3日目
第8話 友達になる
「ここにも居ません」
「ぱっと見な」
「どこに行ったんでしょう?」
僕は慌ただしい会話に目を覚ました。車輪の隙間から覗くと2人の足が見えた。
「中は見たか?」
「はい」
「下は?」
「え?下?」
そう言って2人は戦車の下を覗き込み僕と目があった。
「いい夢見れましたか大尉殿?」
「どうしてそんなとこに?」
エランドはそう言うと木箱からジュースを取り僕は戦車の下から這い出してエリッシュが沸かしていたお湯でコーヒーを入れた。
「今日はどうする?ドラゴンが来るのは明日なんだろ?栓抜きある?」
エランドはジュースの蓋と格闘しながら僕に訊いた。
「本にもそう書いてあった。ただ相手は野生動物だ」
「ドラゴンは律儀なので大丈夫だと思いますけど」
エリッシュはエランドに栓抜きを渡した。
「けど?」
「言われると心配になります」
「人間もそれぞれだしドラゴンも……いや、そういえばドラゴンって種の名前じゃないんだってね」
コーヒーを飲むと頭が冴えて昨日読んだ本の内容を思い出した。
「んじゃなんなんだ?」
「それはですね--」
エリッシュも知っていたのかエランドの疑問には彼女が答えた。
ドラゴンとは称号である。本にはそう書かれたいた。ある生き物が長く生き知性と並外れた力を手にし、それを国または権威ある組織が認定した場合、種がなんであろうとその生き物はドラゴンと呼ばれることになるらしい。つまり、ただの犬もドラゴンになる可能性はあるが空飛ぶトカゲだからといって全てがドラゴンというわけではない。今回のケースは僕らが思い浮かべる空飛ぶトカゲが力を得てドラゴンとなったたためドラゴンがドラゴンの形をしているというわけだ。
「それで思ったんだ。この本に乗ってるドラゴンがエリッシュの絵と一緒なんだけど」
僕は絵が描かれたページを開いてエリッシュに渡す。
「同じ個体なんじゃないか?」
彼女は本を受け取ると目を丸くした。
「ホントだ!一緒です!」
「んじゃその本の中身がそのまま使えるわけだ。で?いいこと書いてあったか?」
「筋書は絵本と同じ、新しいことはない。でも詳しく書いてある。ここを見て」
僕が付箋の張られてるところまでページを捲るとエリッシュがその一文を読み上げる。
「”私が見た限り、あれと類似のものは流れ星の他になかった。光の玉は騎士から離れようと羽ばたくドラゴンの上空で燃え尽きたように見えた。しかし直後、翼の付け根は爆発のように輝きすぐ下に土煙が起きた。ドラゴンは左に傾き黄金の野原に墜落した。まるで姿を消した星に叩き落されたようだった”」
「硬すぎだろ」
「そう思うだろ?でも次のシーンで騎士は落ちてきた剣でドラゴンの胸を突き刺して撃退してるんだ。どう思う?エリッシュ?」
「はい!エリッシュです」
「これについてだ。魔法の影響だろうか?」
「そうだと思います。手に持ってるほうが魔法は込めやすいです」
「そうか、つまりどうだろう。僕はこの大砲を使おうと思うんだけど、難しいか?」
「いえ、ちゃんと私が譜を書けば大丈夫だとはおもいます……」
この本に書かれていることは、ほとんどエリッシュの話と一致している。彼女ができると言うならそうなのだろう。今はそうしておくほかない。
しかし、ここに書かれている過去を知っていればドラゴンが襲来することはないと断言することは出来ないはずだ。この本は有名ではないのか。もしくはエランドが気にしていた通り何か他の思惑があるのかもしれない。でも今は重要じゃない。
僕がコーヒーを啜りながらバケツに腰掛けると、
「一つ、いいですか?」
エリッシュは僕とエランドを交互に見て言った。先程とは様子が変わって表情は暗く何か重要な質問をしようとしているとすぐにわかった。
「どうした?」
エランドが促すと、
「全部終わったら、私はどんな対価を払えばいいのかなって……」
対価、確か僕らは悪魔ということになっているんだったか。冗談のつもりだったがここでは笑えないことなもかもしれない。
それを聞いたエランドはすぐに冗談を返す。
「そりゃ、心臓が一番やわらかくて、一番美味しい。なぁ?」
「同意を求めるな」
「他のこともなんでもするので!その時は少しだけ待ってもらえませんか?」
やはりエリッシュは冗談とは受け取らなかったようだ。
「心臓は食べられてもいいのか、たまげたなぁ……ん?今何でもするって言った?」
初めて会ったときはそう重要だと思わなかったので確認しなかったが、エリッシュは本気で僕らを悪魔だと思っているようだ。新しい問題になる前にこの誤解は訂正しておくとしよう。
「エリッシュ、彼のことは全部無視して聞いてほしい」
「おいやめろ」
僕はコーヒーを飲み干しエランドを無視してエリッシュに向き直る。
「がっかりするかもしれないけど僕らは君が思うような悪魔ではない。一回死んで蘇ってはいるけど多分まだ人間だ。だから今のところ特別な力はないし対価も必要ない」
「今なんて……」
説明が良くなかったのかエリッシュはさっきよりもなお不安そうに一歩下がった。確かに本を読んだ限りドラゴンはただの人間に倒せる相手ではない。僕らはまだ戦車の力を見せていないので心配になるのは当然だろう。
「僕らは--」
「お湯がなくなっちまった」
エランドはそう言うと僕とエリッシュの間に割り込み彼女に新しい薬缶を渡す。エリッシュはそれを本と交換して林の中に消えていった。
「……説明の途中だった」
僕が言うとエランドはため息を付いて、
「やってくれたな、計画が台無しだぜ」
「どんな計画だったか聞こうか?」
僕はバケツに座り直してエランドのくだらない計画を聞くことにした。
「人間より悪魔のほうがずっといい」
「そうか?」
「間違いない!約束はちゃんとやってくれる悪魔のほうが得体のしれない野郎よりよっぽどいい。ギブアンドテイク分かりやすい。それに比べて、どうだ?」
「どうって?」
「どうって?人間の男なんて野獣と変わりない。基本的に邪悪でクソったれだ」
「……良くないな」
どうやらエランドの計画はくだらないものではなく、かなり真っ当なものだったようだ。男は狼とはよく言うが今回は羊の皮を被っていない。それに2匹とはいえ群れである。
「しかも、俺たちはそのへんの野郎とはわけが違うぞ。フラフラっと歩いてやってきたってわけじゃない。魔法を使ったら、よくわからんデカい怪物と一緒に変な服着たデカい男が庭に湧いたんだぞ?どういうことだよ」
「……」
「俺はちゃんと、分かりやすく、欲に従ってる。どうして言うこと聞くかわかる。それにハンサムだ。お前はどうだ?」
「対価は、もう貰ってるから……」
「説明したか?」
「……いや」
計画に問題はなく順調だと思っていたが、これは失敗に違いなかった。エランドの言う通り僕はエリッシュに自分が何者かほとんど説明していない。これまではこの軍服がそれを着るものが何者で何をしに来たのか説明を代わっていてくれたからだ。
しかしこの世界に合衆国は存在せずこの服はただの風変わりな作業着でしかない。もっと早くに気づくべきだった。
「どうしたら分かるようになる?」
僕はエランドに秘訣を尋ねた。これからは彼のような器用さが必要になるだろう。
「何をだ?」
「他人の考えだ」
「そんなもんは分かるようにならない。相手の立場に立ったつもりで考えろなんて言われたが、そんなの無理だ。そいつの立場にはそいつが立ってんだからな。そこには立てない。俺にできるのは隣で飯を食うことぐらいだ」
「それで十分じゃないか?」
「結局、お前の言った通りだった。リンゴの話だ。おんなじ景色を見ても、おんなじこと言われても、思い浮かべることは違う」
「でもエランド、君はエリッシュを安心させてたし市長が何か隠してることにも気づいた。これまでも部隊にいい影響があった」
「俺には相手の気分が見える。犬が尻尾振ってたら喜んでると思うだろ?一緒だよ」
「なるほど。それをどう使うんだ?」
「知らない。飯を食うと糞に変わる。メカニズムなんて分からなくてもそうなる。オートマティックだ。お前も相手の気分だけ見てみろ、できるかも」
「ちなみに人の尻尾はどこにある?」
「肩から生えてるだろ?」
「分かった」
エランドは僕に本を返すと薬缶の湯を捨てて林を眺めた。
「後はエリッシュ次第。逃げるチャンスはやった」
「そうだな」
「ちなみに?戻らなかったら?」
「計画に変更はない。僕はもう対価を受け取ったからね」
僕は話を切り上げ戻ってくることに期待して履帯を点検することにした。今日の予定がどうなるかは分からなくなったが戦車はいつでも動くようにしておきたい。柄の長いハンマーでダックビルを叩き緩んでいないか確認する。鉄を叩く甲高い音が響いた。
「汲んできました」
ちょうど半分見終わった頃エリッシュは戻ってきた。先程とはまた雰囲気が違うように思うが良くなってはいないだろう。薬缶を持つ両手には不必要に力が入っているように見える。
「ありがとう」
「あぁ!違う。ビビってる女に紳士はそんなことしない」
僕が薬缶を受け取ろうとするとエランドがケチを付けてきた。何処に問題があるのだろう。
「まずはそれを置け」
僕は担いでいたハンマーをそっと地面に置き次の指示を待った。
「で、正面から行くな、お前はデカい。自分の身長考えろ?6フィートくらいか?センチで言うとどのくらいだ」
「183だ」
「ティラノサウルスみたいな筋肉しやがって。知ってるか?恐竜だぜ」
「知ってる。肉食恐竜だ」
「ならいい。近づくときは相手の利き手の方、必ず斜め前から。互いに手を伸ばせば届くとこまでだ」
「こうか?」
「なんかな、あぁ顔がダメだ」
「今日はまだ顔を洗ってなんだ」
「わかったぞ。目が酷い。その照準器でも覗いてるような、じっと見る感じがよくない。それがケツや胸に向いてるんならましなんですけどね、大尉殿?」
「具体的な指示が必要だ」
「瞬き増やしらマシになるかも」
薬缶を受け取ろうとした手を元の位置に戻し5歩下がってエランドの言う通り仕切り直した。
しかし、エリッシュは特にこのやり取りを気に留めることはせず僕に薬缶を差し出して言った。
「そんなに心配しなくてもフレディさんは怖くありません」
「そうなのか?」
「はい。見てれば分かります」
「まだ1日しか経ってない」
「十分です」
「俺は?」
「アランドも」
「そうか、よかった。エランドの思い過ごしだったか」
「初めて会ったときはまずいと思いました」
「以後気をつけるとしよう」
薬缶をコンロに置き湯を沸かすかどうか、先程までの話を説明するべきかどうか考えているとエランドが焚き火に手をかざしながらエリッシュに尋ねる。
「さっきの話だ、聞いてたのか?」
「フレディさんがペンダント点けたままだったので。すみません」
「あぁ、手間なくていい」
予期せずだがそれなりに説得力のある説明が出来たようだ。しかし彼女は手の力を緩めていない。そこから分かることはつまり他に問題があるということだ。問題は解決しなければならない。何がある、やはり火力の心配か、他に思い浮かばない。右へ左へと動く手をよく観察しながら他の可能性も探る。必ずなにかあるはずだ。
そうしているとエリッシュは手を後ろに回してしまった。
「そんなに見られると、やりにくいのですが……」
「下手くそ」
「上手く行かないな」
やはり聞きかじっただけの知識を実戦で試すべきではない。僕はいつも通り素直に訊くことにした。
「何か不安なことがあるように見える。もし作戦に関わることなら教えてほしい」
だが今回は少し知恵を使って尋ねる内容を作戦に関わることだけに絞った。こうすれば教えたくない秘密は喋らなくていいことになるだろう。
「作戦とは、関係ないのですが……」
「それなら……いや、聞こう」
今回は選択を間違えていないずだ。エランドも頷いている。
「お二人を喚んだ魔法のことです」
エリッシュは何か重大なことを打ち明けるように続ける。
「私がこんな魔法を使わなければ……もっと、ずっと元の世界で長生き出来たんじゃないかって。もしそうなら!」
「その可能性はない」
不安の中身は全くの予想外だったが幸運なことに容易に解決できるものだった。
「けしってない。僕は何か運が悪かったとか突然病気になったとか、そういうことで此処に居るわけじゃない。敵と撃ち合って負けた、それだけのことだ。もし運命の赤い糸があったとしてもそれを砲弾に結びつけたのは僕自身だ、魔法の入り込む余地はない」
「フレディさんは優しいです。でも今は嘘はつかないで」
エリッシュは僕の目を見た。
「本当だ。これまで僕が嘘を……ついて市長を騙そうとしたけど、今はエリッシュの期待に応えよう」
「……信じます」
彼女はそう言ってくれた。次にエランドに目を向ける。
「ん?俺か?まぁなぁ……」
エランドは何故か言い淀み目をそらした。彼は80年まで生きたと言っていたがどう死んだのかは話していない。50というのは早すぎるようにも思える。
「気になる。話してくれ。話さないとハンバーガーの食べすぎってことにする」
「……」
僕はエリッシュとともにエランドを見つめ静かに圧をかけた。
「トラックに、な……」
しばらくすると彼はボソリと呟いた。
「轢かれたのか?」
「配慮に欠ける!気にしてんだ!最後はもっと派手に、飾り付けたかった。分かるこの気持ち」
「分からなくはない。でも重要じゃない」
「重要じゃない?エンディングが、重要じゃないって?」
「オープニングなんて覚えてもいないだろ?もしスタッフロールがあったなら僕の名前も書いておいてくれ」
「お前自分が出てるのがそんなクソみたいな終わりかたで納得できんの?」
「今回は続編があるからね」
「あぁそう」
「安心していいエリッシュ、人がトラックに轢かれるのはよくあることだ。あぁトラックは荷物用馬なし馬車のことだ」
エランドは不満そうに分かりやすく顔を顰めている。彼の話は後で聞いてやることにしよう。
「何はともあれエリッシュ、魔法は僕らを生き返らせたと言うのが正しい表現で、そこに不都合はない。心配することはなにもないんだ」
僕は説明を終え成果を確認することにする。彼女は手を後ろに回したままなので見ることは出来なかったがなんとなく良い方向に向かっているように感じられた。
「説明終了?納得できた?」
エランドが僕らを交互に確認するとエリッシュは笑顔で頷いた。
これで目の前の問題は片付いただろう。だが気をつけなければまた新たな問題が発生するに違いない。暫くは注意深く行動するとしよう。今は急ぐことなど何もないのだ。僕は履帯の点検に戻った。
「あの……もう一つ、いいですか?」
「あぁ勿論だッ」
新しい問題に対応するため僕は素早く振り返る。腰を攣った。
「そう焦るなよ」
「大丈夫、ですか?」
「概ね大丈夫だ。それより新しい問題を解決しよう」
「問題ではないのです」
エリッシュは前で指を組み決心してように、
「私と友達になってください!」
と目を瞑って言った。
「勿論だ。よろしくエリッシュ」
「いまさらだが、改めて。よろしく」
「……」
「……」
「……」
履帯を叩く金属音だけが響いた。
「これで……友達になれたんでしょうか?」
「いいんじゃない?これまではどうだったんだよ」
「友達は、いたことないので分かりません」
「なるほど、つまり俺が友達1号でこいつが2号ってわけだ。悪くない」
「”友達になるとは、互いをそれとなく価値あるものと認識し、互いに良好な関係の継続又は発展を望むようになること”」
「アホらしい、お前が考えたのか?」
「昨日の新聞に載ってたんだ。お悩み相談だって」
友達の定義などさほど重要ではないが、そういったことについて共に考えるというのはいかにも友達らしいと言えるだろう。
「エリッシュは僕らを価値あるものだと思う?」
「はい」
「エリッシュはこの関係を継続したい?」
「はい!」
「僕も同じに思う」
「俺か?見りゃわかるだろ」
それを聞いた彼女は大変嬉しそうだった。これくらいなら手を見なくとも分かる。
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