第7話 救出を試みる
「おいお前!名はなんという!」
「チヴェッタです!」
「よぉぉしチヴェッタ、俺のことは軍曹と呼べ!俺たちの言うことは絶対だ!わかったか!」
「はい軍曹!」
「チヴェッタ!新入りの返事はサーイエッサーだ!言ってみろ!」
「サーイエッサー!」
「いいかチヴェッタ!俺たちは大事なことは一度しか言わない!大事だからもう一度言うぞ。俺たちは大事なことは--」
「もう同じこと言ってませんか?」
戦車に着くまでの間、エランドはくだらないやり取りを繰り広げチヴェッタの不安と焦りを和らげていた。僕はその勢いを使い幌を張った戦車を魔法の馬車とごまかし夕暮れの森へ走らせた。それから少し落ち着いたところで詳しい事情を聞いた。
話をまとめると彼らが宝物を探しに入った洞窟が運悪くゴブリンの住処で仲間が2人捕まり彼は助けを呼ぶために1人で戻ったということらしい。
顛末はだいたい予想通りだった。問題はゴブリンで聞く限り地図の青年の言う通り、どう考えても獣ではないということだ。人の腰くらいの身長で力が強く集団で行動する、ここまでならただのサルで済む話なのだが弓を作りそれに毒を塗る、人を拐って働かせる、ほんの一部ではあるものの魔法を使えるものもいる、ここまで来ると19世紀以前の人間とはそう違わない。完全な獣とは呼べないだろう。
『どう?できそう?』
少し黙っているとエランドが無線越しに訊いてきた。このペンダントラジオは便利だ、軽く扱いやすく音質もいい。すっかり車内電話は使わなくなった。
「洞窟を見てからでないと、なんとも言えない」
僕が懐中電灯片手に地図を見ていると、
「明かりです」
エリッシュは豆電球ほどのしかし驚くほど明るい小さな光の玉を宙に浮かせて幌の中を照らしてくれた。やはり魔法は素晴らしい。
「チヴェッタ、洞窟はここか?」
「は、サーイエッサー!どうしてわかったんッスか?」
「地形だ」
青年から預かった地図は手書きでありながらカラーでそれでいてキルビメータが機能するほど正確に作られており容易に地形を把握することができた。さらに地質、植生などの環境情報が記された付録まで付いていて現地を訪れずとも景色が浮かぶ。
これを見ると今進んでいる道から少しそれたところに不自然な地形がある。これほどの地図があれば話と照らし合わせて入り口を見つけるのは難しいことではない。
他にも地形と位置から見ても恐らくこの洞窟は天然のものではなく堡塁の跡かなにかだろうということ、また洞窟の内部構造も一部は予想できた。
「他に気になることはないか?」
僕が到着前の荷造りついでに尋ねると、
「一つだけ……」
チヴェッタは言いにくそうに拳を握って、
「もしかしたら、罠、かも」
「おそらく、罠だろうね」
「分かってたんスか?」
「想定外じゃない」
詳しく話を聞いたときに思った。これはゴブリンが人をおびき寄せるための罠でチヴェッタは逃されたに違いないと。まず少数を負傷させ、助けを呼ばせてそれを有利な地形におびき出す、よく出来た効果的な作戦だ。
「分かってて助けてくれたんスか?!」
「そのつもりだ。今のところは」
1人が矢を受け毒をもらい、もう1人が護衛に残っている。洞窟は暗く肩の矢傷がどれほどかわからないということなので急いではいるが中の構造によっては増援を待たねばならないだろう。
『まだか?』
「そろそろだ」
目的地が近づいたので僕は渡す荷物を確認し、
「止まれ」
戦車を止めさせて索敵のため砲塔上部の重機関銃を道の両脇の茂みと小さな廃屋にばら撒いた。
『大尉ど--』
「静かに」
発砲をやめ耳を澄ます。虫がいると思うなら棒で叩く、敵がいると思うなら弾丸をばら撒く、何かいれば飛び出してくるに違いない。森に変化はない。誰もいないようだ。
『大尉殿、タヌキを木っ端微塵にするおつもりですか?』
「見えるのか?」
『買った道具は使わないとな』
「持ってきたのか」
『あいつらが欲しいのは箱だろ?』
降車前にまとめた荷物を渡しておこうと振り返ると頭を抱えてうずくまるエリッシュと呆然と立ち尽くすチヴェッタがいた。
「大丈夫か?」
「へ、平気ッスよ?」
「エリッシュ?」
「大丈夫です。ちょっとびっくりしただけ」
「本当に?やっぱり戦車で待ってたほうが--」
「大丈夫です。私も行きます。でも次は撃つ前に教えてください」
「善処する」
『歩くか?』
「あと300フィート進め、そこからは歩く」
僕はエランドに慎重に進むよう指示してから2人に荷物を配った。エリッシュには衛生兵用のヘルメットと治療キットをチヴェッタにもヘルメットと30口径機関銃の弾薬箱をそれぞれ持ってもらう。そして自分は旅人キットに爆薬と担架を追加して背負い小銃も持った。
『作戦は?』
「チヴェッタが進んだ道を進みチヴェッタが戻った道を戻る。障害は30口径で排除する」
『電動ノコギリにしよう、あっちのが軽いし、火力もある』
ヒトラーの電動ノコギリとはドイツ製汎用機関銃MG42のことだ。発射速度が高く、射撃音が連続するためそう呼ばれている。
「弾はあるのか?」
『スペア銃身まで揃ってる』
「いいだろう」
僕はチヴェッタに預けた弾薬箱を回収して説明を続ける。
「作戦はさっきのとおりだ。ここからは2人とも僕とエランドの命令に従ってくれ、やるべきことは一つ一つ指示する。それ以外のことはやってはいけない。エランドが歩き出しても、ついてこいと言われるまではついていってはいけない。わかったね」
「はい」
「サーイエッサー」
『作戦名は?』
「必要か?」
『つけないと失敗する』
「そうだな……エリッシュ、考えてくれ」
「えぇと、じゃあ……初めての救出大作戦!はどうですか?」
「気に入った。これより初めての救出大作戦を開始する」
僕らは戦車から飛び降り森の獣道へ、
「とその前に、最後に確認だ」
「もっとスマートにいこうぜ!」
「大事なことだ。魔法は未知数だ--」
「毎分1,300発だぞ?奴らが呪文を唱える間に皆殺しにできる」
「エリッシュは唱えなかった」
「普通の人は唱えます」
「相手は人じゃないんだろう?」
「大丈夫、魔法は私に任せてください」
「分かった。期待しよう」
僕はこの作戦の障害となりうるほぼ唯一の要素である魔法について今一度尋ね不安を消してから森へ足を踏み入れた。
短機関銃と魔法望遠鏡の両方を器用に構えるエランドを先頭に薄暗い獣道を進むとおおよそ想像通りの場所に行き着いた。低い断層に開いた洞窟の入口は苔むしてこそいるが間違いなく人口のもので、整えられており採掘場というよりは予想通り小さな掩蔽壕のようだった。
「少し待て」
エランドは入り口から少し離れた位置に僕らを留めて一人で向かい魔法望遠鏡で中を覗いてから弾丸を数発撃ち込む。
「150フィートはある」
彼はそう呟いて中に入っていき、
「ついてこい」
すぐに出てきて僕らを呼んだ。
エランドに続き中に入ると当然だが真っ暗だった。エリッシュとチヴェッタは夜目が効くらしく蝋燭ほどの明かりでも十分に見通しがきくそうだ。
僕はチヴェッタのカバンに手を置き入り口を見張りながらついていった。
15メートルほど進むとチヴェッタが止まった。
「チヴェッタ!ここを曲がったんだな?」
「サーイエッサー」
「チヴェッタ!お前のお友達は弓を持ってるか?」
「サーイエッサー!」
「よし!呼びかけて下ろさせろ!」
「サーイエッサー、チヴェだ!戻ったよ!」
「よぉし!弓をおろした!征くぞチヴェ!俺に続け!」
「サーイエッサー!」
救出目標は発見できたようだ。今のところ作戦は順調だ。
「発炎筒を炊く」
僕は後を追う前に目印とするため分かれ道で発炎筒を炊いた。辺りが照らされ中の様子がうかがえる。幅2メートル高さ3メートル壁も床もコンクリート製で天井は丸く所々ひび割れ木の根が出ていた。ここは古いのだろう。だがそれにしては床の木くずは新しく何か大きな物を運び込んだのか低い位置の根はちぎれ壁には擦り傷がある。彼らは間違いなくここにいるようだ。
エランドに続き先へ進む。
「プフェ!ルーは無事?」
「熱が酷くて--」
「大丈夫、だ」
合流すると蝋燭の僅かな明かりがチヴェッタの仲間を照らす。そこには弓を持ったとんがり帽子の少女に甲冑を身にまとった大男が寄りかかっていた。
「薬は……」
「買えなかった、ごめん」
「担架に乗せる。手を貸せエランド」
僕は計画を急ぐためエランドを急かした。顔が見えないため大男の容態は分からないが良いとは思えない。
だがエランドは応えず来た道をじっと見て、
「今明かりの前を誰か通った」
「救援、ではないだろう」
「だろうな」
エランドは短機関銃を肩に戻すと素早く伏せて運んできた機関銃を構える。僕はチヴェッタに持ってきてもらった弾薬ベルトを箱から出し彼の銃に込めた。
「見えるか?」
魔法望遠鏡を覗くエランドに尋ねると、
「ああぁなるほど。賢い」
と応えて魔法望遠鏡を隣に伏せる僕に差し出した。その直後、150メートルほど離れた位置で光っていた発炎筒が見えなくなった。まだ燃え尽きるには早い。魔法望遠鏡を覗くとエランドが言っている意味がわかった。
岩の壁がゆっくりと迫ってきていたのだ。天井との間にのみ隙間のある道幅ちょうどの四角い岩を丸太に乗せて後ろから子供くらいの人影が押している。丸太は上から投げ入れるようだ。
ゴブリンは想像よりも賢かったが僕らは人間なので道を塞がれても策はあった。
「止まれ!第707戦車大隊だ!止まらなければ攻撃する!」
「ここがどこか思い出してください?大尉殿」
「一瞬止まったよ。また動き出したけど」
「んで?どうする?援護してくれんならコイツを投げ込んで終わりだけど」
エランドはそう言ってベルトに挿した手榴弾を撫でた。どうするべきか、彼の案は今取れる選択の中では最も単純だが。僕は甲冑のバイザーを開けて大男にジュースを飲ませているエリッシュに状況を訊くことにした。
「容態はどう?」
「大丈夫です。矢傷も毒もここで治癒できます」
「素晴らしい」
僕は迫る壁に目を戻し別の案を命令した。
「機関銃であれを止めろ。300フィートまでに止められなければ僕を呼べ、投げ込みに行く」
「了解。で、お前はどうする?プランBか?」
「そう、プランBだ。別の道を作る。これは借りるよ」
「壊すなよ」
僕は魔法望遠鏡を借りた代わりに信号拳銃をエランドのベルトに挿した。
「チヴェッタ、僕に付いてきてくれ」
「サーイエッサー」
「エリッシュ、射撃をやめさせたいときはエランドの肩を叩くか蹴飛ばすんだ」
「はい分かりました」
「撃っていい?」
「許可する」
指示を出し終わりエランドの肩をたたくと制圧射撃が始まった。数発に1発混ぜられた緑色の曳光弾が床で跳弾し闇に消えていく。毎分1,300発にもなる射撃音は狭いトンネルの中で反響連続し耳元でバイクのエンジンを回されているような酷い音になっていた。
僕はチヴェッタを連れて道を更に奥へと進んだ。地図を見る限りこの先にもう一つ出入り口があるはずだ。
ただし、ゴブリンの作戦から考えると簡単に出ることは出来ないだろう。反対側からも岩を運んでいるか入り口は塞がれているはずだ。なぜなら彼らの作戦は僕らをこのトンネルの中に閉じ込めておくことだからだ。
具体的に予想しよう。彼らの目的が僕らを捕まえて働かせることだとすれば無傷が望ましい。そのためには僕らが暴れないように補給を断ち飢えて弱るのを待つのがいい。後はどう押し込めるかだが今彼らが取っている作戦は出来が良い。力で勝るということは矢の飛距離で勝るということ、これで岩ごしに射撃し近寄らせることなく後退を迫る。更に近づけたとしても丸太の動きを見る限り岩は上部が傾斜しており相手方からは物を投げ入れやすくこちらからはそうではない。更に僕らは銃を使ったとしても弾道の関係上彼らを直接攻撃することはできない。更に更に岩の壁を止めることが出来るとしても退けることは出来ず壁というものはいつだって乗り越える側が不利だ。
絶望的だろう、もし高性能爆薬を持っていなければの話だが。
目的の歩数進むと石で埋められた出入り口が見つかりチヴェッタは意気消沈したように見えた。望遠鏡で壁を見透かすと掘り返されないよう小さな岩と石の組み合わせに外は盛土されていた。ここまでは予想通り。そこから20歩進んで壁を見る。中から見てもただの壁だが僕はここが薄いと知っている。見透かすとその通りだった。どうやらゴブリンは優れた地図を持っていないようだ。
「ここにしよう。チヴェッタ、ここを少し掘ってくれ」
僕はチヴェッタに金槌を渡す。
「これで?掘って出るんスか?無理っスよ……」
「命令だ。無視するのか?」
「サーイエッサー」
チヴェッタは作業に取り掛かる。
「そう大事なことじゃないけど、サーイエッサーは分かりましたって意味だ」
「え!じゃあ反対は何て言うんスか?」
「サーノーサーかな」
彼が壁に窪みを作っている間に僕はエランドが拾った爆薬、吸着地雷にダクトテープで角材を巻き付け壁に立てかけられるようにした。吸着地雷はドイツの対戦車兵器で標的に直接貼り付けて起爆する。そのため紐を引いてから爆発までには猶予があり時間はキャップの色で判断できるようになっている。赤は即時、青は4秒、黄色は7秒だ。赤色は自爆用ではなくトラップに使う。今あるものは黄色のキャップだ。7秒あれば十分退避できると思うが拾い物はキャップが信用ならないのでネズミ捕りを使って遠隔起爆できるようにするとしよう。
「そのくらいでいいよ」
チヴェッタが作ってくれた壁の窪みに爆薬を立てかけて位置を調整していると機関銃の発砲音に男の叫び声が混じりだした。
「ンンンン!フンンンン!んんあォォォん!」
動物病院に着いた犬のような絶叫に僕らは同時に振り返った。だがとくに連絡も無く機関銃は引き続き数発ずつの射撃を繰り返している。僕は少し考えて、すぐに思い出した。恐らく治療が順調なのだろう。怪我はしたくないものだ。問題はないように思えたので作業を急ぎ終わらせチヴェッタの手を引いて爆薬から離れた。
「ここで伏せて、下を向いて、耳を塞ぐんだ」
「サーイエッサー」
僕はチヴェッタが伏せるのを確認して左手で望遠鏡を覗き右手で構えた小銃のハンドガードを鞄に乗せて安定させる。
「
そしてしっかりと宣言してからネズミ捕りを撃ち抜いた。
「……ハズレッスか?」
すぐには何も起こらなかったので予想通りチヴェッタは頭を上げる。僕はその頭をそっと抑えて爆発を待った。
7秒経つと一瞬の閃光に続いて衝撃波が壁の埃を巻き上げながら通り過ぎ小さな欠片が転がってきた。頭を上げると遠くで僅かな夕日が土煙を照らしている。思いの外時間は経っていないようだ。
「んぁぁぁぁぁぁあっ!はっ!……」
作戦の順調ぶりに満足していると突然叫び声が途絶えた。隣のチヴェッタに目をやるとこの上なく不安そうな顔をしていたので先に合流するよう命令した。僕は作った出口に向かい貫通を確かめ、手榴弾とスコップで穴を広げてから戻った。幸い鉄筋は使われていなかった。
「道ができた、移動しよう」
エランドの肩を叩き射撃を止めて男を担架に、
「もう立てるのか?」
「大丈夫だ。かたじけない」
載せようと思ったが鎧の大男は先程までの絶叫が嘘のように地に大弓をついて凛と立っていた。
「よし。チヴェッタ、みんなを案内するんだ。一本道だけどね」
「サーイエッサー」
僕はエランドの隣に伏せて状況を訊く。
「どうだ?」
「どうって?あぁ、面白くない。誰も顔出さない」
「悪くない」
それはとても良いことだ。
僕は過熱した銃身を交換してから畳んだ機関銃の二脚を握り銃口を肩に担いで、エランドが安定して発砲できるように歩く二脚になった。こうすれば正確な射撃を続けながら撤退できた。
戦車まで戻り乗り込もうとしたとき僕は初めてゴブリンの姿を見ることとなった。
物盗り除けの魔法にかかったのか彼は戦車のすぐ後ろに倒れていた。姿は想像と殆ど違わず灰色がかった肌に突き出た口、尖った耳、瞳は大きく痩せこけた人間の子供程度のその身には酷く汚れたボロ布をまとっていた。
「ゴブリンめ、馬を逃したな」
どうするか考えていると皆が集まり鎧の男は腰の直剣を抜き振り上げた。ゴブリンを処分するつもりのようだ。
「馬は初めからいない」
僕は男に剣を下ろさせゴブリンに一歩近づいた。身動きできない彼はその目だけでこちらの動きを追っていた。ホルスターから拳銃を抜き薬室に弾を送り込む、それから銃を左手に持ち替えて傍らに立て膝を付きゴブリンに触れた。
手袋を外したその手で首筋を撫でる。乾燥した肌は暖かく老婆に触れているようにも思え想像とは違っていた。
「見逃してあげられませんか?」
僕もそうするべきに思えて撃つべきでないあらゆる言い訳が浮かんだ。彼には抵抗の意志がない、それが薬室から弾丸を抜き。僕は命令されていない、これが銃を元の位置に戻した。
僕はこの目をずっと照準器越しに見てきた。でも今は違う。今日は、撃たなく良いんだ。
「馬車を盗もうとしたのだ。情けなど必要ないように思うが……」
鎧の男は不満そうに僕を見た。
「彼に窃盗未遂を問うと僕らはもっとよくない。他人の家に押し入った挙げ句罠にかかったと憤って鉛玉を撒き散らして壁を爆破したんだ。とてもじゃないが善良とは言えない」
僕が適当な理屈を並べると男はそれ以上何も言わず剣を鞘に収めた。
「ここは、なかったことにするのが一番だ」
こうして自分の行動を振り返るとゴブリンが気の毒に思えてきたので僕は謝意の品として薬莢一杯のお菓子とさっき買ったジュースを戦車から降ろして彼の隣においた。
「ゴブリンにそんなのやったってなんにもならねッスよ?」
「試したことあるのか?」
「ないッスけど」
「なら試そう。魔法を解いてやってくれ」
「はい、今」
これは相手をどうこうしようというものではない。今朝エランドが言ったように、ただ自分の気持ちのために渡すものだ。
魔法を解かれたゴブリンは呆然と立ち尽くしていた。エンジンが掛かると一歩後ずさったが逃げることはなく僕らが稜線に隠れるまでその姿を追っていた。彼は獣ではなかった。
僕らが戦車を元の場所に止める頃にはすっかり日は落ちて街の明かりがよく見えた。ガス灯に照らされたまだ眠らぬ町を機嫌良く歩きサルーンへ向かう。青年に地図を返すため、それと無用な増援を出発させないためだった。
「ほう?早いじゃん」
店に入るとカウンターに席を移していた青年が椅子ごとこちらを向く。客は彼だけとなっていた。
「もうおしまい?今からパーティーの予定なんだけど」
エランドが店主に尋ねた。
「そうですねぇ、貸し切りにしましょう」
店主は磨いていたグラスを置くと僕らに言った。
「あぁ!そうこなくちゃな、他の奴らは?支払いはキャンセルだ」
「ハハハッ誰もあんたらが戻るなんて思ってない、箱持ってどっか行った」
「おい、見張っとけよ。入れ物がなくなっちまった」
エランドは魔法望遠鏡を僕に差し出した。預かれということだろう。
「まぁなんでもいいや。それよりパーティーだ!な!」
「私もパーティーと思います!」
「いいだろう」
「よし!準備するぞ、こいチヴェ!」
「サーイエッサー」
誰もがその気で止める理由はなかった。僕には作戦の反省点を手帳にまとめるという仕事が残っていたが酒さえ飲まなければ後でも問題ないだろう。今は彼らと楽しむことが最善に思われた。
それから僕らは改めて感謝され運ばれた酒で乾杯し気の向くままに料理を堪能した。エランドがピアノで弾き語る70年代のヒットソングになんとかハーモニカを添えた。そうして楽しく過ごし思いのほか早く酔い潰れた彼らを誰が宿まで運ぶのかという新たな問題に気がついたときには日をまたいでいた。
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