23話 僕の最大最強

 この世界の人達は全て、神に力を授かり生きていく。当たり前のような話だが、『与える者』と『授かる者』として明確な線引きがされるほど、比べるべくもない存在の違いが決められている。人の身で神に挑むなど、世の摂理から反しているとかそういうレベルではない。


「なんだもう終わりか? 」

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 どれくらい時間が経ったのだろう。いや、きっと一、二分くらいなんだろうな。歩いてくるリンドヴルムに距離を取りながら、魔法や遠距離アイテムで攻撃し続けた。彼女を包む神気はその全てを弾き、一切の隙もなく正面から受けきってしまったのだ。


「ぜぇ……ぜぇ……」

「ジャスパ、大丈夫?」

「め……目眩がする……」

「魔力が切れそうなんだね。とりあえずポーションを飲んで休んでてよ」


 持参した魔力回復ポーションはそう多くない。ジャスパを連れていくと決めた日が遅過ぎたから準備が間に合わなかったんだ。彼女の魔力が尽きてしまうとバフも打ち止め。いよいよ抵抗すら出来なくなってしまう。

 どうする……あの神気さえ無ければ。


「そろそろ飽きてきたな。そこの神も戦わんし、時間の無駄だったか。元女神とて、堕ちてしまえば人の子と変わらぬものだ」

「…………」


 ここまで攻撃に参加しなかったクーリャを煽る。余りにも手応えが無さすぎてガッカリしているようで、せめて同じ神のクーリャから一つ二つ面白いものが見れないかと考えているのだろう。

 どうすればいい、考える時間が足りない。いや、時間がいくらあっても目の前の怪物を打倒することなど不可能なのかもしれない。

 僕の不安を読み取ったのか、リンドヴルムは足を止め、指先に白いモヤを溜め蝶を形作った。踊るように舞う蝶を指で遊ばせ、彼女は不敵に笑った。


「人とは不思議なものよな。決して敵わぬと分かっていても挑み、あたかも命より大事なものがあるかのような目をする。そのような生き物、人以外におらん」

「一体なにを……」

「まぁ聞け、せっかく時間を割いておるのにこれで終わりはつまらん。せめて話し相手になってもらわねばな」

「…………」

「他にも不可解な部分が多い。生き物としては非常に弱いはずが、個体だけ見れば余りにも規格外な進化を遂げる者がおる。実の所、私の親である前神龍も人と戦った傷が原因で死んでしまった。何百年前かわからんがな」

「人が……神を?」

「神、という言葉を使うとやや大仰に聞こえるが、明確には神ではない。寿命もあれば限界もある。私はただ条件を満たしたに過ぎない。龍の中で最も強く、そして『神気』を扱うことが出来るというな」


『神気』。簡単に言えば神が使う魔力のようなものだ。クーリャが纏っているのも神気だし、他にも習得している人は極少数存在する。その習得は特殊な才能と途方もない訓練で可能とするらしい。その破格の能力は、魔法とは違って法則を必要としないイメージの世界。消費エネルギーは尋常ではないが何でも出来るし、神気には神気でしか対抗できないとされている。

 あの指先の蝶も、神気で生命を作り出したのだろう。それだけで、リンドヴルムの神気が膨大な量だと証明されていた。


「前神龍は下等な人種に負けたのだと、それはもう扱き下ろされたものだ。娘である私にもその火の粉は飛び、それは数十年続き……」

「…………」

「私を見下した者達を皆殺しにしてやったわ」

「おぉ……」

「ハッハッハ! 今のは笑いどころだぞ? やはり人と龍では笑いのツボが違うのだろうか」


 楽しげに笑うリンドヴルム。いや、この命懸けのタイミングで笑い話はちょっとついていけない。それほどまでに実力に差があるわけだ。

 彼女は蝶の数を増やし、まるで自分が世界でただ一つの花であるかのように、無数の蝶を周囲に巡らせた。


「その時に使った技を知りたいだって? 私は優しいからな。それはもう優しく包み込んでやったわ。まるで花園に迷い込んだように安らかな最後を……」

「あ、やばい……」

「こんなふうにな」


 雑談タイムは唐突に終わり、リンドヴルムが生み出した蝶が一斉に襲いかかってきた。軽そうなその見た目に反して、触れた木々を鈍器で貫いたように粉砕しながら直進してくる。


「ジャスパ! 魔法は使える!?」

「まだ無理……」

「くそ、逃げきれないぞこれ!」

「仕方ない。ユウリ、我の後ろへ」

「クーリャ……ごめん」


 これまで回復に徹していたクーリャが前へ出る。その身体は淡く光り、神気を放出していた。

 クーリャ目掛けて飛んでくる蝶に、彼女は優しく指で触れる。たったそれだけで、蝶は幻のように消えてしまった。


「ほう、神気による無効化か」


 リンドヴルムが言うように、神気の技である光の蝶を、クーリャは僅かな神気を込めて相殺したのである。まるで舞うように蝶の群れに触れていくクーリャは、どこか神々しく見えるほど美しい身のこなしであった。

 百にも満たない数だったであろう。全てを凌ぎきった時、リンドヴルムは「なるほど」と手を叩いた。


「そこの神が傍観を決め込む理由がハッキリわかった。貴様、神の世界との繋がりが切れておるのだな。神気を使い切れば、そう簡単に回復できないワケだ。ククッ、滑稽だな。髪の色が半分黒くなっておるぞ? まるで神気のタンク。使い切れば真っ黒になるのか?」

「貴様も同じだろう。パスが繋がってないなら魔力を変換することでしか補えん。使い切らせてしまえばただの蛇じゃ」

「私が神気切れになるとでも? 何百年貯め続けたと思っておる。ま、試してみるのは自由だがな」


 リンドヴルムは腰を落とし、荒々しい構えから一歩、凄まじい速度でクーリャに蹴りかかった。もちろん、クーリャが相殺出来ないほどの神気を込めて。


「【エボンズバイン】」


 間一髪、ジャスパが放った赤黒い蔓で拘束する魔法がリンドヴルムの蹴りの軌道を逸らし、クーリャは頬を切るだけで助かった。

 しかし、近接スイッチの入った龍は止まらない。地面を踏み直し再度攻撃を続ける。もうなりふり構っていられないと、僕は位置固定のバングルを解除してクーリャの前に滑り込んだ。


「ホラホラホラどうだ!!」

「ぐっ!! ふ、二人とも離れて!!」


 彼女の全身から絶え間なく致命打が放たれる。手刀、前蹴り、頭突き、どれを食らっても良くて骨折。目の前の殺意の塊だけに集中し、どうにか逸らし、躱していく。

 猛攻はどんどん過激になっていった。静かな森に地鳴りのような音が響き渡るほど、彼女の一撃一撃が威力を増していく。


「ほう、戦士でもないくせに素手でよくやるではないか! 最小限の力で攻撃の軌道を変える天才と言ったところか。気持ち悪いくらい器用だな!」

「ハッ、ハッ、ハッ……」

「……それも限界か。才の芽が散るのは惜しいが、私に挑んだ対価というモノだ」


 僕の身体が僅かに宙に浮いた時、リンドヴルムの荒々しい殺気が静かに収縮する。まるで研ぎ澄まされた一本の槍のように。


「終わりだ。死ね」

「「ユウリ!!」」


 二人の声より速く、リンドヴルムの貫手が僕の心臓に迫る。身体は浮き、防御に使う腕も弾かれた完璧なタイミング。どれだけ速く動こうともう間に合わない。



 でも、僕は戦士じゃない。



 アイテムクリエイターだから。



「ぐ、っぁああああああああ!!!!」


 リンドヴルムの貫手が身体に届く前に、彼女の腕に二本の鉄の杭が突き刺さる。

 トドメ。確実と思われたその瞬間だからこそ、神気の弱まった腕を貫いた。予想外の反撃に歯を食いしばるリンドヴルムは、その腕の痛みか、隙をつかれた苛立ちか、鬼の形相でこちらを睨んでいる。


「ふぅっ! ふぅっ!」

「神気は何も無敵ってわけじゃない。魔力の何倍も密度が濃いエネルギーってだけだ。砂で岩は砕けないけど、何らかの方法でガチガチに固めた砂なら脆い岩くらい貫通するよ」

「この杭……いいのか? こんなもの使って」

「…………」


 何もかもお見通しか。この杭【龍喰い】は他のアイテムとは仕組みが全く違う。シンプルに貫通力を求めた結果、内包する魔力ははち切れんばかりの莫大なモノ。それを宙で自在に操作するために必要な魔力は並の人間一人で賄えるわけはなく。

 結果、別のエネルギーを消費する。


「これが僕の最大最強だ」


 誰もが持つ、決して使ってはいけないそれを、生命エネルギーと呼ぶ。

 浮遊する4本の杭。僕が5分は操れるであろう最大の数だ。それぞれが僕の周囲でリンドヴルムに照準を合わせ、高速回転を始める。東方の『銃』という武器の機構を模し、僕の命で引き金を絞る。


「クククッ……面白い……面白いじゃないかお前!! 自身を消耗品アイテムに組み込んだワケだ!! イカれておる!!」

「行くぞぉおおおおお!!!!」


 ただ目の前の命を狩る。それだけに集中し、集中し、全身全霊を以て足を踏み出した。





 この静寂を迎えたはずの夜の森には、それに似つかわしくない甲高い戦闘音が広がる。


「ふぅっ!! ふぅっ!!」

「はぁっ!!」


 野獣のように息を荒らげながら猛追してくるリンドヴルム。彼女の神気の揺らぎを見極め、カウンターのように杭を打ち込む僕。まっ更な世界でお互いしか見えていないかの如く複雑な読み合いの攻防。クーリャ達は何度か魔法で援護しようとしていたが、リンドヴルムが速すぎて手をこまねいていた。

 一見競り合っているような状況。ダメージだけならば僕の方が優勢に見えるだろう。でも、当たり前のようにその瞬間はやってきた。


「ユウリ!!」


 足を止めた。その事は自覚していた。だけど、いつの間にか僕は倒れ、クーリャに抱きかかえられていた。目の前にはジャスパが杖を構えている。リンドヴルムの前に立ちはだかり、僕らを守っているのだろうか。


「今……今回復を……!」

「無駄だ。そいつは私の攻撃を全て弾き切った。倒れたのは生命エネルギーの消費によるものだ。魔法では二度と取り戻せない。寿命を削っていた様なものだ」

「くぅっ! 何なのだ貴様は!! 神と同等の力を手にし、何故こんな小さな人間を弄ぶ!!」

「そいつが願った事だぞ? 願いを叶えてやったまでだ。神らしくな。しかしまぁ、私の期待にはイマイチ応えられなかった。罰は受けてもらう」


 リンドヴルムの指がこちらに向けられ、一切の躊躇もなく特大のエネルギーが放たれる。魔法なんかじゃない。純粋なマナの塊、殺傷力を高める必要も無いほどの純粋な質量攻撃。

 音もかき消す真っ白な視界で、ジャスパが最大出力の防御魔法を展開するも、まるで砂の城のように崩壊し、飲み込まれていく。





 これは…………終わった。

















 いつまでも、その瞬間は訪れることなく。




「…………誰だ貴様は」


 リンドヴルムの困惑した声。

 何が起こった? 何で死なないんだ?


「誰でもいいでしょ……それより」


 聞き慣れた声。

 そんなハズない。何かの間違いだ。


「イ、イク♡♡かと思ったじゃない!!」

「なら間違いじゃないね!!」


 僕達の前で全てを受けきったのは、ここに来るはずのないこの国最強の戦士であった。





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