第15話 新しい朝

 任務の翌朝、アーディスユニットのリビングには、静かで穏やかな空気が流れていた。


 木のテーブルには、湯気の立つスープ、焼きたてのパン、彩り豊かなサラダが整然と並んでいる。

 窓の外からは小鳥の声が聞こえ、カーテン越しの光がゆっくりと差し込んでいた。


「スープ、少し濃かったかも」


 セレスが少しだけ気にした様子で言う。スプーンを持つ指先が、ほんのわずかに揺れていた。


「ううん、ちょうどいいよ。あったまる」


 ユウトがスプーンを口に運びながら笑うと、空気が少しだけ軽くなる。


 ノアは、黙ってパンをちぎっていたが、ふと立ち上がると、そっとレイヴンの皿に手を伸ばした。

 小さな手が、スープ皿を持ち上げて、差し出す。


 「……おかわり」


 その声に、ユウトとセレスが驚いたように顔を上げる。

 昨日の戦闘で見せた彼女の集中と強さとは、まるで別の、素直であどけない声音だった。


 レイヴンは一瞬だけ固まり——それから、静かに笑った。


 「いいぞ。たくさん食え」


 鍋の底から熱を逃がさぬよう丁寧にすくい、スープをよそって彼女の皿に戻す。

 ノアは無言で受け取り、こくりと頷いた。


 セレスがそっとノアの様子を見つめる。

 何も言わなかったが、唇がわずかに緩んでいた。

 その表情には、ほっとしたような――それでいて、どこかくすぐったいような温もりが宿っていた。


 朝の光がカーテンの隙間から差し込み、木のテーブルにやわらかい影を落とす。


 誰かが配膳し、誰かがパンを切り、誰かが小さな声で「いただきます」を言う。

 それぞれが自分の役割を、自然に担っている。

 誰も命じられず、誰も強いられていない。


 ただ、一緒に食卓を囲んでいる。


 「今日の午後はまた演習だっけ?」


 ユウトがパンをかじりながら聞いた。


「補助術式の再確認があるわ。昨日の連携を維持できるようにって」


 セレスが手元のメモを確認する。指先には、きちんとした生活のリズムが刻まれていた。


「そうか……」


 レイヴンは椅子の背に身を預け、深く息を吐く。


 ふと視線を横にやると、ノアがまだスプーンを握ったまま、スープを見つめていた。

 だがその表情は、もう昨日までの無表情ではなかった。

 眉がわずかにやわらぎ、目元には、ほんのわずかな安堵がにじんでいる。


 (まだ未完成で、名ばかりの家族かもしれない)

 レイヴンはそう思う。だが同時に、確かな手応えも感じていた。


 昨日の戦闘、そして今朝のこの時間――

 そのひとつひとつが、見えない絆の糸を紡いでいる。


 (このままなら、いつか本当に“家族”になれるかもしれない)


 カップを持ち上げた彼の表情は、昨日より少しだけ、穏やかだった。

 そしてその背には、誰に見せるでもない、父としての静かな誇りが宿っていた。

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