第17話 見せかけの家族たち

 数日後、ユニット間交流会が開催された。


 形式上は「任務における戦術共有と情報交換」とされていたが、実際には“家族ユニット間の切磋琢磨”が目的であることは明白だった。


 広めの多目的ホールには、十数組の家族ユニットが整然と並んでいる。

 服装や所作まで“理想の家族”を意識しているのが、どの組にも見て取れた。


 その中央に、クラウス上官が現れる。

 相変わらずの笑顔で壇上に立つと、マイクを手に朗々と声を響かせた。


「本日お集まりいただいた目的は、リンク率向上のための“家族交流強化”にあります」


 ざわめきが走る中、クラウスは手を大きく広げた。


「いいですか皆さん。リンク率とは、感情の深さだけではないのです。記録です。行動の蓄積です。たとえ“見せかけの家族”でも、共に過ごした時間という“データ”が、絆を証明する」


 レイヴンの眉がわずかに動いた。


「互いのユニットを観察し、学び合ってください。模範的な家族とは何か。行動で“家族”を作りましょう。制度における理想の家族を、ここから育てていくのです」


 “感情は必要ない”とでも言いたげなその語り口に、胸の奥がきしむ。


 交流会が始まると、各ユニット同士でグループを組み、自由な意見交換が行われた。

 とはいえ、空気は和やかというより、互いを見比べ合うような微妙な緊張感に包まれていた。


「ノアちゃん、すごく落ち着いてるね」

「うちの子たちなんか、すぐ騒ぐから……見習わせたいくらい」


 声をかけてきたのは、隣のユニットの“母”役の女性だった。

 言葉のトーンは優しかった。悪意はない。だが――


「でも……もうちょっと笑ったり、話してくれると、もっと周りも安心するかもね」


 その一言に、ノアの肩が小さく揺れた。


 レイヴンが言葉を探しかけたそのとき、先にセレスが口を開いた。


「でも、他の家族ユニットも素敵ですね」


 柔らかな声、穏やかな笑顔。だが、そこに宿る言葉の重さは、確かだった。


「あそこの“お母さん”役の方、とても丁寧で……羨ましいくらい。私も、もっと優しくなれたらよかったのかしら」


 そして、笑顔を保ったまま、自然に続けた。


「うちの子たち、もう少し表情が柔らかければいいのかしらね」


 ユウトが、少し困ったように笑った。


「はは、でも僕たちも……頑張ってますよね?」


「ええ、もちろん。あなたは本当に協力的で助かってるわ。……でも、向こうのユニットの子みたいにもっと積極的に発言してもいいのかもしれないし、あっちのお兄さんみたいに、全体を見て支える役回りにも挑戦してみると、もっと幅が広がるかもしれないわね」


 セレスの言葉は、まるで評価表の採点欄を埋めるように“善意”で語られていた。

 けれど、その場にいた誰もが――とりわけノアが、それを“冷たい”と感じた。


 ノアは椅子から静かに立ち上がる。

 無言のまま、ホールの隅へとゆっくり歩き出した。


「……ノア」


 レイヴンが声をかけかけたが、ノアは立ち止まらなかった。

 その背中は小さくて、ただ背を向けて、遠ざかっていく。


 残されたテーブルに、沈黙が落ちる。

 視線を交わす者はいなかった。


 レイヴンはその背を見つめながら、胸の奥に言葉にならない痛みを抱えていた。


 比べられること。

 笑わないことを咎められること。

 それは、家族の形を“演じる”ための役割ではない。


 誰かの理想になるために生まれた関係なんかじゃない。

 手を差し伸べ、受け取り合って、少しずつ育てていくもののはずだった。


 ゆっくりと拳を握る。

 ほんの数日前に感じた、あの温かな朝の記憶が、急速に遠ざかっていく。


 この制度のなかで、“家族”は何になろうとしているのか――

 レイヴンの胸に、深く静かな問いだけが残った。

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