第21話 沈黙
朝食の時間。
テーブルにはパンとスープが並び、湯気が立っているはずなのに、空気はどこまでも重たかった。
ユウトはスプーンを手にしながらも、ただスープをかき混ぜているだけだった。
その視線は器の中をただなぞり続けている。
レイヴンは椅子にもたれ、無言のまま三人の様子を見守っていた。
口を開くべきか、黙るべきか――判断がつかない。
昨夜の混乱の余熱が、まだ自分の内側を焦がしていた。
沈黙を破ったのは、セレスだった。
「昨日の演習、すごかったわね。他の家族ユニット、すごく息が合ってて……羨ましいくらい」
あくまで穏やかな口調だった。
だがその中に、微かに混じる“自嘲”と“比較”の色に、レイヴンはわずかに眉をひそめた。
誰も返さない。
セレスはそれでも続けた。
「うちも、もうちょっと声をかけ合えば良いのにね」
その言葉に、ユウトの手が止まった。
顔をしかめる。
「俺はちゃんとやってると思うけど。……悪いのは、そっちの圧のある言い方のせいなんじゃない!?」
レイヴンの視線が動いた。
ユウトの声は、想像以上に刺々しかった。
「……何それ?」
セレスのトーンが冷たくなる。
カップの縁を指先でなぞる動きがぴたりと止まる。
「私がどれだけ気を遣ってると思ってるの? 一日三食、掃除、洗濯……少しでも家らしくなるようにって努力してるのに」
「そんなの頼んでないし! それでいちいち恩着せがましく言われても、こっちはうんざりなんだよ!」
「うんざり!? 私だってこんな役回り、好きでやってるわけじゃない!」
セレスの声が一段上がった。
普段は整っていたはずの口調が、感情に引きずられるように乱れていた。
「じゃあやめれば? どうせ他の“母親役”の方がよっぽど上手くやってるし!」
ガタン、とユウトが椅子を蹴った。
テーブルの器がわずかに揺れ、スープが縁からこぼれる。
セレスの表情が凍り、レイヴンはようやく視線を上げた。
だが、言葉は出なかった。
(止めなければ、とは思う。でも……この空気の中で、何を言えばいい?)
ノアが静かに席を立った。
誰とも目を合わせず、スプーンを置く音すら立てずに。小さく椅子が引かれ、ノアの足音だけが、空間にしんと響いた。
レイヴンはその背中に手を伸ばしかけて――やめた。声をかけるには、あまりにも行動が遅すぎた。
ノアが部屋の隅で丸くうずくまる。音が途絶えると、残された三人の食卓にも、静かな断絶が生まれた。
セレスは口を閉ざしたまま、手元の皿を見つめている。
ユウトは腕を組み、そっぽを向いたまま、何かを呑み込んでいる。
レイヴンだけは、その場のすべてを背負ったように座っていた。
——まるで、透明な壁が部屋を分断しているようだった。
音はあるのに、声はない。
食事はあるのに、温かみがない。
「家族」という言葉だけが、食卓の中央に置かれていた。
それでも、誰も壊そうとしなかった。部屋から出ようとはしなかった。壊した先にあるものが、もっと怖かったから……なのかもしれない。
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