21話 開戦の狼煙

 土煙が口に入り、ジャリジャリした感触が気持ち悪くて血と一緒に唾を吐いた。生傷だらけの身体は動くことへの抵抗を強め、何とか立っていることがやっとだ。


「随分粘るじゃない」


 優位を確信したジュリちゃんは浮遊魔法をといて少し近づいてきた。それでも僕と彼女の間には鉄壁のミロちゃんが立ち塞がり、決して射程圏内には入らない。憎らしいほど冷静だ。

 後始末のことなど後で考えると言わんばかりに荒れ果てた周囲に反し、向こうのメンバーは全員がほぼ無傷。時間と共に状況は悪化するばかりだ。


「諦めなさい。どの道そんな傷じゃ村へ辿り着けもしないでしょ。みんなで生き残って、また新しい故郷をみんなで決めればいいじゃない。命と引き換えにするほどのことなの!?」

「…………そう、だね」

「村の全員が逃げられたんでしょ? つまり、みんなは村より命を選んだってことよ。貴方一人が全員分背負う必要はこれっぽっちもないの」

「少し違うかな」

「……な、何よ」

「ジュリちゃん、僕はきっと変なんだ。村のみんなの為にやろうとしてるのは本当だけど、何より僕が我慢できない。ただの我儘なんだよね。みんなの悲しい顔は見たくない。僕が悲しくなるから。みたいな」

「そこで思考を止めているなら子供と一緒よ! 悲しまない為に色んな方法があるってことを言ってるの!」

「ははっ、全くその通りだよ。でも、これでも色々考えたんだよ? でも、いつも同じ答えになっちゃうんだ」


 僕はマジックバッグから白い煙に包まれたクリスタルを取り出した。


「『結局、僕は我儘だから冒険者になったんだな』ってさ」

「ミロ! 止めなさい!」


 凄まじい反応速度で飛び出したミロちゃん目掛け、手に持つクリスタルを投げる。彼女は受け流すように軽く触れたが、それだけでクリスタルは粉々に砕けた。

 マドリア鉱で作られたクリスタルは触れるだけで形を保てなくなる。そして、中に押し込められた大量の煙は瞬く間に全員を飲み込んだ。


「全員目を閉じて息を止めなさい! セルシャ! 風の魔法でこの煙…………を…………?」


 バタバタと人が倒れる音。煙は留まることなく簡単に流れ、たった数秒の間にジュリちゃん以外は地に伏せていた。


「なに…………これ……」

「流石ジュリちゃん。すぐに堕ちないね」

「毒なの……?」

「そこまで苦しくなかろう?」


 彼女の問に答えたのはいつの間にかその場にいて、生意気な少女の姿をしていた。


「ユウリ、苦戦しとるの?」

「助かったよ、


 ギルド嬢の制服を着た堕とされた女神クーリャ。急いで来てくれたのか、汗ばんだ顔に手でパタパタと風を送っていた。

 杖にもたれ掛かるようになんとか意識を保っているジュリちゃんはチラリとクーリャを見る。


「あんた……ユウリと同郷の、くそ……さっきの真上に飛ばした炎が、助けを呼ぶ合図だったって……ことね……」

「新進気鋭の社畜戦士クーリャちゃんじゃ。覚えておいてくれ」

「この煙は……アンタの……」

「煙はただの目隠しじゃな。我が使ったのは眠りの魔法。それにしてもよく耐えとるもんじゃ。魔力が人外の域に到達しとる証拠じゃな」


 ジュリちゃんの手が震え、カクンカクンと意識が飛び飛びになってきた。もう少しだ。


「誇るがいい。人の身で神の魔法に耐えられる者はそうはおらん」

「か……み……」

「我は元女神じゃ。……今は邪神じゃがの」

「…………ふぁ」


 強烈な眠気に耐えきれず、ジュリちゃんは他の人達と同じく深い眠りに落ちた。

 これで、障害はなくなったのだ。


「つっかれた〜……本当にありがとうクーリャ。ちょっと終わったかと思ったよ」

「だから始めから我を呼んでおけと言うたのじゃ。眠りのクリスタルは相手に触れねば効果は出ん。このパーティー相手に一人で勝てるわけなかろう」

「僕の手でお別れをしたかったんだけどね……痛たたっ」

「コレっ! 動くなユウリ!」


 力尽きて座り込んだ僕を引きずって、クーリャはジャスパの待つ森の中へと入っていった。

 彼女が最後の協力者。村に御神体を定着させているクーリャは、土地神とも言える。土地を、石碑を破壊されれば存在が消えるに等しい彼女は、僕の味方をする道を選んだのだ。







「おっそ!! いつまで待たせんだよ!!」

「ちょっと手こずっちゃってね」

「ってボロボロじゃん! これから最強の龍と戦うってのに全く……早くこっち来い」


 森の中に不自然に開いた区画。真ん中に大きな木が一本だけ生えたその場所は、何故かモンスターがあまり寄り付かないセーフポイントとなっていた。冒険者の間では休憩所として使われるそこへ先に辿り着いていたジャスパは、手早く僕の傷を治し始めた。


「……本当にアイツら全員止めちまうなんてな。お前も十分バケモンだな」

「僕一人の力じゃないよ。ジャスパやクーリャの力も借りたし、よく知る相手だったから何とかなっただけだよ」

「その自己評価の低さは正直キモイ。まぁ比べる対象が光龍でずっと生きてきたのなら仕方ないのかも知れねぇけどさ」

「別に光龍だけを物差しにしてるわけじゃないよ。純粋なフィジカルも別に平均以上なわけじゃないからアイテムに頼り切ってるんだし」

「そのアイテムを産む力がブラック相当じゃん? 正直ブラックプレートにはなれるだろ?」

「考えたこともないや」

「生き残ったら正しく自分を評価してみることだな。さて、これで全快か」


 ジャスパの回復魔法はセルシャさんを大きく上回る性能で、ヒーラーの中でも最上位【聖者】にも匹敵する。装備の魔力上昇率があってのものだが。相変わらずとんでもない実力だ。この回復力を上回るのは世界で二人だけ、伝説の最上位冒険者【ミスティック】の賢者ルナ・フォードレンと、もはや現世にいることがチートである女神クーリャだ。クーリャの回復魔法は人の理を無視するかのようにちぎれた手足が簡単に生えてくる。死んでなければ何でも治るのだ。今回は光龍戦を考えてクーリャは魔力を温存しているが、子供の頃は怪我をする度に治してもらっていた。


「この距離でも気配を感じるぞ。夜明けには村に到着しているのではないか?」

「予想通りだね。早く出発しなきゃ」


 装備の分配を手早く済ませ、森の中を駆けていく。感覚の鋭いモンスターは既に光龍の気配に怯えてどこかへ隠れてしまっていて、これほど静かな森は初めて見た。

 移動しながらも軽く携帯食を腹に入れ、何でもない雑談をした。こんな時だからこそ、逆に緊張感が薄れているのかも知れない。


「さて、ここら辺でいいかな」


 数時間の移動で、僕達はエルドラ村を一望出来る場所に到着した。まだまだ日は登らず、思ったよりずっと早く着いてしまったみたいだ。


「我が王都に渡りまだ数十日程度だというのに、酷く懐かしい気持ちになるのう。仕事をしていると時間が永遠のように感じてしまうせいか。悪い風習じゃぞあれは」

「わかるぜ。仕事ってクソだよな」

「君達……社会不適合過ぎるよ」


 僕が実家から果物をもぎ取ってくる間に、クーリャとジャスパは遠い目で月明かりに照らされた村を見つめていた。労働がなかったら自給自足でもっと大変なのに、この二人は本当に心配になるよ。

 取ってきた果物をみんなで食べる。甘く、みずみずしい自慢の果実は相変わらず最高に美味しかった。


「ユウリはさ、家業を継ごうとは思わなかったのか?」

「ん? なに急に」

「いや、お前農民顔じゃん? そっちの方が似合ってるよ」

「なんだよ農民顔って……でもそうだね、まぁ考えたことはあるよ。父さんの手伝いも楽しかったし、ウチが果樹園で生計立ててるのには誇りを持ってるからね」

「やっぱりアレのせいか?」

「うん、この村の人はみんな学ぶことになる。光龍がもたらすこの地の寿命。何だろうね、僕はそれが我慢できないみたい。少しでも強くなりたくて、行き着いたのが冒険者だっただけだよ」

「ふーん」

「ジャスパも野菜や果物育ててみなよ。街での経営は大変でしょ?」

「やだよ。稼いだ金で贅沢したいんだよアタシは。ここには高級料理店もマッサージ屋もねぇじゃん」

「この村とは言ってないよ。……守れるかはわかんないしね」

「守ってもらわねば困るがな」


 僕やジャスパの倍の量必死に食い溜めていたクーリャは、口の端を指で拭いながら入ってきた。


「本当にあの石碑移動出来ないの? 僕の家に運んでたじゃん」

「村の中ならどこでもいいが、それ以上は無理じゃ。あぁ、可哀想な我……こんなに頑張って働いておるのに運のない」

「結界は? あれで何とかなるとか」

「魔物避けの結界か? 言っておくが光龍はもはや魔物ではない。神に近しい進化をしておるのだぞ。邪神堕ちした我程度の結界なぞ何の意味もありはせん」

「クーリャとどっちが神に近いの?」

「……あっち」

「立つ瀬が無いね」

「ちゃんと邪神として顕現しておれば我の方が強いわ! 我がこうもだらしなく弱々しいのは人としての依代しか貰えんかったからじゃ!」

「だらしないから邪神になったんじゃ……」

「うるさい! そなたらが甘やかすからぁ!」


 その時、全員が同じ方向に顔を向けた。変わらず静かな空。しかし、明らかに空気が変わったのだ。


「ユウリ、わかるか?」

「うん、もう相手の射程圏内みたいだね」

「嘘だろ……まだ姿も見えてねぇじゃん」


 信じられない事だ。伝説の生き物とはいえ、ここまで人知を越えるとは。そろそろ動き出さないとマズイ。


「よし、ジャスパはありったけのバフを僕に掛けて。クーリャはどうする?」

「我は戦闘になれば魔法効果が一度全部剥がれる。自前でやるわ」

「わかった。じゃあ僕だけ頼むよジャスパ」

「はいはい」


 ジャスパの杖が淡く光り、次々に魔法が掛けられていく。


「………………【浮遊フラビテーション】【膂力向上マイトフォース】【感覚強化ヒットセンス】。こんなもんかな」

「ありがとう。……ジャスパ、これあげる」

「なんだこれマジックバッグじゃん」

「僕のバッグと繋がってるから、中にある物を売ればそこそこお金になるよ」

「いいのか? テメェのアイテムが使い放題ならどんな犯罪でもやっちまえるぜ?」

「そんな事しないよキミは。それは僕が一番知ってる。今まで本当にありがとうね、好きに生きてくれ」

「…………いらね」


 僕から受け取ったバッグを投げ返し、ジャスパは自身にもバフを掛け始めた。


「ジャ、ジャスパ! まさか一緒に戦うつもりなの? 逃げていいって言ったでしょ!」

「それを決めんのはアタシだ。何から何まで言うこと聞くと思ってるテメェが気に入らねぇからよ、最後に歯向かうことにした」

「えぇ〜、ほんとにキミは……」

「あんだよ! 戦力増えんだから嬉しいだろ!」

「そうだね。じゃあ最後まで頼ろうかな」


 目も合わさず「ふん!」と身体ごと背ける。照れているのだろう。彼女は別に悪事を好むわけじゃない。生きるために出来ることが悪事しかないと思って生きてきただけだ。僕が捕まえて、まともな生活をさせてみたら戸惑いながらもすぐに順応したのが良い証拠だった。見事なほど、環境が生んだ悪童だったに過ぎない。

 天邪鬼なのは性格だろうけど。


「ユウリ、すぐ見えるようになるぞ。まずはヤツの足を止めるデカイ一発を撃たねばならん」

「位置の捕捉はクーリャに任せる。攻撃は僕が入れるから、ジャスパは援護に回ってくれ!」

「わーってるよ!」


 僕は疾風のマントを裏返しに装備する。このマントはリバーシブル。表は走る速度を上げる効果があり、魔術紋様が浮き出る裏は『衝撃緩和』に特化した防御系だ。生半可な衝撃なら全て周囲に逃がせる。

 頭の中で念じ、マジックバッグから直接複数のアイテムを装備する。地面に張り付いたようにその場を動けなくなる【地縫いの靴】。一撃だけ攻撃の威力を5倍にする【金剛の指輪】を二つ。最も高い攻撃力を誇る【弧状衝撃槌】。そして、浮遊する特殊な六角の筒である【ショックホルダー】を前方に浮かべる。


「ユウリ! 我が動線を作る! タイミングをしくじるなよ!」

「助かる!」


 光の魔力が真っ直ぐに夜の空に伸びる。ショックホルダーを調整し、上半身を捻って巨大な槌を構えた。集中力を上げ、渾身の力を込める。筋肉が張り裂けそうなほどギチギチと引き絞られ、発射準備は完成した。


「今だ!!」

「うぉおおおおおおおおおッッ!!!!」


 全力を越える力で思い切り振り切る。甲高い音と共に振られた槌を、今度は逆に引き戻す。鞭の要領で空気を叩いた弧状衝撃槌は、ショックホルダー手前の空間をねじ曲げる。

 波状に歪んだ衝撃の塊はショックホルダーに飲み込まれ、一本の光線のように夜空へ打ち上げられた。凄まじい発射の衝撃が僕に襲いかかる。


「ぐぁああああっ!!」


 全身から血が噴き出し、バラバラになったような痛みが広がる。間髪入れずに治癒魔法を唱えたジャスパのお陰で、何とか意識を保てた。

 ショックホルダー×弧状衝撃槌。波状に広がる衝撃を一点に集中することでその威力は増し、段階的に集まった衝撃は遠く離れるほど何度も加速する。これが僕が生み出せる最大火力だ。


「当たるぞ!!」


 莫大な衝撃が天を突き進むその先、とんでもない速度でその身を現した超巨大な龍と衝突した。大地を揺るがすほどの爆裂が周囲に伝播し、この一発で死んだんじゃないかと思うほど規格外の光景だった。


『グゴゴゴ………誰ダ……』

「何だこれ……頭に直接響く声、光龍なのか?」

「いいぞユウリ、間違いなく効いとる!」


 全身が見えない。それほど大きな体躯の龍は進行を止め、真っ直ぐにこちらを見ている。


『……人ノ子カ。コノワタシノ角ヲ折ルトハ』

「やっぱり、目が開いてるね」

「起きてるって噂は本当だったんだな。ま、今ので起きたかも知れねぇがな」

「どっちでもいいよ。行くぞ!」


 僕達はジャスパの魔法で空を飛び、光龍の前に立ち塞がった。

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