第13話 水底の記憶
水で満たされた巨大な空間に足を踏み入れた桃源は、 注意深く周囲を観察した。
空気ではなく、温かい水が体を優しく包み込んでいる。
しかし、その柔らかな感触とは裏腹に、空間全体には 雄大な雰囲気が漂っており、ただならぬ試練が待ち受けていることを予感させた。
「……ここは一体どうなってやがる?まるで、巨大な水槽の中みてえだ」
猿丸は、目を輝かせながら、周囲をキョロキョロと見回した。
透明な水の中には、見たこともない色彩の魚たちが優雅に泳ぎ、光を帯びた水生植物が幻想的な世界を作り出している。
「ワン……ワン……」
犬彦は、 注意深く鼻をヒクヒクさせ、水中の微細な匂いを嗅ぎ取っている。
地上とは全く異なる、この世界独特の匂いが、犬彦の嗅覚を刺激していた。
桃源は、犬彦や猿丸のように純粋な好奇心だけを抱くことはできなかった。
この雄大な空間に漂う古代の力。
それは、単なる自然現象ではなく、もっと深く、もっと 神聖な存在の意志を感じさせた。
その時、桃源たちの前に、かすかな光が放ち始めた。
光の中心には、 キラキラと光を帯びた、奇妙な形状の結晶が浮かび上がっていた。
それは、ゆっくりと回転しながら、周囲の水に柔らかな光を反射している。
「あれが……水の試練なのか?」
桃源は、警戒心を抱きながら、光を放つ結晶を見つめた。
その瞬間、桃源の脳裏に、荘厳な声が響き渡った。
『異邦人よ……よくぞ、この水底まで辿り着いた……汝に、 神聖な水の力を授ける資格があるか……試練を受けるが良い……』
声の主は、姿を見せない。
しかし、その声には、神聖な力が宿っているのが感じられた。
「わしは、この都と、わが故郷を救うために、神聖な水の力が必要だ!いかなる試練であろうと、受けて立つ!」
桃源は、荘厳な声に応えるように、固い決意を大きな声で宣言した。
桃源の言葉に応えるように、光輝く結晶が 先ほどよりも明るいな光を放ち始めた。
そして、その光の中から、 前の荘厳な声とは異なる、旋律的な声が響き渡った。
『試練は……水面に映る己の姿を純粋に見つめ……汝の心の内にある真の 欲望を見つけよ……』
声の指示に従い、桃源はゆっくりと水面に近づいた。
光を帯びた水面は、鏡のように彼の姿を鮮明に映し出している。
しかし、そこに映る桃源の姿は、不安と強い決意を宿しており、 純粋とは言い難かった。
「 真の欲望……わしの真の欲望は…… 世界を守ること……人々を救うこと……それだけだ!」
桃源は、水面に映る自分自身に、 静かに強い声で語りかけた。
その瞬間、水面に映る桃源の姿が揺らぎ始めた。
そして、揺らぎの中から、昔の記憶が映像となって流れ込んできた。
暖かい故郷の風景。
少年時代の友達との楽しい日々。
優しいおじいさんとおばあさんの笑顔。
共に戦った犬彦、猿丸、雉乃との絆。
平和な日々……。
そして、 鬼ヶ島での激戦、村を襲う異変……。
それらの記憶は、桃源の胸に暖かい感情を呼び起こすと同時に、失われた 平和への強い憧憬を蘇らせた。
世界を守りたいという欲望の奥底には、 以前の穏やかな日々を取り戻したいという、真の欲望が隠されていたのだ。
桃源がその真の欲望に気が付いた瞬間、水面が さらに明るいな光を放ち、彼の体の中に、暖かい光が流れ込んできた。
それは、光輝く結晶から放たれた、神聖な水の力だった。
「これが……神聖な水の力……!」
桃源は、体の中に満ち溢れる不思議な力に、驚きを覚えた。
それは、とても純粋で柔らかなものだった。
その時、再び、最初の 荘厳な声が、桃源の脳裏に響き渡った。
『資格あり……神聖な水の力を得た汝ならば……きっと、この都を救うことができるだろう……しかし……神聖な力は、 重責を伴う……その力を、 世界のために正しく使うことを誓うか……?』
桃源は、胸に手を当て体の中に宿った神聖な水の力を感じながら、 強い決意を込めて答えた。
「誓います!わしは、この神聖な水の力を、世界を守り、人々を救うために使うこと!」
桃源の誓いに応えるように、空間全体がまばゆい光を放ち、 中央の結晶が 先ほどよりも強く輝き始めた。
神聖な水の力は、今、桃源の手に宿ったのだ。
そして、その力は、迫り来る黄金の鬼との戦いにおいて、希望となるだろう。
しかし、同時に、この神聖な力は、桃源に新たな試練と、重大な責任を背負うことになるだろう。
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