第9話 買い物をする

 ドラゴンが来るのは明日なので今日は休む、話し合いの結果そう決まった。今日のうちに戻って待機しできれば確実だが街の周りを巡回する木こりと狩人などの問題によりその選択はできなかった。

 そこで今日の予定はまず戦車の燃料を買い、残りの時間は街の散策か適当な仕事かに当てる事になった。エランドによると魔法望遠鏡を買った店はガソリンの香りがしたのでガソリンを取り扱っているに違いないとのこと。実際、街の雑貨屋で石油ランプが売られていたことから考えても灯油の残りであるガソリンを扱っていても不思議ではない。オクタン価の問題があるので燃料として適切かはわからないがクライスラーなのだから何とかなるだろう。少なくとも見に行く価値はある。

 僕らは旅人キットから小銃をはずし代わりに折り畳み自転車を一台押して街へ向かった。


「ここなのか?」


 エランドに招かれたどり着いたのは裏通りにあるごく一般的なアパートの玄関だった。ひとまず特殊用品店と書かれた表札はある、入り口とは思えない。それでも彼に迷いはなく扉を開け中に入った。階段を降りまた扉を通ると先程の外観からは到底想像できない高級ホテルのロビーのような部屋に繋がっていた。


「こんにちは」


 僕らに気づいた燕尾服の紳士が上品に頭を下げる。エランドはまるで常連であるかのように右手だけで挨拶すると中央のレッドカーペットを奥へ進んだ。そして途中で進路を変え、どう見ても従業員用の扉を開け中へ入っていった。あまりに横着に見えたのでついていっていいものか迷ったが先程の紳士を見ても特に気に留める様子はなく僕もエリッシュに招かれるまま中へ入った。

 

「これほど早くお越しいただけるとは、感激です」

「あれは良かったぞ。早速役に立った」

「それは何より」


 物が所狭しと置かれた薄暗い倉庫の奥から話し声が聞こえ、足元に気をつけながらそちらへ向かうと紳士服にボロボロのエプロンを身に着けた中年の男が使い古された作業場でエランドと談笑していた。

 男は僕を見つけると、


「はじめまして、私はここ特殊用品店ヒンジで主任技師を勤めるポルテン・スクーナと申します。以後お見知り置きを」


「フレディ・フェアフィールドです」


「さて」


 技師は僕と握手を交わすとエリッシュに尋ねる。


「またお越しいただけたということは、先日の話。考えていただけたということでしょうか?」


「まだ考え中です。もう少し待ってもらえませんか?」


「勿論です。いつまでも待ちますとも」


 技師は頷き僕に話を振る。


「貴方のお考えを伺っても?」


「僕の?」


「はい。彼女の才、然るべきところに預け、伸ばすべきとは思いませんか?」


「失礼、僕はその話は何も聞いていないもので、才とは?」


「何をおっしゃいます。魔法を見る力ですよ--」


 話を聞くとこういうことだった。エリッシュには僕を含めた一般人とは異なり魔力を目で見るとても希少な力があり、これは魔法の道具を作る上で非常に優位な力だそうだ。その中でも彼女の目は特に優れており、かつモノ作りにも興味がある。だからここで働かないかと、技師はそう提案したそうだ。

 エリッシュもこの技師の腕は認めており良い提案だと考えているが力のことは隠しておいたほうが良いと市長とサルマ婆さんに釘を差されていたらしく、どうすればよいか迷っているということだった。

 僕はこの話を聞いてエリッシュが吸血鬼だということを思い出した。市長は分からないがサルマ婆さんが隠すべきと言う理由はここにあるだろう。

 詳しく調べられない限り吸血鬼だとは分からないはず。そう彼女は言うがもし気づかれればここでも暮らしづらくなってしまうに違いない。この街にはフクロウの翼や馬の耳を持つ者からオオカミ男まで幅広く住んでいるようだが、通りを歩いただけだは見つけることは出来まかった。平等が法で定められていてもその通りにはならないということはこの街も同じに見える。注意が必要だ。


「この品々の中から私の最高傑作を見抜くその力、是非と思うのですが……」


「あの望遠鏡はエリッシュが見つけたのか、てっきりまたエランドだと」


「……」


 僕が見るとエリッシュは目をそらした。


「これは申し訳ない、伏せておられた?」

「そうなんだよ、だから勝手に金を使ったのは俺じゃない」


 話は聞いていたのか手当たり次第に品定めしていたエランドが会話に加わり昨日の話を蒸し返した。どうやら2人は僕があのときお金のことを気にしていたと思っているらしい。


「あ!裏切り者!エランドも買っていいって言いました!」


「……言ってない。ニュアンスの違いだ」


「彼がなんと言ったか覚えてますか?」


 僕はこの思い違いで少し遊ぶことにして技師に尋ねた。


「たしか、買ったら怒られるかという問いに”へーきへーき大丈夫だから、役に立ちゃすぐ忘れる”と」


「なるほど」

「なぁ?買っていいとは言ってない」

「一緒じゃないか」

「わずかに違う」

「違わない。それに君は僕より大人なんだろ?なら保護者として責任がある」

「私も大人です……あ」

「それなら君たちは共犯だ」

「ごめんなさい」

「どうせ使い道なかったんだろ?いいじゃねぇか」

「ここの市民権は金で買えるらしくてね」

「やっぱりちゃんと考えてたじゃないですか」

「ああ……けど役に立ったろ?」

「そうだな、今回は役には立ったから、あと数秒したら忘れることにする」


 僕は昨日の話を使って技師の提案を有耶無耶にし話題をガソリンに移すことにした。ここで働くかどうかはエリッシュの個人的問題だがサルマ婆さんに相談してからのほうが良いだろう。

 本題のガソリンについては思っていたよりも順調だった。技師は僕が持ってきた燃料からすぐに添加物を割り出し、ほとんど同じ性質のものを数日中に用意できるとのことだ。これでドラゴンが遅刻しても燃料の心配はなくり今日の目的は達成となった。

 ここからの予定は特に決まっていない。僕らは店を出るとなんとなく昨日のサルーンへ向かった。


「軍曹!軍曹も仕事ッスか?」


 店に入るとチヴェッタが僕らに気づき声をかけてきた。


「いいのがあるのか?」

「それがッスね--」


 エランドが尋ねるとチヴェッタは手招きして呼びエリッシュもそれについて行く、それから彼らは掲示板から紙を剥がし何やら楽しそうに相談を始めた。

 今日の予定は彼らが決めてくれるだろう。僕はそんな彼らを置いて昨日のテーブルに向った。ちょうど地図の青年も同じ場所に腰掛けていた。


「昨日はありがとう。助かった」


「良いって事」


 僕が座ると彼は読んでいた新聞を畳んだ。


「変わった見出しだ」


「”西部領主、国外へ脱出か?"。"引きこもりの魔術顧問、沈黙貫く”。”総統先生、今月の講義は中止”どれも面白いだろ?事実だ。それで?今日も噂を?」


「決まってない……何か新しいのが?」


「昨日の答えだ」


 青年はそう言うと再び新聞を広げ目的の記事が見えるよう畳直して机におく。昨日の答えということは、


「声明でも出したのか」


 読むとドラゴンについては調査中だが現在のところ異変は確認されていないという旨の曖昧な記事で内容も予想通りであり新しい情報はなかった。

 

「兵隊が動いてる、西の貴族連中は夜逃げの準備で忙しい。不思議だな」


 新聞を置いて青年に視線を戻すと彼は世間話でもするような調子で次々と重要な情報を教えてくれた。

 この国は東西で支配者が異なり先程の新聞は東のものであること。西側の新聞ではドラゴンの噂は完全に否定されているのもかかわらず、それを発行した貴族は船に荷物をまとめていること。東側も調査中と言いつつ派兵の準備は終えていること。そしてこの付近には採掘資源の関係で公には存在しない事になっている村が2つあり、そこもドラゴンの襲撃リストに載る可能性があること。

 これらのことから分かるのはドラゴンの件はオオカミ少年と村人の関係のように単純ではなかったということだ。もし国がはじめから全て知っていたのだとしたらそもそも僕らの出る幕はなかったのかもしれない。もしそうなら少し残念だが、悪くない結末だ。 

 青年が一通り話し終えたちょうどそのときエリッシュが呼びに来た。今日の予定が決まったのだろう。僕はいくつかの要望を書いたメモを残して席を立った。

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