第16話 注目と栄誉

 演習後の休憩時間、レイヴン達アーディスユニットの控室は、思いがけずざわついていた。


 廊下からひそひそと声が漏れ、控室の扉には数秒ごとに誰かの視線が向けられている。


「ねえ、あそこがそうでしょ? 昨日の共鳴、すごかったって……」

「中ランク任務で、リンク・バーストが成功した唯一のユニットらしいよ」


 その言葉とともに、熱を帯びた視線が注がれる。

 賞賛、羨望、そして期待。そのすべてが入り混じった重たい空気だった。


「……なんだ、これ」


 ユウトが苦笑しながら肩をすくめた。


 セレスは背筋を伸ばして椅子に座っている。顎の角度はいつもより高く、動作ひとつひとつに丁寧さがあった。

 彼女は見られていることを意識しながらも、堂々とそれを受け止めているようだった。


 その横で、ノアはまるで逆に縮こまるように椅子に座っていた。

 両手を膝の上に置き、指先をじっと動かしている。

 視線は床に落ち、呼吸は浅く、注がれる外の視線に気づかぬふりをしていた。


 控室のドアが開く。


「おお、アーディスユニット!」


 クラウス上官が大仰に登場し、遠慮なく声を張り上げた。

 明らかに外にいる生徒たちへ向けての“見せつける賞賛”だった。


「いや、見事だったよ。中ランク魔獣相手に連携を崩さず、しかも共鳴まで発生させるとは。まさに模範的な家族ユニットと言える」


 レイヴンは無言でその賞賛を受け流す。


 この男が見ているのは中身ではない。“成果”という結果だけだ。今なら分かる。仕事に取り憑かれ者の末路。自分もそうであった時期がある。


「次の発表訓練でも、ぜひ期待している。本部からの見学者も来る予定だから、気合を入れてくれ」


「……あれは、たまたま起きただけです」


 レイヴンは短く答えたが、クラウスは気にも留めず笑った。


「謙遜しなくていい。数字が示している。君たちのリンク率は現時点で上位5位に入る。これは、なかなかないことだよ」


 その言葉に、セレスが小さく目を見開き、頬にほんのり色が差した。

 期待されることを嬉しく思っているのが、その目の奥ににじんでいた。


 ユウトも「すごいっすね」と思わず声を漏らす。


 ノアは、その場の空気のなかでただ黙っていた。肩が少しだけすくみ、視線は机の縁から動かない。


 クラウスはそんな反応など気にも留めず、さらに言葉を続けた。


「……ただし、注意もしておいてほしい」


 彼の声がわずかに低くなる。


「今回、君たちは無事だったが、他ユニットのいくつかで、軽傷者が出ている。中ランク以上の任務では、想定外の事故が増えつつある」


 レイヴンに、緊張が走る。


「任務中に負傷者を出した家族ユニットは、“適合度が不安定”とみなされ、再編手続きの対象となる」


 その言葉には、温度も情もなかった。

 まるで機械の報告のように、それが当然のことであるかのように。


「全員が無事だったこと、それ自体が評価に値する。忘れないように」


 そう言い残し、クラウスは一礼すらせず控室を後にした。

 扉が閉まる音が、空気をさらに重くする。


 沈黙が落ちる。

 称賛のあとに残されたのは、妙に湿った緊張感だった。


「……なんか、すごいことになってきましたね」


 ユウトが、軽さを装うように声を発する。


「光栄なことです。家族ユニットとしての責任を、求められているのですね」


 セレスが凛とした口調で応じた。その表情は引き締まり、瞳にはわずかな決意と緊張が走っていた。


 ノアは、黙っていた。

 俯いたまま、机の端をじっと見つめている。

 その指先は机の下でぎゅっと握られていた。


 (……違う)


 レイヴンは静かに思った。

 評価も、制度も、確かに必要かもしれない。けれどあの“共鳴”は、そんなもののために起きたわけじゃなかった。


 心が繋がった、たった一度の瞬間。

 そこには、競争も評価もなかった。ただ、家族になろうとした意志があった。


 レイヴンは黙って水を飲み干す。

 冷たい感触が喉を通るあいだだけ、制度の声から心を切り離すことができた。


 静かに、何かが変わりはじめていた。

 “家族”という言葉が、誰のためのものか――その問いが、胸に静かに根を張っていく。

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