第36話 "There's no truth you seek"

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 いろんな人に見てもらえてよかったね。

 どうせ明日には忘れられるだろうけれど。


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 ルルーシュは、気配を殺してエルフたちの様子を観察する。

 現在進行形でレヴィたちが襲われていることは、当然把握している。


 しかし、まだ動く時ではないのだろう。

 ルルーシュはエルフの重鎮たちが集まる箇所を重点的に観察して回っている。

 収穫は期待していた以上のものではあったけれど、それと同時に非常に厄介な状況へと突入していることを示唆していた。



「はぁ……ほんっとにめんどくさい。この状況、ミーちゃん知ってたんでしょ……今度仕事押し付けてやる」



 厳かな雰囲気を纏う大樹の上層。

 枝というには太すぎるそれに彼女は腰掛け、退屈そうに視線を動かし続ける。


 エルフの里、確かに神秘に包まれた空間である。

 しかし、今ルルーシュが感じているものは、そんなありがたいものではなかった。


 ざっと数えて千人程度の人数しかいないにも関わらず、世界中にその存在を知られている種族というのも珍しい。

 チェルミー、もといフリージアの話にもあった通り、エルフ族の彼らはわけで、その身体を求める者は少なくない。


 それでも、この森に中にいる限り、彼らは自分たちが安全であることを疑わない。



「呑気だよね……皆自分たちが他の種族に比べて劣っているところなんてないと思ってる」



 その声は、ルルーシュのものではない。



「……当たり前のようにうちのこと見つけないでくれる? これでも隠れてるんだけど」

「ふふっそれはごめんなさいね? 見つけて欲しいのかと思って声かけちゃった」

「あっそ、もう直接話すことはないと思ってたけど……何か用?」

「そうねぇ、一つだけ共有しておきたいことがあるわ。ルルーシュ、状況が変わったわ」

「……」



 今のエルフたちは、一体どんな状況なのか。

 その正確な情報はルルーシュにも伝わってはいない。

 しかし、彼女は彼らを観察するだけで、その全容の大枠を掴んでいた。



「私がこうして会いに来たのはね……ふふふ、なんでだと思う?」

「……そういう会話しかできないわけ? どうせ碌でもない理由なんでしょ? いいよ、もうここまで来たら最後まで付き合うよ……で? 次は何?」

「この森に二つの勢力が近づいてきてる……一つは東の人間種の国の軍勢。もう一つはエルフに恨みを持つ集団、ね。人間の軍勢が来ることは前からわかってたし、準備もしてたんだけどね。もう一つは完全に想定外……しかも困ったことにここに到着する時期が被りそうなのよねぇ。私はこのエルフの里が嫌いだけど、なくなっちゃうのは困るのよ……ね?」

「……だから?」

「そのもう一つの方の足止めを頼めるかしら? 正体は大体わかってはいるんだけど、ちょっと手を焼きそうなのよね……全部倒しちゃってもいいのよ?」

「……」



 フリージアの言葉に、ルルーシュは視線だけで応じる。

 流石にフリージアも気まずく思ったのか、重ねてルルーシュに声をかける。



「どうしたの? 何か気になる?」

「……別に。うちはそのよくわからない集団の方に行けばいいわけ? それで? カエルムを殺すのはあんたがやんの?」

「うん、お願いね。それと、カエルムのことはもう気にしなくてもいいわ。どうせもうわかってるんでしょ? レヴィたちにちょっかいをかけてる奴らがいる。可哀想だけれど、今のカエルムを捕まえるくらいなら簡単でしょうね。レヴィたちには余計な手は出さないよう警告してるから、は安心して」

「……そ、わかった」



 ルルーシュは退屈そうに頷いた。

 彼女は、変わらずエルフたちの目で追っているようだ。


 彼女の目に映るものは、果たしてどんな情報に変換されているのか。

 隣にいるフリージアも、下で普通に過ごすエルフたちも。

 今のルルーシュにとって、どれほどの価値があるのか。


 ルルーシュは慎重に天秤にかける。

 何を選び、何を切り捨てるか。

 

 顔色ひとつ変えず、ただただ深く思考する。



「一応、手伝いがいるなら……」

「いい。いらないから……どうせ監視でしょ? うちに協力して欲しいなら、線引きは間違えないよーにね」



 ルルーシュが初めて見せる明確な敵意だった。


 ここで選択を間違えれば、先のことなど関係なく本気でフリージアを殺しかねない。

 そう思わせるほどの敵意と殺意。



「はいはい、ごめんなさいね。下手に干渉はしないわよ……私たちの間に信頼関係なんて微塵もないけれど、あの子たちをいたずらに傷付けないということだけは互いに信じられるでしょ?」

「……うちはあんたの目的なんてどうでもいいと思ってるけどさ、がいなくなると困る子たちを知ってんだよね。まあ、そうなるのはうちも気に入らないし、そうさせるつもりもない。うちの管轄下でうちの保護下にいる子が死ぬなんてあり得ない」


 ルルーシュはを隠したまま、を話す。


 【七竜人】の序列二位。

 慈哀じあいの竜、ルルーシュ。


 彼女の頭の中では、既に計画は進んでおり、その進捗は至って順調と言って良い。


 ルルーシュは、この森に来ることが決まった瞬間から、二つの目的のために行動している。

 一つは、表の目的であるカエルムに封印された神獣の解放。

 そしてもう一つ、裏の目的、それはエルフ族に巣食うの排除である。


 正直、ルルーシュにとって表の目的は成功しようが失敗しようがどちらでもいい。

 神獣の封印程度、時間をかければ彼女らの中の誰かが解くことはできるはずであり、この時点ではまだ名前しか登場しいていないけれど、【七竜人】の末っ子であれば、強引に封印ごと切り裂くくらいのことは朝飯前だろう。


 つまるところ、ルルーシュはに、この場に来ている。

 それでも、ルルーシュの中の優先順位が少し傾きかけている。

 


「ルルーシュがそこまであの子たちのことを気に入ってるなんてね……そんなに楽しかった?」

関係ある?」

「寂しいこと言わないでよ。私だってずっと見てきたんだから……情くらい湧くわよ。あの子たちがいい子なことは間違いないでしょ?」

「……ひとつ聞いていい?」

「そうね、ルルーシュが想像している通りよ。は人間種と手を組んでいると思うわ」

「……はぁ、ほんっとやりずらい。じゃあ、ダンが裏で手を引いているということで間違いない? 裏は取れてんの?」

「さぁ? 決定的なものは何も?」

「……殺していいの?」

「それを君が聞くの?」



 ルルーシュは溜め息をひとつ吐いて、フリージアは楽しそうに笑った。



「面倒なことはしない主義なんだけど……」

「ふふっ、正義の大悪党ね」

「……気持ち悪いこと言わないで。うちらのことはあんたにはわからないよ……わかってほしくもないけどね」

「はーい、これ以上は踏み込まないわ。でも、里長を殺すのなら気をつけて。十年前、エルフ最強と言われた彼女でさえ、成す術なく殺されてるんだから」

「エルフ最強ね……ふーん。ダンの身体は?」

「さあね、その辺りの情報はどこにも落ちてないのよね。多分、徹底的にわね」

「……あっそ」



 ルルーシュはゆっくりと立ち上がり、一つ選択をした。

 無数に想定した選択の先、その中で最も成功確率の高いルート。

 

 

「じゃあ、ダンはうちが殺す。その代わり、タニアたちのことは任せるから」

「……いいのね?」

「ここからは完全に別行動だから。もう会うことはないと思うけど、上手くいくといいね」

「ふふ、私はまた会えると思ってるわよ?」

「……勘弁して」



 二人が別れた後、エルフ族の最高権力を持つ者たちが集まるとある部屋にて。

 里長のダンを筆頭に、六人のエルフたちが机を囲んで、不穏な空気を醸し出している。



「ほっほっほ。フリージアが動き出したようじゃ……器も既に捕獲したと報告が入っておる。出来る部下を持つと、計画が捗って良いもんじゃわい」

「それは実に重畳ですなぁ。あとは儀式と害虫の駆除ですか」

「害虫の駆除はノルスケイルの隊が受け持つ手筈でしたな? であれば、問題なさそうでありますな」

「吸血鬼と人間の小娘たちはどうするので? 新たに誕生する神獣様の供物とするわけにはいかんのか?」

「そんなことより……今回もは手に入るんだろう? 一人くらい、こちらにも回してほしいんだがな……」

「貴殿に任せると十年も保たずに壊れてしまうではないか! カッカッカ! 玩具の扱いから教えねばならんわ!」



 彼らの中に、この状況を危惧する者は一人もいない。

 それはそうである。

 なぜなら、神獣を宿した者がこの地を訪れることも、そして人間の軍勢が攻めてくることも全てが万事、計画の内なのだから。


 ダンは、自身の顔が緩むのを抑えられない。

 もう間も無く、彼が望むものが揃うのだ。

 

 神獣と大量の人間種の魂、そして闇属性の適性を持った生きた子ども。

 それらが手に入る日を、ダンがどれほど待ち望んだことか。



「ポプラが血迷った日は、絶望したものじゃが……お陰でフリージアという傀儡が手に入り、あの日よりも理想に近いものが手に入るとはのぉ……ほっほっほ、感謝せねばならんのぉ愚かなポプラよ」



 ダンは部屋の最奥に植えられた小さな木に視線を移した。

 その木は、状態にあり、封印されているという表現が合っているようにも見える。


 

「諸君、儂は先に器の処理に向かう。皆は各自持ち場に戻り、計画を進めてくれ。儀式は予定通り今夜行うとするかのぉ……では、エルフの未来に純血の祝杯を」



 それぞれが、ダンの言葉に応じる。

 

 エルフの未来に純血の祝杯を、と。


 部屋に残ったダンは、再び小さな木の前に立つ。

 黄色い花を咲かせようと、小さな蕾を幾つもつけている。


 ダンはそれらを乱暴に引きちぎり、床に投げ捨てる。

 


「忌まわしい……その姿になってもまだ生にしがみ付くか……醜いのう」



 ダンの手がその小さな木の幹を握り、ミシミシと音を立てる。



「ほっほっほ、怖いか? 片手で簡単に殺されてしまう存在、それが今のお主じゃて。お主が遺した唯一の希望も、儂にとっては傀儡でしかない。どうじゃ? あの人形にもう少しお主の知恵を埋め込めれば良かったのになぁ……哀れで醜い儂の娘、ポプラよ。儂に歯向かう道を選ばなければ、次の里長はお主に託そうと考えておったというのに。じゃが、今となってはどうでもいいのぅ……お主の役割は儂がもう一度準備してやろう。この世界に災厄をもたらす希望としてのぉ……ほっほっほ」



 エルフの里は、現在進行形で危機的状況に向かっているというのに、誰一人として焦っている様子はない。

 この世界に存在する種族の中で、自分たちが最も優れているという自負があるのだろう。


 ましてや、人間種に敗れるなどあり得ない。

 

 その認識こそ、ルルーシュがついた隙だった。

 自尊心が高く、傲慢。

 

 だから足を掬われていることに気が付くことができない。

 否、気が付いたとして、それを認めることはできないのだ。



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 ルルーシュと別れた後のフリージアは、その足でノルスケイルの元へと向かっていた。

 彼の足元には、激しい戦闘で相当なダメージを受けたのか、気を失ったカエルムが拘束されていた。

 彼にしては珍しく、部下の兵士を一人も連れていなかった。


 先程、木々を通して、彼女の元に届いた言葉。



「器の少年は手に入れた。儀式に使うための処理を行う、へ来い」



 無愛想で無機質な声。

 フリージアは嫌気が差すのを堪え、自身の心を保つことに集中する。

 

 ルルーシュとの会話の中で、彼女の内心が見透かされていないか気が気ではなかった。

 既に、カエルムが捕らえられ、レヴィたちの安否もわからない。

 そんな状況を知ってしまえば、ルルーシュはきっとこの森ごと焼き尽くしてしまうかもしれない。



「腹の探り合い……ね」



 ノルスケイルの耳には聞こえていないだろうけれど、彼女が不機嫌なことは伝わっているだろう。

 


「ふん、貴様では手間取るだろうと思ってな。我らが精鋭たちであれば、この程度の任務、些事でしかないということだ」

「……そうね、すごいすごい。たくさん頑張ったのねぇ、私に褒めて欲しかったのかしら?」



 ノルスケイルは帯剣していた細剣を抜き、カエルムの首筋に当てる。



「貴様はこの小僧がことを防ぎたいのだろう? 貴様はあっちの小娘たちを守りたいと思っているようだからな。ギルフテッドを打ち破ったことには驚いたが、でしかない。その程度の性能だったというだけだ。レクサイとドーザには敵わなかったみたいだが……その反抗的な目を辞めろ。今主導権を握っているのは、我々だということを忘れるな」

「へえ……堅物のあんたが一人前に交渉でもしようって言うの? 私相手に? 面白いじゃない」

「だから、勘違いをするなと言っている。貴様はいつまでこの俺と対等だと思っている? 事実、貴様に出来ることは俺の指示に従うほかないだろう」



 フリージアは、なんとなく空を仰ぐように上を見た。

 辺りを木々で覆われている上に、川や山もあるというのにその行為に意味がないことを彼女は知っている。


 なぜなら、今彼女たちがいるのは地下なのだから。


 地下にありながら、それを一切感じさせない空間。

 疑似的ではあるけれど、空まで再現しているのだ。


 彼女の目には、夜空に星が瞬いているように見える。

 全てが造られた虚しい世界。


 

「ふふ……ふふふ。ノルス、あなたはそんなに怖いの? 私がこの森にもたらす変化が」

「くだらんな……貴様程度が足掻いたところで、里長には全てお見通しだ」

「あのお爺ちゃんが全知全能? そんな大層な椅子じゃないでしょ……こんな森に引き篭もってるだけの種族の大将よ?」

「くっくっく、忘れたわけではあるまい。貴様のであるポプラがどういう末路を辿ったのか。いいか? 貴様に選択肢などない。あの小娘二人の命だけで満足しておくことだな……数十年もすれば里長も飽きて解放してくださるだろう」



 フリージアは、苛立ちを隠さず舌打ちをする。



「あの子たちは人間なのよ? あんたたちがどれだけ偉いのか知らないけどね、いつまで自分たちが世界の中心だと思ってるわけ? 言ったわよね? あの子たちに手を出したら殺すって」

「そうか、貴様がその道を選ぶというのであれば俺は止めはせん。無駄死にする者に付き合う趣味はないのでな」

「何? 同情でもしてくれてるつもり? 私に死んで欲しくないのかしら?」



 フリージアは魔力を解放し、ノルスケイルを睨みつける。

 対するノルスケイルは、冷めた目でフリージアの視線に応じる。



「……」

「あら、もしかして図星? でも悪いわね……私にとってあんたは敵でしかないの」



 互いの魔力が空間を占めていく。

 エルフ族は、元来魔法の扱いを得意としている。

 神樹魔法だけでなく、属性魔法の扱いも一級品なのだ。


 エルフの森、裏、第一層。

 エルフたちが守る本当の神秘。

 その入口とも言える地下森林。


 二人のエルフが睨み合い、互いの目的のためぶつかり合おうとしていた。



「【神樹魔法……精霊の揺籠】」

「【神樹魔法・不浄呪縛ふじょうじゅばく】」



 フリージアが展開した魔法は、精霊を使役し、周囲の魔力を根こそぎ支配するものである。

 当然、魔法は魔力を用いる。

 故に、この魔法は支配するのだ。


 そして、対するノルスケイルの放った神樹魔法もまた周囲の魔力に干渉して飲み込む効果を持っていた。


 【神樹魔法・不浄呪縛】は、エルフの神樹魔法を改良し、闇属性の特性を組み合わせたものである。

 

 二つの魔法の持つ効果は似たものであったけれど、その反応は真逆であった。



「なんであんたが闇属性の魔力を持ってんのよ……」

「貴様には関係ないことだ」



 エルフ族が生まれた瞬間から背負う呪い、神樹魔法。

 そして、その呪いはもう一つの副産物を彼らに宿している。


 それは、エルフ族は闇属性に適性を持つことができないということである。

 しかし、ノルスケイルの魔法は間違いなく闇属性の特性を持っていた。


 それは、自然に起こることではない。

 それは、この世の摂理に反している。


 

「あんた、まさか禁忌に触れたんじゃないでしょうね?」

「……」

「全く……あんたは本当にどこまでも私の敵ね」

「……」



 突然、ノルスケイルは魔法の展開を辞めた。

 魔力も最低限まで抑え、戦闘を継続する気がないのか、細剣さえも納刀してしまう。



「どういうつもり? 素直に殺される気にでもなった?」

「いや、あまりにも哀れでな。貴様はまだ気付かないのか?」



 ノルスケイルの言葉に、フリージアは一瞬思考を揺さぶられる。

 彼が何を言いたいのか、


 想定できるものは、いくつかあった。

 しかし、彼女が準備したは、そんな簡単に崩れることはないはずだ。



「……」

「ふん、まあいい。貴様がこの地に来た時点で、全ての準備は整ったということだ。フリージア……今?」



 フリージアの頭で想像し得る事態の中で、最悪のケースだった。

 


「……いつから?」

「今朝、貴様が里長と顔を合わせた瞬間からだろう」

「これも全て計画ってわけね……あの子たちはどこ?」

「……いいんだな? この器は俺が持っていくぞ?」

「いいから、あの子たちは今どこにいるの?」



 フリージアは、さらに魔力を解放し圧をかける。

 効果があるようには見えないけれど、ノルスケイルは彼女の期待を裏切らなかった。



「貴様もよく知っている場所だ。他種族を閉じ込めておく場所は一つしかない」

「……っ!」



 フリージアは、脇目も振らずノルスケイルの目の前から駆け出した。

 目的地は、既に決まっている。


 エルフの森の中でも特殊な場所、通称『鳥籠』。


 捕らえた者を監禁し、様々な苦痛を与えるための場所。

 幾重にも神樹魔法による封印結界が張られ、初見でその結界を通過することは容易ではない。


 そんな場所に、レヴィとタニアは捕らえられている。

 ノルスケイルの話の真偽はわからない。

 しかし、信じて動く以外、フリージアに選択肢はなかった。


 彼女にとって最も重要な目的はエルフの神秘に関わる情報だとしても、それらのためにレヴィやタニアを犠牲にするわけにはいかない。

 そこを許してしまうということは、と同種であることを認めてしまうということである。



 フリージアを見送った後、足元で気を失ったままのカエルムを乱暴に担ぎ、ノルスケイルは一人、不満げに呟いた。



「だから貴様は人形のままなのだ……」



 視点は移り、『鳥籠』の内部。

 狭い牢の中で、は普通に雑談していた。



「へぇ……ギルフテッドは気が付いたらこの森にいたのかぁ。じゃあエルフのヒトたちには感謝してるってこと?」

「レヴィってば、そういうことを気軽に聞いちゃダメでしょ」

「……別にいい、どうせ私はもう用なしだから」



 彼女たちに目立った怪我はなく、手枷や足枷さえ付けられていない。

 牢の中ということ以外は、至って自由なままだった。



「そう悲観すんなって、ちょっと私らに負けただけじゃん! でも、さっきいきなり現れた……ナントカって隊長さん? なんであんなに急いでたんだろうな」

「レヴィ、一応私たち牢屋に入れられてるってわかってる? ギルフテッドさんも一緒っていうのは私にもわからないけど、これってつまりカエルムをどうにかするための罠だったってことだよ?」

「……」



 レヴィは、いつも通りに気さくに笑って見せた。

 この森についてから、ずっと頭の中で引っかかっていた疑問が、いろいろすっきりしたのかもしれない。

 

 

「タニア、今回はさタニアに任せていい?」

「えぇ? 何言ってるの?」

「いや、今回は多分タニアの方が見えるものが多いと思うんだよ……私のこと好きに使っていいからさっ」

「そんな爽やかに言われても困るんだけど……」



 レヴィの目は真っ直ぐタニアを見つめていた。

 その目に、タニアは弱い。


 昔から、こういう風に頼まれてしまうと、タニアは断れなかった。



「はぁ、わかったよ……」

「へへっ、頼んだ」



 タニアはゆっくりと目を閉じて、これまでのことを思い返す。

 

 

「……まずはカエルムとチェルミーを探さないとだね……ルルさんは多分一人でも大丈夫だと思うし。それに、ギルフテッドさんのこともどうにかしないと」

「……私のことは気にしなくていい。君たちと私は敵なんだぞ」

「まぁまぁ、一旦タニアの話を聞いてやってよ。こういう時のタニアは頼っていいぞ?」

「うるさいよ、レヴィ。えっと、そもそもここがさっきギルフテッドさんが言ってた場所で間違いないなら、私たちだけじゃここから逃げることはできないわけで……でもはず。ノルスケイルってエルフの隊長さんが言ってたことをもう少し深読みして……足りない情報は一旦想像で補うとして……」



 ブツブツと自分の世界に入っていくタニアを、レヴィは嬉しそうに眺め、ギルフテッドは呆れたように見守っていた。


 

「……うん、もしかしたらこれでいけるかも? でも、騒ぎになったら……んー、いや逆にありかも。二人とも聞いて! 今からの作戦を伝えるね」

「待て、私は行かない。君たちは勝手にすればいい」



 立ち上がるタニアに、ギルフテッドだけが拒絶の意を示した。

 当然といえば、当然の反応である。

 しかし、レヴィはギルフテッドと視線を合わせるようにしゃがみ込み、ニコッと笑う。



「ねえ、ギルフテッドはさ、私がさっき人間種だよねって言った時、すごく動揺したじゃん? あれ、事情も知らずにごめんな。でもさ、私はどんなヒトでも生きる権利は自分にあると思うんだよ。どんな人種とか種族とか関係ないんだよ。私が今まで出会ってきたヒトたちはさ、誰一人漏れることなくちゃんと生きてるヒトたちだったよ。今、この瞬間ギルフテッドの命は、ギルフテッドのものでしょ? 他の誰でもないじゃん!」

「知ったようなことを言うな……私は君たちとは違う。生きるも死ぬも私には決められない」

「知らないよ、だってさっき会ったばっかじゃん。それでも私はギルフテッドに死んで欲しくない。敵だとしても、何の誇りもなく意味もなく、諦めたように死ぬなんて嫌だ」

「勝手なことを……だったら……いして」

「ん?」



 ギルフテッドは、自分の心が揺れていることに気付けない。

 死んで欲しくない、彼女がどういう狙いでその言葉をギルフテッドに言ったのかは、ギルフテッド本人にはわからないけれど、その言葉は確かに届いた。


 そんなでさえ、彼女は言われたことがなかったのだ。

 そんな環境で生き続けてきた彼女は、どこかで優しさに飢えていたのかもしれない。

 それは裏を返せば、死にたいなどという考えとはほど遠い感情である。


 ギルフテッドは、自身が今どんな顔をしているのかわからないまま、レヴィの顔をしっかりと見据えて、慎重に口を開く。



「私に……私に……」

「うん、聞いてるよ」



 震える声と、囁くような優しい声。

 互いの表情は正反対ではあるけれど、二人は確かに向き合っている。



「私に……命令、してよ」



 ギルフテッドは力の限り、レヴィに掴みかかった。



「そんなに私に生きて欲しいなら! 君が私に命令してっ! 必要としてよ! 私はどうせもう何の意味もない存在なの……それでも今君は死んで欲しくないと言った! 無責任は嫌い! 期待だけさせて後から捨てられるくらいなら、最初からそんな言葉をかけないで!」



 レヴィは、もう一度笑って、優しくギルフテッドの頭を撫でた。

 いつの日か、ミーシャがレヴィにしてくれたように。



「わかった、今はそれでいいよ。私はギルフテッドに死んで欲しくない。だから、ちゃんと聞いて。ギルフテッド、私らと一緒に来て。私の側を離れないで、自分の命を最優先に、いい? 私もタニアもギルフテッドのことを守るから、ギルフテッドは私らのことを守ってよ」



 そう言って、レヴィは立ち上がり、ギルフテッドに手を差し伸べる。

 ギルフテッドは、その手から目を離せない。

 

 自分を求めて伸ばされた手。

 それは、彼女がずっと求めていたものである。



「いいの? 私がいることで、余計に危険な目に遭うかもしれないのに?」



 タニアもレヴィの横に立ち、微笑みながらレヴィと同じように手を差し伸べる。

 この光景も、以前彼女たちがコルトという獣人の少女に対してしたものと似ていた。


 彼女たちの生き様は、今も変わっていないのだろう。



「レヴィのこういうのにいちいち反論しても疲れるだけですよ……だから、開き直って一緒に行きましょう」



 ギルフテッドは遠慮がちに二人の手を取った。


 この瞬間、ほんの僅かではあるけれど、確かに物語は傾いた。

 その変化が、どんな結果を招くかはまだわからないけれど、レヴィたちがこの選択を悔いることはないだろう。


 それは今の彼女たちの表情を見れば一目瞭然である。


 



 彼女はこの森で、正しい選択ができるだろうか。

 彼女はこの状況を打破することができるだろうか。

 彼は自分の弱さを克服することができるだろうか。



 そして、彼女は大切なものを守れるだろうか。



 誰もが、物語の中では等しく生きている。

 しかし、その命は平等ではない。

 

 それでも、どんな者でも物語を書き換える可能性を秘めている。

 果たして、この森でこれから起きる全てが終わった時、誰が笑い、誰が泣くのか。



 その時はすぐそこまで来ている。

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