第19話 試験演習の失敗

 試験演習当日。


 曇天の下、アーディスユニットは戦闘訓練区画に立っていた。空気は湿り気を帯び、肌にまとわりつくようだった。


 観覧席には他ユニットの生徒たち、視察に来た上官たちの視線が注がれる。

 評価装置が点灯し、彼らのすべての動きが監視されていることを無言で示していた。


 擬似魔獣ゴーレムが複数体、地面を割って出現する。

 鉄のような雄叫びが空間に満ち、戦意の火が全方向に燃え広がった。


「今日の演習は、各ユニットの連携力と対応力を測るものとする。評価は全体に通知される」


 教官の声に、各ユニットが一斉に戦闘態勢に入る。


「──行こう!」


 レイヴンの号令で魔力が展開される。


 土の壁が前衛にせり上がり、レイヴンが迎撃の構えを取る。

 ユウトがすかさず駆け出し、左右から回り込む魔獣に向かって炎を放つ。


「っしゃ、いける……!」


 勢いよく飛び出したユウトの声は、焦りと昂ぶりが混ざっていた。

 対象に効果は見えない。しかし、突っ込んでいく動きに、セレスは即座に対応し魔力を展開するが間に合わない。


「ユウト、もう少し抑えて! 範囲補助がまだ展開できない!」


 言いながら、自ら前に出ようとする。

 補助の枠を越え、即席の防御魔法を試みるセレスの手には、焦燥がにじんでいた。


「ノア、右の魔獣を惹きつけておいて……!」


 ノアが風の刃を走らせるが、焦りゆえに狙いがわずかにぶれる。


「ノア、もっと左手を狙うんだ──!」


 ユウトの声が上ずる。


 その瞬間、バランスが崩れた。


 魔獣の一体がセレスへと跳びかかる。

 レイヴンが咄嗟に土壁を展開し、身を投げ出すが、壁の形成が不完全だった。

 魔獣の拳が壁を砕き、その衝撃がレイヴンに伝わり弾き飛ばす。


「くっ──ノア、逃げろ!」


 倒れたまま、レイヴンが叫ぶ。だが、ノアの動きが止まったままだった。


 まるで、何かに縫いとめられたように。

 周囲の魔力、視線、声。すべてが交錯する中で、迷いが生まれていた。


 その刹那、魔獣の攻撃がノアの肩をかすめる。小さな体が、砂と共に宙を舞った。


「ノアッ!!」


 ユウトが叫び、地面に転がったノアに駆け寄る。


 警報音とともに、教官の声が響く。


「演習停止! アーディスユニット、即時撤収!」



 救護班の診断によれば、ノアの傷は擦過傷と打撲程度だった。

 だが控室に戻ったアーディスユニットの空気は、戦いに敗れた者たちの沈黙そのものだった。


 椅子のきしむ音すら重く感じられる。


「……俺のせいだ」


 ユウトがぽつりと呟く。顔を伏せ、拳を握りしめていた。


「俺、焦って……声も強くなって」


 レイヴンが静かに目を閉じる。


 セレスは、ずっとノアの方を見ていた。

 何かを言いかけては、飲み込む。

 そして、呟くように言った。


「……どうして、うまくいかないのかしらね」


 その声には、混乱と戸惑いが滲んでいた。


 努力している。声もかけている。連携の意識も高めている。だが歯車が上手く噛み合わない。


 焦燥だけが残る。


「私、ちゃんと動いてたのに……」


 レイヴンは視線を落としたまま、低く呟く。


「“自分だけ”じゃ、意味がない」


 その言葉は鋭かったが、誰を責めるでもなく、ただ自分自身に言い聞かせるようだった。


 そこへ、静かに扉が開いた。


 クラウス上官が現れる。


「……まあまあ、失敗も経験のうちです」


 笑顔のまま、他人事のように言いながら、手に持った端末を操作している。


「本部も期待してますから。せめて“見せかけ”でも、形にしてくれると良かったのですが……統率すら取れないようではね」


 軽い口調が、皮肉のように控室に落ちた。


 レイヴンが視線を上げた。

 目の奥には、怒りではなく、冷たい諦念のような光が宿っていた。


「……君たちのリンク率。最近、少し不安定だと聞いています。君もわかってるでしょう? “家族”を守るには、数値が必要だってこと」


「わかってますよ。やってます。ちゃんと」


 その一言に、クラウスの顔がわずかにこわばる。


「……君ね、そういう言い方、私に反抗したってどうにもならないんですよ」


 軽い口調のはずなのに、どこか語尾がつっかえている。


「じゃあもう、勝手にやって下さいね。どうなっても私は責任を持ちませんから」


 子どもじみた捨て台詞だった。

 思わず口に出たのか、それとも本音だったのか――そのまま彼はドアに背を向けた。


 残された控室に、再び沈黙が落ちる。


 誰も口を開かない。

 音のない空間に、ただ胸の内でそれぞれが、崩れかけた“何か”を抱え続けていた。


 崩壊したわけではない。

 でも――繋がっているとは、もう誰も思えなかった。

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