはその場に膝をついた。

 静かに、崩れるように。


 涙も、叫びもなかった。

 ただ、冷たい月の光だけが、黙って彼の背中に降り注いでいた。


 そしてその夜、レイヴンの思考は――もつれたまま、どこにも届かないまま、深く、沈んでいった。

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