第38話 "The hope that leads to nothing"

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 夢は叶うよ。

 君が本当にその夢に見合った対価を払っているならね。


103

 タニアとフリージアはひたすらに森を駆ける。

 森がざわついていることも、遠くで戦闘の音が聞こえていることも、二人はお構いなしで駆ける。


 フリージアは、チラッと隣を見る。

 タニアは、真っ直ぐと正面を見て緊張状態のまま走り続けている。


 フリージアに対しての警戒はないように見える。

 


「ねえ、タニア? あなたは聞かないの? 私の中に本当にチェルミーがいるのかとか……そもそもどうして……とか」



 タニアは足を止めることはしないまま、フリージアに顔を向けて答える。

 彼女の表情は、何を聞かれているのか、その真意を掴めていないかのようなものだった。



「あー、えっと……フリージアさんが言いたいことは分かりません……でもチェルミーが私たちの側からいなくなったわけじゃないんですよね? あの子がまだ私たちのことを仲間だと思ってくれているのであれば、私は信じますよ」

「……あなたたちは本当に、どこまでもあの子の仲間なのね」



 二人の視界に、エルフの生活区域が映る。

 普段では考えられない数のエルフたちが戦闘態勢で何かを待っていた。


 森の木々が騒いでいるのがわかる。

 それはタニアには分かりようがないことだけれど、フリージアにはわかってしまう。


 その騒がしさの根源にいるのは、この森に棲む妖精たちであるということを。


 エルフ族と妖精には深い関わりがあり、はるか昔のことではあるけれど、エルフ族は妖精族と称されていた。

 彼らはこの世界で妖精とえにしを結ぶことができるである。


 その関係は現代まで続いており、この森にも至る所に妖精たちは棲んでいた。

 もちろん、フリージアには妖精の姿が見えており、その妖精たちが殺気立っていることにも気が付いている。


 タニアとフリージアは一度足を止める。



「ここからは少し迂回しましょ……今この森を襲っている連中は人間種、つまり……」

「私も狙われかねないってことですよね? 大丈夫です、レヴィが私の後ろで戦っているんです……私が怖気付く理由は何一つないです」

「そう……ね。この区域を抜ければ、あなたたちが宴会に招かれた広場に出るわ。そこから東に行けば森の入り口まで最短距離で行ける」



 声を潜めながら、二人はこれからの動きを確認していく。

 そして、フリージアが立ちあがろうとした時、タニアの声が彼女の動きを止めた。



「フリージアさん……一つ聞かせてください。?」



 その問いは、フリージアの思考を飲み込むのには十分すぎた。

 

 この森に向かう途中で、、身体の主導権を得た彼女は、一体何を目的としているのか。


 ルルーシュと話している時も、そしてノルスケイルと対峙した時も、彼女は自身の本当の目的を話していない。

 本人は巧みに隠しているつもりだったのだろうけれど、隠されたものというのは存外目立ってしまうものである。


 タニアにとって、この森での戦闘に参加する理由は至極単純である。

 

 仲間のため。

 ただ、それだけのために彼女は命を懸ける。


 は、エルフ種には理解できない感情なのだ。

 種族のために戦うのであれば、理解できる。

 何千年も昔から、彼らは、彼女らはそうしてきた。


 しかし、こと個人を指して、戦うということを理解することができない。


 歴史上、ただ一人彼女を除いて。



「私が戦う理由……そうね、最初はこの森をよそ者に荒らされたくないとかそんな理由だったと思うわ。でも、違ったみたい……あなたたちを見て、ルルーシュと話して知ったわ。私はこの森で今も眠り続けている大切な人のために戦いたいんでしょうね」



 どこか物憂げで、儚い笑顔だった。

 タニアには、その顔がとても美しく見えた。



「詳しいことはわかりませんけど、私はフリージアさんが敵だとは思ってないです。レヴィも言ってましたけど、ようやく私にも感じ取れるようになってきました……あなたの中にチェルミーを感じます。あの子の優しくて芯のある強い魔力が、あなたから感じ取れるんです。だから、協力します。だから、カエルムを助けるのを手伝ってくださいね」



 いたずらっぽくタニアは笑った。

 このような状況でなければ、年相応に可愛げのある笑顔だった。


 その強さを、彼女は既に持ち合わせてしまっていた。

 こういう時に、正しく振る舞えてしまう。


 それがタニアである。



「ありがとう、タニア。心から感謝するわ……カエルムのことも任せてちょうだい。この騒ぎの中で儀式はできないでしょうから、まだ時間はある。まずは人間の軍隊をどうにかしなきゃね」

「はい、私も戦います」

「……ふふ、期待してるわ」



 二人は、再び移動し始める。

 森を迂回して、広場を抜け、戦場となる場所へ。


 二人の顔に迷いはない。

 戦うことで、何かを乗り越えられると信じている者の顔だった。


 

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 森の至る所で叫び声にも近い怒号が飛び交い始めた頃。

 ルルーシュは、一人静かな森の中を歩いていた。


 魔力は極限まで抑え込み、存在そのものを薄く、周囲に溶かしていくように。



「はぁ……さっさと終わらせたいんだけど……流石にそうはいかないよね。傭兵団の子たちはちゃんと位置に着いたみたいだし、うちもそろそろ動き始めますかね……」



 ルルーシュは何もない空間を優しく撫でた。

 直後、その場所に虚空とも言える穴が顕現する。


 ルルーシュは、しばらくその虚空を見つめた後。小さく呟いた。

 



「ここ、開けとくから。そろそろこっちに来といてね。じゃないと多分間に合わないかも……一応うちもこれから動くけど、うちはあの子を最優先にできそうにないから……そっちはそっちの目的で動いて。あ、あと神獣の核はやっぱりこの森にあったよ。どうもに隠してたっぽいね、この森全体がそれを隠す結界だったってわけ……こんな面倒な仕事代わってあげたんだから、面倒なところくらい手伝ってよね、ミーシャ。じゃ、また後で」



 ルルーシュは、周囲に隠蔽の結界を入念に張り、その場を離れていく。

 彼女が来ることを疑うことはないのだろう。


 ルルーシュは、次なる目的地へ向けて歩き始める。

 

 その目的地は、『鳥籠』と称された監獄である。



「んー、これレヴィと……誰だろ? ここからじゃちょっとわかりずらいなぁ。戦ってるみたいだけど、足止め……てわけじゃなさそう? あー面倒……」



 ルルーシュが展開した超広範囲の索敵魔法は、簡単にレヴィたちの居場所を感知した。

 彼女が姿を消すのとほぼ同時、レヴィたちの目の前には馬鹿げた威力の炎の魔法が打ち込まれ、平然とした表情でルルーシュが現れていた。



「ルルーシュさん? なんでここに?」



 終わりのない戦いに疲弊していたこともあって、レヴィは思わず安心する。



「やー、おつかれさま。迎えに来たよ」



 軽く手を振るルルーシュ。

 思わず呆れた笑みが溢れるレヴィと、唖然として反応できないでいるギルフテッド。


 三者三様の反応ではあったけれど、きっとどれも間違ってはいないのだろう。

 何はともあれ、この場にルルーシュが加勢しに来たことで、戦況は大きく変わる。



「これ……どんだけいるの? 面倒だから一気に消すね……【黒百合】」



 ルルーシュが魔法を展開するのと同時、その場に身を屈めてしまいたくなるほどの殺気が降ってくる。

 文字通り、レヴィとギルフテッドを押し潰してしまいそうな殺気が。


 そして、一瞬にしてレヴィたちの視界を埋めていた木人形は、一つ残らず黒き炎に飲み込まれ、その形が消し炭となって消滅するまで燃え続けていた。



「はぁ……レヴィ? そっちの子は?」

「え? あ、ギルフテッドっていうんだけどいろいろあって一緒に行動してんだよ。それよりさ、今この森で何が起きてんの?」

「あ、そっか。そこからか……」



 ルルーシュは、ここまでのことを説明する労力とレヴィの対応力を天秤にかけ、迷うことなく後者を利用することを選んだ。



「ま、すぐにわかるよ。とりあえず向かって欲しいとこあるんだけど、いい?」

「ん? いいよ、どこに行けばいい?」

「……タニアたちは森の入り口で人間たちと戦ってるみたいだし、レヴィは今のうちにカエルムを探して」

「え、でも探せって言っても……どこを?」



 ルルーシュはゆっくりと地面を指差した。

 レヴィには、その意図が掴めずにいたのだろうけれど、ギルフテッドは違った。

 彼女にはルルーシュがどこを指しているのか、わかってしまった。



「レヴィたちが捕まってた場所も地下だったんでしょ? 多分、この森にはまだ隠された何かがたくさんあるみたいだし……ね?」



 ルルーシュの冷たい視線がギルフテッドに向けられる。


 ギルフテッドもエルフ族の戦闘部隊において上位に位置する強者であるはずだった。

 ノルスケイルが、彼女を消耗品のように揶揄していたとしても、戦力として数えられていたことに変わりはない。

 その彼女をもってして、ルルーシュの放つ圧には一切の抵抗する余地はなかった。


 呼吸をすることさえ忘れ、その瞳に飲み込まれそうになる。

 ギルフテッドの肩が強く揺らされて初めて、彼女は自分が息をしていないことに気がついた。



「大丈夫か? ルルーシュさん……ギルフテッドは敵じゃねえよ」

「あーごめんね、ちょっと確認したかっただけだから。でも、その子は知ってるはずだよ、カエルムがどこに連れて行かれたのか」



 レヴィは、ギルフテッドの背中をさすりながらルルーシュの言葉に耳を傾ける。

 そして、それは聞き逃すことはできないものでもあった。


 タニアが仲間のために戦うのと同様に、レヴィもまた仲間のために戦うことができる者である。

 この場合、どこかに捕まっているらしいカエルムのためであれば、レヴィはその命を燃やして戦うだろう。


 ましてや、自身を儀式に使われるというのは、レヴィにとっては他人事ではないのだ。

 彼女が一度死んだ理由もまた、そうなのだから。



「……この下にカエルムが?」

「入り口の目星はいくつかあるけど、その子に案内してもらうのが早いだろうね。うちはもう少しやること済ませてから行くよ。どうせ封印は解くんだし……その前に消しとかないといけない障害があってね……面倒だけど」

「消しとくって……敵ってこと?」

「んーいずれはそうなるだろうね。ま、うちにもまだどう転ぶかわかんないからさ……その辺りの確認済ませたらタニア連れて合流するから。任せてもいいよね?」



 レヴィとルルーシュの付き合いは浅い。

 しかし、ルルーシュにとってレヴィは扱いやすいのだろう。


 過ごした時間など関係なく、レヴィがどういう言葉を投げかければ動くのか、簡単にわかってしまう。

 言動や仕草から、その者の性格は判断できるものではあるけれど、ルルーシュのそれは常人よりはるかに高い精度で行われるため、レヴィ自身も煽られていることに気付けない。



「じゃ、とりあえずレヴィの無事も確認できたし……うちは行くね。レヴィ、ここはザフメルとは違うから。あの時はうちらが売った喧嘩だったけど、これは自分の身を守るための戦いだから……向かってくるやつに同情なんかしないで。死ぬよ」



 ルルーシュはヒラヒラと手を振りながら二人の前から姿を消した。

 残されたレヴィたちは、一瞬呆気に取られてしまうけれど、先ほどまで夥しい数の木人形に囲まれていたことを踏まえると、確かに次の行動に移るべきである。


 ギルフテッドは遠慮がちに、レヴィに目配せをして先に歩き始める。

 エルフの森には、裏が存在している。


 エルフの森の地下、そこには何層にも渡り小さな世界が創られている。

 空気は澄み、川は静かに流れ、動物たちも生息している。

 太陽や月も存在しており、時間の概念まで再現しているのだ。


 誰かエルフ一人の魔法でこれを創り出すことは不可能と言ってもいい。

 ミーシャやルルーシュでさえ、常時この規模の魔法を展開し続け、そこに生きている者を住まわせるというのはできないだろう。


 そんな空間がエルフの大森林の地下に存在しているのだ。


 二人がたどり着いたのは、何の変哲もない小さな泉だった。



「レヴィ……ここから先は本当に危険だから。私も数えられる程度しか入ったことはない」

「地下にもう一つ森があるってことだったっけ?」

「一つじゃない。地下森林は第四層まであるらしいから……各層に守護者が配置されてるはずだし、地上の戦闘部隊とは比べ物にならないくらい強いって……。そのカエルムって子、神獣様を宿した子は多分第二層の祭壇にいると思う。レクサイが自慢げに言ってたから、多分ノルスケイル隊長から直接言われたんだと思う」



 ギルフテッドが泉に魔力を通していく。

 泉の水が彼女の魔力に反応し、水面に眩い膜を張り始める。



「さっきのヒトが言った通り、地下森林への入り口はいくつかあるけど、その殆どが罠が張られてて危険だから……ここなら人間種でも通れる」



 彼女の言葉に隠された意味は、レヴィでもわかったようだ。

 この森において人間種が、エルフ族以外の人類がどういう扱いを受けているのかは、容易に想像がつく。


 

「ここはや捕虜を通す入り口ってことだな?」

「そう、ここはが連れて来られる通路。罠はないし見張りも殆どいない。でも、それだけ安全ってこと……もちろん侵入者にとってじゃない。エルフ族にとってっていう意味で」

「ま、だからって行かないって選択肢はないよ。仲間が捕まってるかもしれないんだ、迷う余地なんかねえ! ギルフテッドにとっていい思い出がない場所って言うなら、ここで待っててくれてもいいよ? 第二層ってことは、もう一個下に降りれば祭壇があるんだろ?」

「大丈夫、私も行く。一人で行って目的を達成できるほど、穏やかな場所じゃないことは、私がよく知ってる。私みたいにエルフに造り変えられてる子たちがきっとたくさんいる。全員を助けるなんてできるわけがないことはわかってるけど、可能性くらいは示してあげたい」

「へへっ、そっかそっか。じゃあお互い頑張るしかないな!」



 二人は頷き合い、泉の中に足を踏み入れる。

 二人は濡れることなく、その足は無機質な階段を踏みしめていた。



「このまま階段を降りたら、第一層。絶対に気は抜かないで」

「おう、了解!」



 長い階段を、二人はひたすらに降っていく。


 空気が変わったのを肌で感じる。

 

 地下森林と称されている割に、漂う空気は澱んでいて重たい。


 コツコツ、と足音だけが響いている。


 しばらくして、二人の視界に光が差し込んでくる。

 階段を降りた先、二人は地上となんら変わらない森の中にいた。



「これが、地下? どうなってんだ?」

「長く生きた真なるエルフのみが扱える神樹魔法らしいけど、詳しいことは私にもわからない」

「今の所、敵はいなさそうだけど……いや、いるな。そこらじゅうにいる」

「……」



 二人を出迎えたのは、木人形ではなくエルフの真似をした人間たちだった。

 真似をした、その表現がこの場合正しいかどうかはさておき、レヴィたちを囲んでいるのは、人間種でありながら、どこかエルフ族の面影を無理矢理ねじ込まれたかのような、中途半端な存在たちだった。


 ギルフテッドが言っていた者たちだと、レヴィも推察する。

 

 同情の余地はあった。

 彼らがここに連れられた背景を、レヴィやギルフテッドが把握していなかったとしても、彼らに対して純粋な敵意だけで向き合っているわけではなかった。

 助けられるのであれば、助けるべきである。


 正しい行いを迷わずに実行するというのは、実を言うとかなり難しいのだ。


 レヴィは逡巡する。

 今、彼女たちが最優先するべきはカエルムの救出であり、それ以外を手当たり次第に助けていく余裕などない。


 しかし、ギルフテッドのことを思うと、目の前の者たちを無視して進むことはできない。



「ギルフテッド、このヒトたちって……」

「そうだね、私の後輩たち。まだエルフの力が定着してないから前線には出れないけれど、もう少ししたら私のように使われるだろうね」

「……どうしたい?」

「大丈夫……今はまだその時じゃないことくらいわかる。今はレヴィの仲間を優先しよう。この階層の守護者は確か里長が飼ってる魔物だったはず。これがどういう意味かわかる?」

「え?」

「ここにいる者が束になっても敵わない魔物がいるってこと。レヴィも気付いてると思うけど、今私たちが通ってきた階段はもう使えない」

「……いや、全然初耳なんだけど」

「……えっと、あの泉を使った通路は。でも、逆走はできない。そういう魔法がかけられてる」

「なるほどね……じゃあ前に進むしかないわけだ。いいよ、最初から途中で帰るつもりなんてねえし」



 レヴィは、身体を伸ばし、一つ深く呼吸をする。

 集中して、周囲の状況に目を向ける。


 二人を囲む彼らは武器を構えてはいるものの、敵意はないように見える。

 

 そうすることが当然だから、そうすることが自然だから。

 思考を捨て、決められた通りに動いているだけ。



「ギルフテッド、その守護者ってのを倒せば下に行けんの?」

「おそらく。下の階に繋がる道は一つだけ……守護者はそこを守るためにいるはずだから」

「じゃあ、決まりだな。出し惜しみはなし! 最初から全力で」



 レヴィは宣言通り、全力で魔力を解放する。

 爆炎を纏い、みなぎる力を感じ、レヴィは心を落ち着かせる。

 

 

「ごめんな、すぐ戻ってきてみんなまとめてここから出してあげるからさ。少しだけ待ってて」



 その言葉だけを残し、レヴィは凄まじい速度で森を駆けて行った。

 残された者たちは、レヴィの言葉を聞いて何を思ったのか、果たして聞こえていたのかはわからない。

 それでも、彼らがレヴィたちの行手を遮ることはなさそうである。



「レヴィ……ありがとう。私も応えるから、この命を使い果たすことになっても」



 レヴィが炎と共に駆けて行った後を、ギルフテッドも追いかける。

 彼女の目は、ただの人形でも消耗品でもない。

 確かに、自分の意志で何かを掴み取ろうとする者の強い瞳だった。




 そして、運命というものは往々にして、そういう儚い意志を好物としている。

 

 叶えば素敵な願い。

 掴み取ることで輝く未来。


 そういう眩い想いを、運命は糧に成長していくのだ。



 《エルフの森・裏・第二層》にて。

 祭壇を前にして、ダンは全ての計画が順調に進んでいることに満足気に微笑んでいる。



「ほっほっほ。がこの森に入ってきたようじゃ。情けをかけたのか知らんが、ノルスもまだまだ甘いのう。未だにポプラを追いかける哀れなノルス……か。ほほほ、実にくだらんな」



 ダンは祭壇に横たえるカエルムを愛おしそうに見つめ、魔法を展開する。



「このようなみすぼらしい肉袋に神獣様を閉じ込めるとは……獣の考えることはわからんわい。まあ多少の素質は認めるがのう、としては十分じゃろうて。今度こそ、儂の言うことをしかと聞かせんとのう……ポプラ。【神樹魔法・禍転釈命かてんしゃくめい】」



 ダンの魔力がカエルムの身体を覆い尽くし、その体内にまで侵食していく。

 ダンが使った魔法は、術者と対象の者の魔力を強制的に繋ぎ、体内に無数の種を植え付けることで、その者を魔法である。


 それは、身体や意識だけではなく、魂そのものも対象となる。


 つまり、体内に宿る神獣を叩き起こし、その身体から剥がし、別の魂へ植え付けることも可能なのだ。


 カエルムの身体が強く痙攣し始める。

 白目を剥き、涎を垂らし、意識の失ったまま苦しみ続けるカエルムだけれど、ダンは一切関心がないのか、魔法の展開に集中している。



「我らエルフに必要なのは誇りでも歴史でもない。他を圧倒できる無慈悲な兵器こそ、今の我らが求めるものじゃ……お前も嬉しいじゃろう? どこぞのと勝手に子を成して、つまらん死に方を選んだんじゃ。父として、この森を支配する里長として、もう一度お前に舞台を用意してやろう。存分に暴れ、存分に食い散らかし、全てを殺せ」



 ダンは自身の身体から、一株の小さな木を乱暴に引きちぎる。

 黄色の小さな蕾を幾つも付け、懸命に生きようとするその木は、ダンとカエルムの魔力を無理矢理吸わされていく。


 ダンは、その様子を確認すると、痙攣し苦しみ続けるカエルムの心臓目掛けて、その木を突き刺した。


 吐血と怒号を撒き散らし、カエルムはさらに苦しんでいく。



「さあ、目覚めの時だ。人類史上唯一の存在! 宿愛しい我が娘よ! 父の声に応えよ」



 禍々しい魔力が周囲ごと飲み込むように爆ぜた。

 

 ダンは高笑いし、儀式の成功を確信している。

 事実、儀式は成功している。

 残酷に、無慈悲に、そしてどうしようもないくらいに。



 カエルムがいた祭壇は粉々に砕け、代わりに一人のエルフの女が立っていた。

 フリージアと瓜二つの彼女は、虚な目で周囲の確認していく。



「ポプラ、儂が憎いか? ほっほっほ……じゃがのう、この魔法に縛られておる以上、お前に決定権はない。意識を復元してやったのは、せめてもの情けじゃ。自分の手で数多もの命を屠る快感を味合わせてやろう」



 ポプラと呼ばれた彼女の魔力がわずかに揺らぐ。



「ほう……もう順応し始めるか。流石はポプラじゃ、僥倖僥倖。神獣様の力、存分にふるえ。力を試す相手はもうすぐ来るようじゃぞ?」



 ポプラの口が、誰かの名を呼んだ。

 ダンには聞き取れなかったが、ポプラは今確かに彼女の名を呼んだのだ。



 早く目覚めなさいチェルミー、と。

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