第18話 リンク率という呪い

 演習後の報告書閲覧室。


 レイヴンは端末の前に座り、淡々と流れるログデータを眺めていた。

 その中に小さく表示されている数値が、ふと目に留まる。


 リンク率──“31%”。


「やあ、アーディスのリーダー」


 軽い口調が、背後から届いた。

 振り返らずとも、その声の主はわかっていた。


 クラウス上官だった。


「リンク率は今朝の時点で31%か……少し落ちてるようだね。再編成も考えられるラインだ」


 相変わらずの笑顔。しかし、その裏にあるのは“観察者”としての冷たい視線だった。


 レイヴンは眉をひそめる。


「……それは、本部からの正式な報告ですか?」

「いや、私的な観測に過ぎないよ。非公式の分析だ」


 飄々とした口ぶりでクラウスは答える。

 だがその目の奥には、明らかに「確認」ではなく「通達」に近いものが宿っていた。


 「君達の合同演習は悪くない。あとは理想の家族像を獲得することだと思うね……“どう見られるか”も家族を形成する上で重要なことだよ」


「そうですか」


「君たちは模範として注目されている。今さら崩れるわけにはいかないだろう?」


 レイヴンはゆっくりと息を吐きながら、やや低い声で返した。


「……“見せかけの家族”でも数字さえ良ければいい、というのが貴方のお考えですか?」


 一瞬、クラウスの笑顔が止まる。

 だが、すぐに取り繕うように肩をすくめた。


「……レイヴン君。君の気持ちは、わかるつもりだよ」


 彼はレイヴンの隣に歩み寄り、やや小さな声で続けた。


「ただね、これは……“上”からの、本部の方針なんだ。私も従っている立場だ。反論できるほどの余地なんて、実のところ、どこにもない」


 そして、少しだけ視線を泳がせながらも、はっきりと告げた。


「リンク率がすべて。君も戦闘で、あの瞬間を経験したはずだ。共鳴が起きたあの一瞬――あれこそが、家族を守る基準になる」


「それが家族を……“守る”だと?」


 レイヴンの声に、ほんのわずかに熱が帯びた。


「君は守りたいのだろう。数字で示されない信頼なんて、誰も信じてくれない。リンク率は、その証明になる。だからこそ本部は重視している。“守る”には、“示せる”でなければならない」


「……」


「家族を守れないタンク役が父親なんて成り立たない。父は仕事でもって、母はそれを支えて子が従う。理想の家族像が安定した家族活動に繋がる。それがリンク率」


 その理屈は、どこかで正しさのような形をしていた。

 だが、レイヴンの胸の奥では、何かが音を立てて崩れ始めていた。


「……君がどう思っていても、数字がすべてを決める。“そういう仕組み”だ。だから頼むよ――壊さないでくれ」


 それだけ言うと、クラウスは背を向けて歩き去った。

 その背中には、忠実な部下であることへの諦めと、それでも逆らえない無力さが滲んでいた。



 その日の夜。

 アーディスユニットのリビングには、四人全員が揃っていた。


 食事は丁寧に並べられていた。スープの湯気は穏やかで、見た目にはごく平和な光景だった。


 そんな中、セレスが口を開いた。


「少し、一緒に過ごす時間を増やしましょう」


 声は優しく、けれどどこか“答えを出そうとする者”の響きだった。


「食事でも、団欒でも……きっと、リンク率が安定すると思うの」


 ユウトが明るく頷く。


「そうだね。俺もそう思う……」

「でしょ。そうでしょ」


 セレスの一方的な言葉に、ノアは少し肩をすくめるだけで、視線を上げなかった。


 レイヴンは、ゆっくりと彼女たちを見渡す。

 それから、目を伏せて、小さく答える。


「……ああ」


 その言葉の裏に、揺れがあった。


 制度に抗うことはできない。

 だが――本当にこれで“繋がっている”と言えるのか。


 ノアの瞳が、一瞬だけレイヴンを見上げる。

 その視線は何かを訴えていた。けれど、言葉にはならなかった。


 その夜、誰も声を荒げず、笑顔と沈黙のまま時間が過ぎていく。

 けれど、ふとした瞬間に感じた――

 “本当の家族”という言葉が、手のひらから静かにすり抜けていくような感覚を。

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