第14話 リンク・バースト

 午後の陽射しが傾きかけた頃、レイヴン達に再び任務が言い渡された。


 今回は寮の外れに現れた実体のある中ランク魔獣の討伐。

 危険度は高くはないが、単独行動は推奨されない相手とされており、訓練と実戦の狭間にある本格的な任務だった。


 出発前のブリーフィングルームには、これまでとは異なる静けさが満ちていた。


 誰もが気を引き締めている。


 ノアは黙ってブーツの紐を結び、最後にそっと髪を束ねた。

 その手の動きには、緊張と、静かに燃える闘志のような決意が宿っていた。


「油断はできない。……だけど、俺たちなら乗り越えられる。落ち着いていこう」


 レイヴンの声には、いつも以上の重みと、支えるような確かさがあった。

 ユウトは頷き、セレスはまっすぐにレイヴンを見て、そっと目を細めた。

 ノアも言葉はないが、しっかりと立ち上がった。



 森の中。

 風は重く、どこか冷たい気配を含んでいた。

 木漏れ日も薄く、枝の隙間から差し込む光は頼りない。


 進行方向の先、濃い茂みの奥から低く唸る声。

 その音に、肌がぞくりと粟立つ。


「気を抜くな。来るぞ」


 レイヴンの声が静かに響く。


 現れたのは三体の魔獣。

 狼に似た体躯だが、毛並みは黒鉄のように硬質で、両眼は赤く光を宿している。

 一体ずつの動きに個性があり、統率が取れているようにも見えた。


「ユウト、右は任せる。セレス、魔力の補助を広く。ノア……無理はするな。ただ、目は逸らすな」


 その声は厳しくも、相手を信じるからこそ向ける言葉だった。


 ノアが小さく息を吐き、深く頷いた。

 風の刃が前方へと奔る。


 ノアの目が一瞬、大きく見開かれた。

 放った風が魔獣の脚を正確にとらえたのを見て、彼女自身も驚いたようだった。

 だが次の瞬間、唇にうっすらと誇らしげな緊張が浮かんだ。


「よし、今のよかったぞ!」


 魔獣の一体が側面から回り込もうとする。

 レイヴンがすかさず土の壁を変化させ、盾から槍へと変形させて突き出した。


「ここは先は行かせない!」


 突き出された岩槍が魔獣の進行を止め、そこへ、ノアの風とユウトの火が同時に飛ぶ。

 セレスがすでに詠唱に入っているのを見て、レイヴンが一歩引く。


「セレス、合わせていこう」


 セレスの目が細まり、手のひらが輝く。

 そのとき、四人の魔力が自然に集まった。


 ──呼吸のように、無意識のように。


 それは誰かが合図したのではなく、まるで想いが交わっていたかのようだった。


「リンク・バースト!」


 セレスの光を纏うレイヴンの一太刀が、ノアの風魔法に勢いを持たせる。風は逆巻き炎を膨張させる。


 炸裂した光が、魔獣を呑み込む。

 樹々の枝葉がしなる。ざわめく。


 ──そして、森の空気が一瞬、真空になったように沈黙する。


 倒れた魔獣が、徐々に光の粒となって崩れていく。

 その姿はどこか神聖で、しばらく空中にとどまり、やがて風に溶けていった。


「……無事で何よりだ」


 ユウトが息をつき、ノアがスカートの端をぎゅっと握る。

 セレスはわずかに目を閉じて、疲れを手のひらに込めるように指を丸めた。


「ふぅ……なんか、少しだけ“戦った”って感じがしますね」


 ユウトがそう呟き、セレスが口元を和らげた。

 ノアは静かに頷き、レイヴンもまた、口元をわずかに緩める。


 レイヴンは三人の姿を順に見つめ、そしてふっと目を伏せる。


 (あれは、偶然なんかじゃない)


 たしかに、誰かが誰かの意志を受け取った。

 ただ命令に従ったのではなく、意思を重ね、自分の意志で動いた一歩。


 魔力だけじゃない。

 気持ちが、確かに力を引き寄せていた。


 重なった魔力は、ただの力ではなかった。

 まるで、それぞれの想いが形を持ち、互いに手を伸ばしあったような感覚。

 言葉よりも先に、心が繋がる──それが共鳴なのだと、今ならわかる気がした。


 ──これが共鳴か


 けれどそれは、もはや“家族制度”という枠の中だけではなかった。


 誰かと心を交わし、力を重ねること。

 その意味を、彼ら自身が少しずつ掴みはじめている──そんな実感が、レイヴンの胸に静かに灯っていた。

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