第60話 Side 美桜 未来へ


「ひーひーふー、ひーひーふー。」


 私はテレビでやっていた呼吸法で何とか覚悟を決め教室の扉を開けた。

顔が赤くなってないか、髪型は大丈夫か、動きはおかしくないか。

カチコチで緊張しながら教室を見渡す。


 そこではいつも通り拓斗とツグミ君が談笑していた。


 いや、拓斗は手や腕に絆創膏を貼っている。

それを見て私は緊張より心配が先に立つ。


「拓斗、怪我してるけど大丈夫?」


 思わず駆け寄って声をかける。

拓斗は私の顔を見て安堵の表情を浮かべると、優しい顔で


「大丈夫大丈夫。ちょっと料理中に火傷してさ。いやー失敗失敗。」


 そう言って朗らかに笑う。


 うそ、私は知ってる。

それが私を助けるために無理をして負った怪我だって。


 私は泣きそうになるのをぐっと堪える。


「でも、ちゃんと治療しないとだめだからね。絶対だからね。」

「分かってるって。ちゃんと治療してるよ。」


 拓斗はそう言って手をプラプラ振っている。

きっと私を心配させまいとやっているのだろうけど、幼馴染の私にはそれが無理しているのだとすぐに分かる。

正直もっと言いたいことがあったけれど、そのタイミングで授業開始の鐘の音が響いて言葉が止められる。

思わず、


「拓斗の馬鹿。」


と拗ねた口調で呟いてしまうが、その声は聞こえなかったのか隣で拓斗が首を傾げている。

あんまり優しくしないでよ、よけいに拓斗のことが気になっちゃう。

この唐変木のニブチンめ。





 放課後、拓斗がツグミ君の頭をよしよししながら見つめ合っている。

何でこんなことになったのか分からないけれど、いつもなら何とも思わない光景。

微笑ましく見守っていた光景。けれどその日は我慢できなかった。

思わず言葉が喉をついて出る。


「こほん、えー、拓斗君や。あの、あのさ、動物園の事件の時、私どうも気絶して攫われてたみたいなんだよね。」


 顔が赤くなってきているのが分かる。


「うん、知ってるぞ。」


 拓斗が助けに来てくれたんだもんね。

その時のことを思い出すと胸が熱くなって、心臓がドクンと跳ねる。


「それでさ、いつの間にか何とか逃げて自宅にたどり着いたみたいなんだよね。」


 どんどん早口になってくる。自分でも何を言っているのか分からない。


「そう言ってたな。」


 視線が泳ぐ。拓斗を見ていられない。


「つまりだね、私はきっと気を失っている間に頑張ったと思うのですよ。意識が無い中でも必死に家にたどり着こうと頑張ったみたいなんですよ。」


 胸がドキドキして、声が裏返りかける。


「大変だったな??」


 ほんとなんで私、こんなニブチン好きになっちゃったんだろう。


「だからっ、だからさっ、私も頑張ったんだから、よしよししてよ!!」



 でもやっぱり好きだ。




 一瞬時が止まる。

ダメだっただろうか。恥ずかしくて拓斗の顔が見れない、でも、やっぱり撫でて欲しくて。


「拓斗、ダメ?」


と拓斗を見上げて言ってみる。そしたら、


「お、おう。」


 拓斗はそっと私の頭を撫でてくれた。まるで壊れ物でも扱うかのように優しく。

頬が緩んで、思わず


「ん、ん。」


と声を出してしまう。

私がしばらくされるがままにされていると。


「はい、終わり。」


 少し焦ったような拓斗の声が頭上から聞こえてくる。

拓斗の顔も真っ赤だ。可愛い。



「でも本当に良かった。二人とも無事で。」


 本当はもう少しして欲しかったけど、ツグミ君の声がかかる。

その声は本当に心配している声で、でも少しタイミングに作為的なものも感じる。

私は渋々よしよしを諦めると、何とか動悸を抑え会話に加わる。



 平穏な時間、私が何よりも大事に思っている時間。そんな時間が過ぎていく。

その中で、ふと先日の記憶が蘇る。


「桜の木の下には死体が眠っているです。この器は、器になるべくしてなる運命がだったのかもしれないですね。」


 鎖に囚われていた時、朦朧とする意識でそんな声を聴いた。

今回のことも、お父さんが死んでしまったことも、もしかしたら私が・・・

そう考えたら、質問が止められなかった。


「ねえ、拓斗。拓斗は桜の木って好き?」


そうしたら拓斗は何でもなさそうな顔で、


「桜の木?ああそうだな。」


と答える。少し安堵するが、


「どんなところが好きなの?」

「うーんとそうだな、まずは花が綺麗だろ。花見が出来るだろ。日本の心だろ。」


 桜も花が散ってしまったらダメなのだろうか。

私も、もしからしたらそのうち・・・。

不安になりさらに尋ねる。


「じゃあじゃあ、花が散ったら?花の時だけ好きなの?」


 けれど拓斗は、


「いや、そうじゃないかな。桜の花はもちろん良いけど、新緑の時期も良い。なんか生きてるって感じがするし。それに夏の濃い緑も秋の紅葉も綺麗だし。冬はちょっと寂しいけど、雪が積もった時の桜もすごく綺麗だ。」


 私の眼を真っ直ぐ見つめながら告げる。

頬が赤くなる、動悸が早くなる。胸に温かい熱が灯る。

そして、


「だから俺は桜が好きだよ。」


 好きという言葉に一瞬フリーズする。

だめだ、我慢できない。

顔が沸騰したように真っ赤になって、片手で口元を押さえる。頬が緩み、視線が泳ぐ。


「へー、ふーん。そっか。拓斗は桜が好きなんだ。ふーん。」


 照れ隠しに思わず少しからかうような口調になるが、それもニマニマ顔のせいで締まらない。


「まったく、拓斗は無自覚に誑かすんだから。」


 ツグミ君が何か言っているが、私はそれどころではない。

少し微妙な空気になっていることを察したのか、拓斗は一度深呼吸をすると明るい声で言った。


「それじゃさ、本日のミステリー研究部の活動は、俺達の復帰祝いも兼ねて皆で葉桜を見にピクニックにでも行こうぜ。」


 照れ隠しもあって、私はすぐに手をあげる。


「賛成ー。」


 ただ、それよりももっと、今はただ拓斗と一緒に桜を見に行きたかった。

続いてツグミ君も賛同の声をあげる。


「いいね。」


 私達は歩く。これからも一緒に。幸せを噛みしめながら。そして桜が萌える白詰草の花畑に赴くのだった。

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中二病スキルで全てを救う~我は理不尽に抗う者なり~ 交差羽 @kosabane-kamontaka

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