第39話 "A friend's lament, a fairy's tear"
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死力を尽くしました。
気力も使い果たしました。
でも、何も得られませんでした。
私の挑戦は無駄だったのでしょうか?
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タニアは自身の身体のキレが鈍っていくのを自覚していた。
これまで、彼女が戦ってきたのは魔物や地竜、そして意識を刈り取られんとする獣人たち。
彼女なりに戦う理由ははっきりと持っていたおかげで、その槍を、魔法を振るうことに心を痛めることはあれど、迷うことはなかった。
しかし、今目の前にいる者たちは、タニアの敵ではないのだ。
ただ、偶然そこに居合わせてしまったから戦っている。
そこに、彼女の正義は果たしてあるのだろうか。
「タニア、大丈夫? 息が上がってるように見えるけど?」
フリージアの指摘も仕方がないだろう。
タニアの魔法は精彩を欠いていたし、振るう槍にも迷いがある。
それでも、彼女は何かと戦い続けている。
「大丈夫……です。どうしてこの地が人間の軍に攻められているのかはわかりませんが、これを乗り越えなければ仲間のみんなと合流できませんから……私は戦わなくてはいけないんです……」
彼女の意思は最大限尊重した上で、残酷な事実を言うのであれば、その考えは間違っている。
タニアの戦うべき敵は彼らではないし、彼女が守るべきものもこの森ではない。
それでも、彼女の選択は間違っていない。
そして、その道を示してくれる者は、すぐに現れる。
フリージアとタニアの背後、気配を殺し、まるで最初からそこにいたかのようにルルーシュは現れた。
「疲れる……何でこんなに働いてるんだろ。うちはこういう役割じゃないんだけど……」
ブツブツと文句を言いながらではあるけれど、ルルーシュにしては本当によく働いている。
普段の彼女がどれだけ怠けているのかは定かではないけれど、無駄を嫌い、効率を求める彼女がここまで動き回るということは、それだけ厄介な状況なのだろう。
「タニア、交代しよ。ここはうちがやるから……。タニアはレヴィのとこ行って。あの子たちは今この森の地下にいる」
「ちょっと待って、ルルーシュ。あなたに任せたはずの仕事は済ませたのかしら?」
ルルーシュの言葉に、フリージアが真っ先に反応した。
「あー、まだ途中だけど? 優先順位だよ、別に文句ないでしょ?」
「……まあ、今文句を言ってもしょうがないわね。それで、レヴィたちが地下にいるっていうのはどういうこと?」
それは、タニアも気になっていたことだ。
タニアたちは『鳥籠』を出て、地上で二手に分かれたはずなのだ。
それが、再び地下に潜ったというのは、どういうことなのか。
「はぁ……地下二層……祭壇。あんたはこれ知ってたんじゃないの? 別にどうでもいいけどさ。とにかく、タニアはこれからレヴィのとこに行ってくれる? そこにカエルムもいるから」
説明を細かくするつもりはないのだろう。
そして、そんな猶予もない。
ルルーシュは、タニアの前に人ひとり通れるほどの門を創り出す。
門と言っても、ルルーシュの魔力によって創られた穴でしかないのだけれど。
「ここを通ったら、レヴィたちのいる場所に繋がってるから。早く行ってあげな? こっちも準備が整ったらそっちに行くから」
そう言って、ルルーシュはフリージアの隣に並び、眼前の人間軍を睨む。
タニアに拒否権はない。
レヴィがこの先で戦っていて、タニアの助けが必要なのであれば、彼女が迷う理由は何一つない。
「じゃあ、行ってきます」
タニアはルルーシュとフリージアの方をチラリとだけ見て、門をくぐった。
同時に、その門は消滅し、その場にはルルーシュとフリージア、そしてエルフの戦闘部隊が残されることとなった。
「ルルーシュ、言いたいことは山ほどあるけれど、正直来てくれて助かったわ。人間の軍を舐めすぎてたわね。あいつら、エルフ対策をこれ以上ないくらいにしてきてるわ」
「そりゃそうでしょ……でも、普通の魔法なら通じるんでしょ?」
「ええ、劣勢なのは変わりないけどね。今の所、向こうの心臓は見えてないわ」
「本当に……」
「え?」
「……面倒くさい。うちもそろそろ憂さ晴らしさせてもらおうかな」
ルルーシュの禍々しい魔力が、その場を支配する。
隣にいたフリージアも、そしてエルフたちも、対峙する人間軍も。
皆が一斉に死を錯覚する。
「さ、好きに抵抗して。そうしないと死ぬよ?」
ルルーシュが展開した魔法は、【
闇属性と地属性を魔力を混ぜ合わせて、彼女が開発した固有魔法である。
まず、ルルーシュの魔力が波のように全方位に広がっていく。
そして、その魔力に触れた者、植物などの命を媒介に鬼へと堕とす。
その鬼に刈られた者は、同様に鬼へと変貌し、周囲に死を振り撒いていく。
地獄のような光景がフリージアの目の前に広がっていく。
ルルーシュの魔法の餌となった者の中には、当然エルフ族の者もいる。
ルルーシュは宣言通り、フリージアを含めた、その場にいる全員を攻撃したのだ。
悲鳴が森に響く。
敵も味方もない。
狂気に飲まれ、鬼と化し、列を成して死を振り撒く。
そんな魔法が、彼らを無慈悲に襲っているのだ。
「途轍もない魔法ね。エルフを巻き込んだのはどうして?」
フリージアは、ルルーシュの最も近くにいたのにも関わらず、ルルーシュの魔法に飲まれることはなく、自身の魔力を繭のように重ねることでその危機を回避していた。
それは、ルルーシュにとって驚くようなことではなく、そうなることを知った上での魔法の展開だったのだろう。
「いちいち全部を守るとか、うちにはできない。それにそんな義理もないからね。勝手に戦争するなら勝手にすればいい。うちは別に正義を持ってここにいるわけじゃないし」
「……」
全てを諦めたような、冷たい目だった。
フリージアも、思わず息を呑むほどに。
「それにさ、この後敵になるかもしれないんだし、容赦するつもりはないよ」
ルルーシュはさらに魔法を展開し始める。
魔法を複数同時に展開するというのは、本来かなりの高等技術である。
しかし、ルルーシュにとってその程度、児戯に等しい。
「あっちの装備は、そんなに大した物じゃなさそう……さて、どれだけ生き残るかな……【
続けてルルーシュが展開した魔法は、獣王国でダチュラが使っていた魔法をアレンジしたものであり、ミーシャに何度か見せてもらった魔法をその場で改良したものである。
影を通して、無数の
さらには、ルルーシュの魔力の干渉を受けた影は姿を変え、実体を得る。
影の持ち主と同質の夜叉を生み出している。
自分と同じ力量の夜叉と戦いながら、鬼をいなし、足元から無限に襲ってくる槍を躱し続けなければならない。
そんな芸当ができる者は、決して多くはない。
そして、そんな魔法を簡単に開発してしまうのがルルーシュなのだ。
魔法において、ミーシャ以上のセンスを持つ彼女だからこそできることである。
「わかってはいたけど、こうして実際に見ると、凄まじいわね」
ルルーシュが展開した二つの魔法により、人間軍の半数以上がその命を落としていた。
魔力に触れ鬼と化し、影を通して闇に飲まれ。
「まだ奥に結構いるね。ねえ、ちょっと聞きたいんだけどさ」
「何かしら?」
「あんたはさ、あの軍がこの森を攻め込む理由とか知ってんの?」
「……」
「知ってる顔だね、ちらほら感じる子どもの気配が関係してんでしょ?」
「……」
「へえ、エルフはエルフで腐ってんだね。地下の祭壇てのが何なのかは知らないけどさ、妖精の関わりが強いエルフが、どうして闇属性の魔法を使えるの?」
「……」
「はいはい、それも答えられないってわけね……じゃあ最後に一個。どうして地下からポプラの魔力が漏れてきてるの?」
「……っ!」
フリージアも薄々は気付いていた。
しかし、確証がなかったからこそ無視しようとしていた。
フリージアは目を閉じて、地面に触れ、彼女の魔力を探る。
「ね? 彼女はもう起きたってこと? それも闇魔法の禁忌を犯して? ほんとやってくれるよね……ダンのやつ」
フリージアからは横顔しか見えなかったけれど、ルルーシュの顔は喜びに似た狂気で歪んでしまっているかのようにも見えた。
しかし、フリージアがそのことに触れることはできなかった。
ルルーシュの魔法によって、エルフたちと人間の軍に物理的な距離ができたわけだけれど、その空白にもう一つの勢力が割り込んできたのだ。
「野郎ども! 今のうちだ! 一気に駆け込め!」
号令をかけたのはマルフレート。
【壊血の灯火】と名乗る傭兵団の団長である。
そして、その後に続く彼らは真っ直ぐエルフの森の入り口を抜け、中心部目掛けて駆け抜けていく。
その様子に、エルフはもちろんのこと、フリージアも驚きを隠せなかった。
何故なら、彼らが姿を現すまで、一切存在を感知できなかったからである。
木々を通して、この森で起きていることは把握しているはずだったのに。
「あ、あいつはダークエルフ? 総員! あいつらを森に入れるな!」
「弓を構えろ!」
「敵襲! 人間以外にもこの森に侵入してきた者どもがいる!」
エルフ族の者たちは、一斉に【壊血の灯火】を標的に定める。
しかし、その照準が彼らに合うことはなかった。
「……【
エルフ族の彼らが、武器を構え、魔法を展開するよりも早く、ルルーシュは魔法を展開し終えていた。
彼女の魔力が干渉できる範囲の、全ての者の認識を阻害する魔法。
今、エルフ族の者たちは自身が最も恐れる何かと対峙していることだろう。
この魔法を打ち破る方法は、至ってシンプルであり、ただ目の前のそれを倒せばいいのだ。
自身が最も恐れるそれを、だ。
「一体……どういうつもりかしら……あなたが手引きしてたってこと?」
フリージアはルルーシュの魔法にいち早く対応したおかげで、精神干渉を受けずに済んだのだろう。
その技量は流石と言えるかもしれないけれど、余裕のあるルルーシュに対して、既に存分に力を使っているフリージアとでは、力量の差は確かにあった。
「そ、あの子たちはうちがここまで連れてきた。言ったでしょ? うちはうちの目的で動くって……あ、言ってなかったっけ? ま、いいや。まあ、安心しなよ。あの子たちをここで行かせることは、あんたの目的にも繋がるから」
「私の目的……そう……でもまさかここでダークエルフが出てくるなんてね。しかも、先頭を走ってる二人、マルフレートとエルブレヒトだったかしら……。百五十年前の惨劇の生き残りがまたこの森にくるなんて……あなたが匿ってたの?」
「まさか……何度か面倒を見ただけで、別にそこまでするわけないじゃん。今あの子たちが戦うのは、あの子たちの意志。私はその道を少しだけ歩きやすくしただけ」
向き合う二人の周りだけ、世界が早送りのように流れる。
騒ぎ立てる者たちの声も、飛び交う魔法も、二人には関係がない。
ルルーシュはその冷めた目で、フリージアを睨み続ける。
そしてフリージアもまた、真っ直ぐとルルーシュに視線を向ける。
肌を刺すような圧を放つ二人だけれど、互いに敵意はない。
これはいわば、確認作業なのだ。
ここから先、どちらの筋書きで進めるのか。
「全く……参ったわ。私の負けね、いいわ。あの集団の狙いはわからないけど、一旦は見逃すわ。あの双子が憎んでいる相手くらいは目星がつくし。それで……ここからはどうすればいいのかしら?」
「ダンのところに行きたいんだけど……その前に残りの敵をさっさと片付けよっか」
エルフ族も人間の軍も、分け隔てなくルルーシュの魔法の餌食になっている。
それでも、その場に戦える者はまだ残っている。
つまり、ルルーシュたちの敵はまだいるのだ。
「まさかまた身内と戦うことになるとはね……エルフとしての誇りなんて私にはないけど、それでも思うところはあるわね」
「別に、やりたくないならやらなくてもいいよ。こっちで勝手にやるから」
「そうも言ってられないでしょ……私は私の目的があるんだから」
「そ……まずは残りの人間たちだね」
二人の足は揃って動き出す。
悲鳴と苦痛が満映する森の中を、しっかりと前を向いて進む。
彼女たち対峙するのは、スランド共和国軍。
《スランド共和国》は、《モダンジーク街》の東に位置した国であり、近年まで国ですらなかった。
ただの広大な土地でしかなかった場所に、《フマニス帝国》が無理矢理国を興したのだ。
人間至上主義のかの帝国が造った国が、普通であるはずがない。
彼らは、《獣王国ザフメル》にて竜の血を広め、有用な素体を帝国に流していた。
そんな彼らは今、エルフの森の里長と繋がっている。
闇属性の適性を持った人間種の子どもを里長のダンのために仕入れ、その商品を輸送する。
この侵攻も、予定調和の中で動いている。
ただ、いつもと違うことがいくつかあった。
一つ目は、侵略を装っての輸送であること。
二つ目は、思わぬゲストがいたということ。
三つ目は、里長のダンがこれを最後の取引にするつもりだったということ。
《スランド共和国》の軍の者たちは、まだ自分たちが何に巻き込まれているのかわかっていない。
既に半数以上が殺され、取引を担当するエルフの重鎮の姿も見えない。
さて、この状況で彼らが余程の馬鹿でなければ、そろそろ気が付くであろう。
自分たちは、罠に嵌められているのだと。
そして、そこに思い至れば次にすることは明白である。
裏切りには、報復である。
107
タニアが二人に追いついた時、彼女の目に映ったのは、この世のものとは思えないほどに悍ましい形をした魔物と激しく戦うレヴィとギルフテッドの姿だった。
「お、タニア! なんでここに? ま、いいや! 手伝ってくれよ! こいつ見た目通り厄介なんだよ」
動きを止めることなく、戦闘を継続しながらもレヴィはタニアに声をかけてくる。
タニアは小さく笑い、魔力を解放し戦闘に加わる。
流石に息の合った動きで、魔物を翻弄するけれど、決定打となる魔法を打ち込む隙がない。
「ねえ、レヴィ……この魔物……」
「ああ、最初はそういうもんだと思ってたんだけどさ。少し戦って違和感があった……こいつは何種類もの魔物を無理矢理一つの体に捩じ込んだみたいな感じになってる。ギルフテッド曰く、キメラっていうらしいんだけど……これは普通じゃねえ。明らかにヒトの手が加えられてる」
「気色悪い……」
キメラと呼ばれるそれは、複数の魔物の特徴ごと混ぜ合わせられている。
魔物の中には、魔法を使うものも当然いるわけで、そこも含めて一つになっていることを考えると、それだけで厄介な相手になることは間違いない。
「二人とも、少し聞いてほしい。レヴィもタニアもこのままじゃあいつを殺すことはできない」
レヴィとタニアの間にギルフテッドが割って入り、手短に状況を伝えていく。
この魔物を殺すには、どの属性でもいいから突出した火力が必要であること。
複数の顔や腕を持ち、魔法も自在に扱うキメラの隙を作り出すことは困難であること。
この地に自分たちがいる限り、キメラは戦い続けるということ。
そして、もう時間が残されていないということ。
「私の火力じゃダメか? というより、こいつなんでエルフの指示に従ってんだ?」
レヴィの最大火力であれば、おそらく倒すことは可能だろう。
しかし、魔力を溜める余裕はどこにもなかった。
そしてもう一つの問いの答えは、キメラがダンによって造られた生命体だからということである。
「だからって、レヴィは諦めたりしないんでしょ?」
「当たり前だろ! この先にカエルムが捕まってるんだ……止まってる場合じゃねえ」
「じゃあ、やるしかないじゃん。私が全力であれを止めたらなんとかなる……かも」
「信じるぞ?」
「任せて」
レヴィは少し下がり、代わりにタニアが前に出る。
ギルフテッドもタニアの横に立ち、時間を稼ぐために戦う。
「ギルフテッドさん、私がアレの足元で溜めを作るから、動きを止めることはできる?」
「数秒程度なら。でもキメラの抵抗力を下げることはできるかもしれない。あれに精神と呼べるものがあればだけど」
「なるほど……とりあえず試してみましょうか」
タニアがキメラに向かって突っ込んでいく。
右手に氷の魔力を込めたまま、一切の防御を捨てて駆ける。
「氷が効けばいいんだけどっ! 【氷穿】!」
氷で造った槍にそのまま魔力を乗せて、力の限りの一閃を繰り出す。
触れたもの全てを凍らせ、動きを封じていく。
しかし、それはキメラを止めるには至らない。
魔法に対する抵抗力が高いせいだろう。
凍った手足は一瞬だけ動きを止めるけれど、氷は砕け、すぐさまタニアに襲い掛かる。
タニアも足を止めず、すかさず次の魔法を展開する。
氷の槍での攻撃も試みるけれど、キメラの外殻が固すぎるせいで、思っているほどダメージが与えられていない。
「タニア、左に避けて。【神樹魔法・
キメラの足元から無数の蔓が生え、キメラを襲う。
複腕に防がれてはいるけれど、少なくとも足は止めることはできている。
「十分! 【氷花天蓋】」
ギルフテッドの造った蔓の檻ごと氷で覆う。
タニアも成長しているのだろう、魔法の展開と同時に、周囲の温度が一気に下がり、キメラから距離をとっていたはずのレヴィでさえ肌寒さを感じる。
「レヴィ!」
「おう、二人とも巻き込まれんなよ! 【陽断】」
その連携は、二人がミコトと戦った時にも見せたものだったけれど、あの時に比べて、魔法の練度は天と地ほどの差があった。
凄まじい爆炎とその炎ごと切り裂く斬撃がキメラを襲う。
「ふぅ……やっぱりレヴィのこの魔法はすごい威力ね」
「私の魔法もこれに破られたわけだしな」
キメラの苦しむような声が弱々しくなっていく。
しかし、レヴィだけはまだ気を抜いていなかった。
否、気を抜けるはずがなかった。
彼女だけが気づいていたからだ。
「二人とも! 今すぐそれから離れろ!」
再び、凄まじい音と斬撃がキメラの身体を切り裂く。
タニアもギルフテッドも、レヴィの声に一瞬で応じ、キメラから距離をとったものの、何が起きているのか把握しきれていない。
「何? どういうこと?」
「今の攻撃は……」
困惑する二人に反して、レヴィだけがこの状況で笑った。
無理をして、虚勢と自覚したまま平気なふりをして。
「やべえのが来た……下からな」
レヴィの言葉に、二人は瞬時に戦闘体制を整える。
最大限の警戒と心の準備をして。
しかし、その者の登場に三人は同時に戦慄することとなる。
キメラを簡単に八つ裂きにし、鬱陶しそうに吹き飛ばす彼女。
「君たちが私の練習相手? 弱すぎないかしら?」
フリージアそっくりの彼女は、それでも別人であることを三人の魂に刻み込む。
ミーシャやルルーシュに近い、圧倒的強者の圧。
それでも、レヴィたちが最も戦慄させられたのは、彼女の纏う欠落した不気味さだった。
「どういうことだよ……こんだけ目の前にいんのに何で何も感じ取れねえ?」
「魔力どころか気配さえわからない……目で見えてるだけ……」
「あ……あぅ……かは」
「おい! ギルフテッド! 落ち着け!」
「レヴィ、これは私たちの手に負えない! 今は退こう」
タニアの提案にレヴィが頷こうとした瞬間、二人の前にいたはずの彼女は、一瞬で背後にいた。
「遅いなぁ、これじゃ準備運動にもならない」
そう言って振り返る彼女の手には腕が一本握られていた。
「あぁああああああ!」
悲鳴を上げたのはギルフテッドだった。
痛みに慣れているはずのギルフテッドが、腕をもがれて苦しんでいる。
普通であれば当然の反応だけれど、ギルフテッドは本来、この程度の負傷で声を上げたりしない。
「あ、ごめん。君の魂ごと引きちぎっちゃったみたい……。これじゃいじめてるみたいだね。君たちは……ううん、私から自己紹介するね。私はポプラ……この身体は私のものじゃないんだけど……えっと……」
そう言ってポプラはしばらく目を閉じて何かを考えるような仕草をする。
それだけ見ると、可愛らしいと言えるかもしれないけれど、彼女の手にはギルフテッドの腕が握られたままなので、三人は心休まるどころか余計に警戒を強める。
そして、ポプラの口から三人が最も聞きたくなかった名前が発せられる。
「あ、そうそう。カエルム君! 彼の犠牲は残念だけど……」
ポプラの口が最後まで言葉を話し切る前に、レヴィとタニアは彼女に対して本気で突っ込んでいった。
仲間に対する感情と、目の前の敵に対する殺意を込めて。
攻撃は当たらない。
二人の感情は、彼女には響かない。
そして、ポプラの身体がゆらりと動く。
瞬間、目を瞑りたくなるほどの雷光と、身体を内側から爆発させられたかのような電流が二人を襲った。
「こ……これはカエルムの」
「がはっ……それじゃ本当にカエルムは……」
ポプラは静かに、そしてゆっくりと人差し指を自身の唇に当てて二人の言葉を制する。
「しーっ……詳しいことはまた後で」
そして視線を横に移し、二人の視線を誘導する。
その先にいたのは、この森の全てを管轄するエルフ族の長ダンの姿だった。
「ほっほっほ、どうじゃ? ちぃとは慣らせたか? まあ良い、上に戻れば好きなだけ餌はおる。ポプラよ、全て喰い散らかして構わん……」
「……はい」
「さて、儂は先に上で次の儀式に備えるとしようかのう。ポプラも適当に遊んだら上に上がってきなさい」
「はい、わかりました」
不快な高笑いと共に、ダンは姿を消した。
そして、彼の気配が完全にその場から離れたことを確認して、彼女はもう一度口を開いた。
「ごめんね……この身体特殊な魔法が埋め込まれてるせいで、私は彼の言葉に逆らえないの。何とか思考だけは取り戻したんだけどね」
困ったように笑うポプラに、レヴィもタニアも全力の魔力を解放することで応じる。
二人にとって、そんな事情はどうでもいいのだ。
「知らねえよ、そんなこと。カエルムを返しやがれ」
「……レヴィ、私もいつでもいけるから」
しかし、ポプラは構えなかった。
「無理だよ。君たちじゃ私を止められない。この身体の持ち主……カエルム君のお友だちなんだよね? 君たちは殺したくないなぁ……それに、チェルミーとも仲良くしてくれてたみたいだし」
そう言いながら、ポプラは一つ拍手をして見せた。
一瞬、身構えた二人だったけれど、その行為に意味はなかった。
二人の認識の外から、否、体の内側から再び雷に撃たれたかのような電撃が走る。
「この子のことは諦めて。こうなった以上もうどうしようもない……あとは私を殺せるくらい強い誰かが現れない限りは、私を止められない。だから、逃げなさい。生きているうちは何かの希望は残されているから」
それでも立ち向かおうと立ち上がった二人は、それから何度も雷に撃たれることになる。
二人が意識を失い、倒れた時、ポプラはどこか寂しそうにしながら、口を開いた。
「ごめんね……次はこうなる前に止めに来るのよ……レヴィ、タニア」
最後の攻撃。
万雷と言うべきか、唯一ポプラと対峙して意識を保っていたギルフテッドだったけれど、視界を埋め尽くすような雷は、彼女を絶望させるには十分すぎた。
「これは無理だ……全て無駄だった」
直後、無数の雷たちは、三人を消し飛ばす勢いで降り注いだ。
落雷による砂塵が晴れた時、ポプラの姿はもうそこにはなかった。
ただただ、静かに誰の声もなく、絶望の余韻だけが残っていた。
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