22話 神の名を冠する龍

 まるで暗雲が広がるように錯覚するほど、光龍を覆うマナ密度は常軌を逸していた。これが、ヤツが何百年も漂って集めてきた結晶なのだろう。何のために集めているのか知らないけど、あれを全て魔力に変換されれば世界を更地に変えてしまうほどの攻撃魔法になるのではないだろうか。

 不意打ちで片方の角を落とされた光龍は、思いの外冷静に様子を見ている。家一軒はあるだろうサイズのその目にはまだ敵意は感じない。ただただ珍しい物を眺めている感じだ。


『人ノ子ヨ。何故私ノ前ニ立チハダカル』


 不思議な響き方をする声は、どこか高貴な雰囲気すらあって、少しだけ背筋が張ってしまう。


「ここは僕の故郷だ。土地によれば神と崇められる貴方であろうとも、その礎にするわけにはいかない。どうか願いを聞き入れてくれるなら、この地を経由するのはやめて欲しいんだ。貴方が通る道には数十年は実りが無くなる」

『……欲深イ事ダ。僅カ数十年デ戻ル。ソノ程度デ、済マセテヤッテイルダロウ?』

「っ!?」


 千年を越える寿命を持つ龍種だから、僕達人族とは価値観が違ったんだ。光龍からすると、生態系や秩序に配慮した結果だと言うのか。

 だとすると、それ以上を無条件で望むのは悪だ。どうする。会話が通じるのであれば交渉も手だけど……。


『一ツ問ウ』

「え……?」

『大斧ヲ二本携エタ、黒キ衣ノ鬼ノ子ハ知ッテイルカ?』

「斧を二本持った……鬼人族? 残念だけど僕には心当たりがないよ」

『ソウカ……私ヲ起コスホドノ命知ラズガ別々ノ場所デ現レルトハナ。イイダロウ、オ前ニモチャンスヲヤロウ』

「……そのチャンスを掴めば、この村を経由するのは止めてくれるのかい?」

『今生デ約束シテヤロウ』

「わかった。それで、何をすればいいんだい?」

『……ククク、後ロノ二人ハモウ分カッテイルヨウダガ?』


 振り返らなくても分かる。臨戦態勢だ。


『セイゼイ楽シマセロ』

「望むところだ!!」

「【エクス・バーストレイン】!!」


 フライング気味に戦闘開始を告げるジャスパの上級魔法。弾けるように跳ね返りながら無差別に爆撃する光の玉を五十個ほど光龍の周囲に設置する。派手な爆発音と光を放っているが、光龍は防壁魔法で完全に遮断。

 光の影に隠れながら、僕はもう一度ショックホルダーと弧状衝撃槌のコンボを繰り出した。


「ぐぅううっ!!」

「【神の雫】」


 顎下から打ち込まれた飛ぶ打撃は、防壁魔法を砕いて余波で光龍の顎を僅かに上げた。砕けた両手の骨は、クーリャが瞬く間に再生する。

 防壁が無くなった光龍は目を細め、ジャスパの魔法を鬱陶しそうに振り払う。


「はぁ、はぁ、やっぱりそうだ!」

「あぁ、勝てるかもせんぞユウリ!」


 僕らの想像では光龍の防壁すら抜けず、仮に最大火力を直撃させても毛ほどのダメージもないと思っていた。しかし、実際の光龍は無敵なんかじゃない。半端な攻撃は効かないだろうが、最大値のダメージはしっかり効果があるんだ。


『勝機ヲ見出スニハ早イゾ』


 魔力変換。周囲のマナが急速に光龍の魔法へ置き換わる。莫大な魔力は分散し、一つの生命を形作った。


「龍種……なんて数だ……」

「眷属召喚じゃ。ジャスパよ、あまりユウリから離れるでないぞ」


 10、20、どんどん増える小型の龍は、その数を100体に留めると一気に襲いかかって来た。


「二人とも僕の肩から手を離さないで! 一度飛ぶよ!」

「と、飛ぶ!?」

「緊急回避用アイテム【片道手形】」


 バッグから手元に出現させた木札を折る。コンマ数秒後にはその場から消え、予めマーキングされた200メートル先へ瞬間移動をした。


「言ってたアイテムってコレか!」

「油断しないでジャスパ! もう気付かれてるよ。多分光龍の射程圏内だから動きが筒抜けなんだ。3秒くらいしか猶予がない!」

「やっぱ逃げ切れねぇじゃん!」


 自動追尾のように襲い来る無数の龍。僕はマントをまた疾風モードに戻して、新たにバングルを二つ取り出しジャスパとクーリャに装着した。


「おい! なんだこれ!」

「説明は後! 飛ぶよ!」

「まて! まだ触れて……」


 ジャスパの返事を待たず木札を折る。僕達がいた場所は何十匹の龍から火炎を吐かれ、一瞬にして更地になってしまっていた。

 間一髪だった。


「触れてねぇっ!…………あれ?」

「そのバングルは他人を僕から一定の距離で固定するんだ。触れてる扱いになるよ」

「なんでそんな意味わからんアイテム作ったんだよ!」

「イリナが走るの速すぎて楽について行こうとしたんだ。その失敗作だよ……名前すらない」

「使えりゃ失敗作でも即決採用かよ……」


 肩を落とすジャスパ。こんな悠長に話しているのにも理由がある。追撃が来ないのだ。その代わり、小さな龍達はまるで網を張るように等間隔に広がっている。

 さてどうするか。王の首を守る騎士さながら、散らばった龍には統率力もあるようだ。光龍は特に指示を出している素振りはない。あの中に司令塔が紛れていると考えるべきか、個々の頭の良さと仮定すべきか……。


「そもそも落とせるかもわからないか」

「あの小っちぇ龍のことか? アタシが試してやろうか?」

「そうだね。上手く孤立させて倒そう。ジャスパは倒せそうな魔法を発射ギリギリで止めといてよ。合図は出すから」

「おまっ! 魔法の遅延だって難しいのに完全に止めろってのか!?」

「うるさいなぁ、出来るでしょ?」

「ぐぐぐぐぐぅっ!!」


 知ったようなこと言いやがってとでも言わんばかりの怖い顔だ。いや、ジャスパが村を襲う時に使ってたの見たんだよ。

 杖を浮かべて特殊な詠唱に入るジャスパ。攻撃は任せるとして、僕は彼女を背後に浮かべた状態で走り出した。


「陣を保っておるの。これは孤立させられん」

「ちょっかい出してみる」


 少し遠くの龍に向かってスリングショットを撃ってみる。龍は避ける素振りもなく、玉をそのウロコで受けた。その瞬間、玉は破裂して煙幕が広がる。


「んん?」


 動かない。怯みもしなければ辺りの警戒もない。まるで煙幕の外が見えているかのように。


「もう一発!」


 今度は別の龍へ、貫通力のある雷属性の玉を撃ち込んだ。しかし、こちらも微動だにせず受け入れる。ダメージは無い。

 嫌な予感がする。


「もしかして……」


 最後にダメ押し。3つしか持っていない特殊な玉を一番近くの龍に撃ち込む。

 僕の予想は正しく、攻撃を受けた龍は時間が止まったようにピタった動きを止め、地面に落下した。


「ユウリ! お主、龍を絶命させる武器まで持っておるのか!?」

「違うよ! 僕が撃ったのは付与魔法を一時的に不安定にする効果の『ジャミング玉』。あれは龍じゃない、ゴーレムだ!」

「はぁ!? しかし我は、確かに眷属召喚の魔法陣を見たぞ? しかも、あの龍達は皆個別の魔力を纏っておる。生物にしか見えん!」

「多分だけど、クーリャが神だって見抜いてるんだ。神の目は特殊で、魔力や生命エネルギーすら見通せる。だから、まるで生き物のように見えるように上から覆っているんだよ。絶対に間違えて大技で数を減らさせるために!」

「……それが本当ならとんでもなく頭のキレる龍じゃの。して、どうするのだユウリ」

「多分、あのゴーレムは光龍の魔法じゃない。さっきの眷属召喚で一匹はちゃんとした龍が召喚されたんだ。そいつを見つけて落とせば全部消えるはずだよ」

「一匹だけとは限らんだろう。半分が龍ならどうする?」

「いや、一匹だけだよ……今確信した」


 どうやら耳がいいらしい。僅かな警戒心の揺らぎ。偽りを看破された者独特の緊張感。


?」


 僕の視線の先にいる龍は、目が会った瞬間空高く舞い上がった。同時に、残った龍達は爆撃機のように僕達へ突撃を開始した。


「くっ!」


 すんでのところで木札を折る。一番遠くのマーキングまで飛んだのに、すぐさま別の龍が降り注ぐ。

 相手もなりふり構っていない。僕の視線から外れようと距離を取りながら、新たに龍を生み出していた。今度は繊細な魔力も纏っていない岩の龍。当たりだ。アイツは大量のゴーレムを生み出せる特殊個体。地龍だろう。

 木札を折る、折る、折る。この短時間で一体いくつのアイテムを消費させる気なんだ。この瞬間移動も使えなくなるまで削る気なのかもしれないが、残念ながら僕の奥の手として用意したこの木札の残量は8000。十年間ちまちまとこの日のために準備してきた。尽きるわけない。どちらかと言うと体力の方が先に尽きる計算なのだから。


「ユウリ! ヤツの元へは飛べないのか!?」

「マーキングがない! でも手はあるよ! クーリャは不可視可魔法が使えたよね!」

「使えるが……アレは我の力では手のひらサイズの小さいもの限定じゃ! 苦手なんじゃ光魔法と空間魔法の混合は!」

「手のひらサイズでも上等だ! これに不可視可魔法をかけてくれ!」


 僕が渡したのは、この場にそぐわないコケシだった。


「な、なんじゃこれ……」

「コケシだよ」

「違う! 何故今こんな不細工なコケシを出したのか聞いておるのじゃ!」

「失礼な! クーリャの新しい御神体になればと思って子供の僕が作った『クーリャ様コケシ』だよ!? モデルはクーリャだから!」

「これ……我……」

「そのコケシがマーキングなんだ。この森にも200体のコケシが設置されているんだから!」

「不細工な我が……200体も……」

「お、おい! 何でもいいけど早くしてくれ! そろそろ魔法陣が決壊する!」


 ジャスパの限界が近づき、クーリャは涙目でコケシに魔法を掛け始めた。


「うぅ……我はもっと……可愛い……」

「愛情は込めたんだよ?」

「愛が歪じゃあ……」


 姿を消したコケシは、今確かに僕の手の中にある。後はこれを打ち出すだけ。


「よし! 行けぇええええ!!」


 マーキングされたコケシは天高く撃ち出され、本体の地龍目掛けて真っ直ぐに飛んだ。

 しかし、地龍は発射直後から大きく移動し、コケシはあらぬ方向へ飛ぶこととなった。


「ま、僕達の声聞こえてるもんね……」

「アホユウリ!!!!」


 クーリャに首を絞められる僕を見て、地龍は初めて感情を現し、口元を緩ませてニッと笑っていた。


「まぁまぁ、そろそろだから」

「何がそろそろ……」

「3、2、1……」


 僕は木札を折る。

 瞬間移動したのは、地龍の真上だ。


「ジャスパ」

「【ディザイア・ダークジャベリン】」


 至近距離から打ち出された闇の最上位魔法。無詠唱を使いこなすジャスパがフル詠唱を必須とする強力無比の悪魔の槍は、地龍の背中に真っ直ぐに突き刺さり、その巨体を瞬く間に地面に串刺しにした。

 響く轟音。地を割り深く突き刺さった槍の下で、地龍は僅かに息をするだけで瀕死になっていた。空を舞うゴーレムも次々と石塊に戻り、物言わぬ瓦礫として降り注いでいる。

 クーリャは目をパチクリと開いては閉じ、何が起こったのか信じられない様子だ。


「は、え? なぜ……」

「本当に気づいてなかったの?」

「な、何?」

「ユウリは一射目で何も撃ってねぇよ。相手を誘導するために空撃ちして、背中越しに地龍の進行方向に撃ち出てたんだ。ま、アタシがコイツの後ろにいたから見えたんだけどな」

「……からうち?」

「落ち着いてクーリャ。そもそも地龍の位置が遠かったでしょ? 瞬間移動の射程外だったから引き寄せる必要があったんだ。それに、会話が聞こえてるのにそのまま撃つわけないじゃん」

「…………」

『ハッハッハッ!!』


 一部始終を見ていた光龍は高らかに笑い、地龍に勝利した僕達を優雅に見下ろした。


『ナント器用ナコトダ。ソシテ龍ヲ凌グ知ヲ有シテオル』

「悪いね。地龍を殺しちゃって」

『心配ハイラヌ』


 光龍の身体が光ると、地面にいた地龍は光龍の前に現れた。そして、驚異的な速度でその傷を癒したのだった。


「回復魔法……クーリャと同じくらいの再生速度だ」

『地龍アルテマグナ、起キヨ』

「…………」

『狸寝入リトハ、地龍ノ王ノスルコトカ? モウ戦ワセン。コノ臆病者ガ』

「……痛かったです」


 ムクリと起きた地龍は、光龍より流暢に言葉を話した。それより、地龍の王だって? なんてもの従えているんだ……。

 地龍アルテマグナはするすると光龍の影に隠れ、光龍はその様子に溜息を吐いた。


『サテ、地龍ノ王ヲ退ケタ貴様ラニハ褒美ヲ与エネバナ』

「これでこの村は……」

『馬鹿ヲ抜カセ』


 強烈な殺意が周囲を包む。

 そして、光龍の身体が真っ白な光に覆われ、その形を変えていく。


「な、何だ!!」

「力が凝縮しておる!! 距離を取れ!!」

「う、動けない……っ!!」


 金縛りにあったようにその場から動けず、視線すら固定され、光龍の変化に釘付けになっていた。その大きな体躯を圧縮し、圧縮し、さらに圧縮された時、世界最大の生物は人の形を成していた。

 白銀の、神力を纏ったような長髪。二本の大きな角は片方が折れ、龍の目をそのままに。さらに予想外だったのは、その姿は年端もいかない女の子だった事だ。


「ふぅ、これで人と同じ発音が出来るな。龍の姿で人の言葉を話すのは難しいことこの上ない」

「人化だって? なぜ……」

「どうだ? 見目麗しいだろう。驚くかも知れんが、私はメスの、まだ子供の龍なのだ」

「子供だって!? 世界最強の龍が!?」

「クックック、良い反応だ。しかして、龍の頂点である事には変わりあるまい」


 光龍は両手を広げ、口の端を上げて僕達を見下ろした。


「我が名はリンドヴルム! この腕の中で永遠に眠れ!」

「神龍っ! やはり神か!」


 リンドヴルムの身体は、強大な神気に包まれた。

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