第35話 "Those who gain at the end of the war"
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あなたの人生はいつ始まった?
あなたを定義付けるものなんて何もないくせに。
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レヴィは木人形を燃やしながら思案する。
この森に向かう途中、皆の空気が重くなった理由に心当たりはあった。
ただ、それを皆に共有することをしなかっただけ。
レヴィは一度目の死を経験した時、自身の精神世界の中で一匹の竜と対話している。
その瞬間を境に、レヴィの中で竜の力は確実に育ってきている。
感覚はより鋭敏になり、魔力の量も質も段違いに上がったのだ。
そのせいか、レヴィは気付いてしまったのだ。
「……チェルミーは何を抱えてんのかなぁ。私らに言えないこと……か。でもあの時のチェルミーはなーんか……そういうふうに見せるために誰かが演じたって感じがしてたんだよなぁ。あーわかんねえ……この瞳のお陰で色々視えるのはいいんだけど、まだ私は使いこなせてねえんだろうな」
木人形たちの相手くらいなら、今のレヴィは目を瞑っていてもできるだろう。
それほどにレヴィの感知能力は伸びている。
本人に自覚が足りていないことはさておき、レヴィの強さは確かに次の段階へと昇りつつあった。
「二人にはああ言ったけど、実際この森に入ってからどうも調子が悪いんだよなぁ……考え過ぎだといいんだけど」
レヴィは森の中で魔法を使う際、可能な限り火力を抑える癖があるのだけれど、それは村での教えを真摯に守っているからである。
それはこの森の中でも同様で、無意識に燃やしすぎないよう火力を抑えていた。
抑えているはずなのに、木人形は一瞬で消し炭になっていく。
「んー……こんなに燃えるもんか? 神樹魔法って言ってたっけ? 色々できるんだろうけど、私との相性は最悪だな」
両手に纏う超高温の炎を器用に振り回し、次々と木人形を倒す。
そんなレヴィのすぐ近く、音を消して忍び寄る影があった。
「……」
一通り目に付く木人形を倒し終わって、レヴィは森の一点をじっと見つめる。
魔力は解放したまま、緊張状態は保つ。
そして、彼女は少し嬉しそうに笑った。
「隠れてるつもりかもしれないけどさ、漏れてんぞー? 殺気」
レヴィが見つめる先から現れたのは、フードを深く被り顔中を包帯で覆ったエルフだった。
レヴィはその者の体つきから女性であると判断する。
しかし、それでも油断はしない。
「あれ? あんたさっき泉で話した時いたっけ? そんな目立つ格好してたら覚えてそうだけど……ま、いいや」
レヴィは、全身に均等に魔力を巡らせる。
相手の出方がわからない以上、下手に仕掛けるわけにはいかない。
レヴィの目の前に現れたのはギルフテッド。
彼女はエルフ精鋭部隊史上最も多くの外敵を殺害した経歴を持つ狂戦士である。
「……」
「随分無口なんだな、あんた」
睨み合い、互いに仕掛けない。
しかし、それは実力が拮抗しているが故ではない。
レヴィは既にギルフテッドの魔法を受けてしまっている。
「ん? なんだこれ?」
突如、レヴィの体内から皮膚を突き破り、いくつもの芽が生えてきた。
レヴィは、直感で自身の危機を察知して、魔力を限界まで解放するけれど、その結果は望んだ通りにはならなかった。
レヴィの魔力を糧に、芽は成長し始め、花を咲かせていく。
「これ……私の魔力を喰ってんのか……」
ギルフテッドの神樹魔法はまさにレヴィの推測通り。
十人十色の神樹魔法、その中でも抜群に相性の悪いそれがレヴィの魔力を吸い取っていく。
「……」
いつ仕込まれて、いつ発動したのかもレヴィにはわからなかったけれど、このままでは良くないことだけはわかる。
思考を巡らせるレヴィの前で、ギルフテッドはただ黙って立っている。
もう勝負はついたとでも言いたげな立ち姿ではあるけれど、レヴィは笑顔で応じた。
「まだ終わってねえだろ……何勝った気でいんだよ」
レヴィは体内に埋め込まれた芽などお構いなく、さらに魔力を練り始める。
瞬く間に、無数の芽が生え始め、レヴィの身体を覆っていく。
それでも、レヴィは笑ったまま魔力を解放する。
「おらぁぁあぁぁあぁぁぁ!」
魔力が上手く練れないことなど、彼女の頭からは消えている。
ただただ全力で魔力を暴走ギリギリのところまで出力する。
変化はすぐに訪れる。
開いた花びらが、レヴィの魔力にあてられ発火していく。
一つ、二つと。
「……そんな、あり得ない」
レヴィの炎は次第にギルフテッドの神樹魔法を飲み込んでいく。
その光景は、ギルフテッドにとって受け入れ難いものだったのだろう。
わかりやすく狼狽している。
当然、彼女にも切り札はまだあるけれど、こんな場面で使うものではない。
そのことを差し置いても、彼女の神樹魔法を力技で押し返されるなど想定していない。
レヴィの身体を覆っていた無数の芽は、一つ残らず燃え尽きた。
「へへっ、これで振り出しだな」
「無茶苦茶なやつ……」
互いに睨み合い、レヴィが動き出そうとした瞬間。
「……降参、私の負けでいい」
ギルフテッドは両手を挙げ、抵抗の意志がないことをレヴィに示す。
肩透かしを喰らってしまったレヴィは、どこか不完全燃焼といった表情ではあるけれど、その提案を受け入れることにした。
「私はこの場から離脱する……訓練は続いてるから、このまま進めばいいよ」
ギルフテッドは淡々と伝えたいことだけを伝え、レヴィの目の前から姿を消した。
「なんだったんだ? 急にやる気無くしちゃってさ……」
レヴィはやや乱暴に頭を掻いて、森の奥へと歩みを再開する。
再び一人になって歩く森の中は、やはり静かで、この森のどこかでタニアやカエルムが戦っているとは思えないほど穏やかな空気だった。
実際、レヴィのいる場所からそう遠くない地点で、二人はそれぞれ戦っているのだけれど、それがレヴィに伝わることはない。
それはこの訓練場に張られた結界の影響による副産物なのだけれど、そのせいでレヴィたちは互いの位置関係すら把握できずにいた。
しばらく森を歩いて、レヴィは石碑の前に到達していた。
「んーこれを壊したら終わりだっけ? なんか呆気ないな……それより、タニアたちはまだ来ないのかな?」
レヴィが石碑を砕こうと、拳に魔力を込めると同時、レヴィの背後から二つの足音が近付いてきた。
レヴィが振り返ると、そこには無傷のタニアと数カ所から血を流すカエルムの姿があった。
「お、二人ともお先っ! 勝負は私の勝ちだな」
「はいはい、レヴィの勝ちでいいよ」
「チッ、くじ運が悪かっただけだろこれ」
二人が合流し、レヴィは一息に拳を石碑へと打ち込む。
その直後、石碑の奥からエルフの三人が姿を現した。
三人の表情は余裕綽々で、全く悔しさなどを感じさせないもので、そのことがレヴィたちに違和感を抱かせる。
「一本目は貴様たちの勝ちだな。次は我々が攻撃側へ回ろう。石碑はすぐに元通りに戻る。我々はその間に森の反対側へと移動する」
レクサイは連れ立つ二人に視線を飛ばし、颯爽と森の反対側へ向けて歩き始めた。
残りの二人も、レクサイに続いてその場から姿を消した。
その場に留まることになったレヴィたちは、可能な限りの情報を共有し、エルフたちの攻撃に備える。
「私のとこに来たやつは、魔力を吸い取る芽を植え付けてきた」
「私はあの偉そうなエルフのヒトが来たけど、全部物理攻撃だけだったなぁ。なんというか探られてる感じ?」
「俺んとこも同じだな。あの筋肉エルフ……好き勝手殴ってきたかと思ったら、いきなり降参しやがった。舐めやがって」
三人はそれぞれ話し合い、ここまではこちらの手の内を測るためのもので、次の防衛戦が本番だと気合いを入れる。
そろそろ、エルフたちも開始地点に到着する頃だ。
レヴィたちはそれぞれ離れすぎないよう、石碑を中心に陣形をとる。
しかし、三人の意識の隙間、戦闘態勢をとった状態のレヴィたちに一切勘付かれることなく、レクサイたちは三人同時に石碑の前に現れ、一瞬にして石碑を破壊した。
「え?」
「…嘘」
「はぁ?」
あまりにも一瞬の出来事すぎて、レヴィたちは何もすることができないまま石碑が砕ける様を見るしかできなかった。
「ふん、これでは訓練にならんな。森の中で我々に敵う者がいないのは仕方がないことなのかもしれんが、あまりにも弱い」
挑発である。
しかし、三人が同様にエルフたちの行動を一切感知できなかったことは、紛れもない事実なのだ。
「へぇー、すっげえ! 何にも聞こえなかった。タニアたちも?」
「うん、魔力感知は敷いてたはずなんだけどね……」
「移動してきたっつうか、急にそこに現れたって感じだったけどな」
レヴィもタニアもカエルムも、もしこれが実戦だったら、この瞬間殺されていてもおかしくなかった。
レヴィたちは気を引き締め直して、森の反対側へ移動する。
三人が移動するのを見届けて、レクサイは側に立つ者たちに対し、次の作戦を伝える。
「手筈は整った。神獣様を宿す器の程度も知れた。次で実行に移すぞ」
「殺しちゃまずいんだっけか?」
「……」
「殺すな、あの器には儀式の中で死んでもらう必要がある。それと残りの二人もだ……あいつらには保護者がついている。この事態で余計な仕事を増やす必要はない」
「はいよ……んで、どういう配分で動くんだ?」
「……私が女二人を足止めしておく。私の魔法なら容易い」
レクサイは結界の外に待機させていた自身の部隊を呼び寄せ、これからの動きを伝達していく。
「五人一組で目標を四方から囲む。合図は俺の魔法の展開とする。いつも通り、寸分違わず完璧に動け」
その場にいる全員が、揃って返事をし、持ち場へと散開していった。
エルフによる狩りが始まろうとしている。
彼らは獲物を定め、確実にその命を刈り取る。
気配を殺し、彼らはカエルムの周囲を囲み始める。
レヴィたちは一回目と同様に三手に分かれて森を駆けていたわけだけれど、カエルムは既に戦闘態勢をとっていた。
それは、エルフたちの行動に気付いているわけではなく、先ほどのような意識の外からの奇襲を警戒してのことだった。
カエルムは獣人種の王の血を引いている。
しかし、彼と彼の母は、王族と同じ種族ではない。
ロマやフェノス、彼女たちは黒獅子族と呼ばれる種族で、優れた身体能力と自身の能力を後の世代に引き継ぐという特殊な性質を持っていた。
彼女らがその力をもって活躍するということはもう叶わないけれど、彼女らは決して劣っていたわけではない。
ただ、敗けてしまっただけ。
話がずれてしまったけれど、つまるところ、カエルムは黒獅子族ではない。
カエルムは母親の特性を強く受け継ぎ、その身に宿している。
カエルムの種族は銀狼族。
五感が非常に敏感で、体格こそ小柄ではあるけれど、その戦闘能力は甘く見てはならない。
彼らは、狩りや戦闘に関しては紛れもなく天賦の才を授かっている。
「……」
カエルムは、森を駆ける足を止めた。
静かに周りを観察し、僅かな異変を探す。
そして彼の勘は、悪い方向に当たってしまう。
「くそ……もう囲まれてんのか。数は……十五?」
カエルムの感知能力は、彼の雷の魔力の応用により、桁違いに伸びていた。
すぐさま、カエルムは本格的に戦闘態勢を整える。
それと同時に、できるだけ木に囲まれている状況を避けるため、目に付く木々を片っ端からへし折っていく。
視界が開ける。
「あいつらのとこにもこんだけのエルフが向かってんのか? 随分と気の利いた訓練じゃねえかよ、おい」
カエルムは完全に包囲されている。
しかし、カエルムの顔に恐れはない。
レクサイとドーザは余裕の表情で、カエルムの視界に入ってくる。
「安心したまえ、器の少年。向こうには一人だけ向かわせている。それで事足りるからな。我らの目的は貴様だ、器の少年」
「恨むんなら、自分の不幸を恨みな。おい、レクサイ……殺さなきゃいいんだろ? さっさと始めるぜ? こっちはさっきから滾って滾って仕方がねえんだよ」
「落ち着けドーザ、それでは獣と変わらんぞ。我らは誇り高きエルフだ、狩りは常に全力で、だ」
レクサイは、ゆっくりと右手を挙げた。
それと同時に、その場にいる全てのエルフの敵意がカエルムに向いた。
両者、睨み合う。
「……なるほどね。あんたらは俺の中の神獣が欲しいわけだ。丁度よかったぜ」
カエルムは笑い、それをレクサイは訝しむ。
「随分と余裕があるようだな、器の少年」
「器、器ってうるせえよ……でも、こいつに用があんのは俺も同じなんでね。俺も知らねえうちに身体ん中で眠ってるらしいんだけどよ……こいつがどんなツラしてんのかとか、そろそろ家賃くらい払ってもらわねえととか言いてえことは山ほどあんだよ!」
カエルムの先制攻撃。
雷を纏った彼は、レクサイたちの方へは向かわず、自身の背後を囲っていたエルフたちに向かって突っ込んでいく。
雷にも勝る速度で。
流石に、そこまでの速度の敵の会敵する経験はなかったのだろう、エルフたちは反応する前にカエルムの攻撃をもろに受けていた。
「まずは二人……囲まれての戦闘は、つい最近経験したばっかりなもんでね」
カエルムの動きを目で追える者はそういない。
ただでさえ森に篭ってばかりのエルフにとって、獣人種の戦い方など知識としてしかないのだ。
知識と経験には埋められない差がある。
エルフ族の彼らは、ほとんどの者が数千年以上を余裕で生きていく。
その時間の大半を森の中で過ごすのだ。
木々を通して世界中の情報が集められるとしても、それを身をもって体験することはできない。
「ふん、獣の分際で……総員! 魔法を展開しろ」
号令に合わせて、一斉に魔法が展開される。
しかし、カエルムに動揺はない。
「無駄だろ……俺の方が速え!」
瞬く間に、カエルムは数人のエルフに攻撃を打ち込み、倒していく。
その速度は凄まじいものではあるけれど、全ての魔法の展開を止めることは叶わない。
神樹魔法の脅威がカエルムに襲い掛かろうとしていた。
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レヴィとタニアはギルフテッドと睨み合っていた。
最初は別行動をしていたレヴィとタニアだったけれど、気付かないうちに同じ場所に誘導されていたのだ。
木々の僅かな隙間、葉の揺れ、それらを繊細に操ることで。
「神樹魔法ってのはすげえな」
「感心してる場合じゃないでしょ……レヴィ」
レヴィもタニアも気は抜かない。
二人の目の前にいるギルフテッドのことは共有済みである。
「あいつ、こっちの魔力を吸ってくるからな?」
「わかってて防げるの? 私もレヴィもそんなことできないでしょ……」
「まあ、気合いだな」
「そっかぁ、気合いかぁ……了解」
レヴィもタニアも、一度目とは違い魔力を遠慮なく解放する。
例え、相手にとってそれが有利に働くものだとしても、今の彼女たちに他の手はないのだ。
気合や根性でどうにかできれば苦労はないのだけれど、事実レヴィは一度ギルフテッドの魔法を打破している。
「呑気だね……さっきと同じようにできると思ってる?」
息巻く二人を見て、ギルフテッドはゆっくりと被っていたフードをとり、包帯を解く。
彼女は顔には至る所に傷があり、片目は完全に潰されている。
レヴィとタニアも、彼女の素顔を見て流石に身構える。
それほどに彼女の負った傷はひどいものだった。
しかし、レヴィとタニアが身構えたのには、もう一つ理由があった。
彼女の傷よりも目立つその理由。
「エルフじゃ……ない?」
レヴィの目にも、そしてタニアの目にも。
彼女の姿は同じように映っているはずである。
ギルフテッドは確かに神樹魔法を使って、レヴィと戦った。
しかし、その彼女がエルフでないというのはどういうことを意味するのか、この場にいる彼女たちがその答えに辿り着くことはできない。
「神樹魔法って、エルフ族にしか使えないんじゃなかったっけ?」
「うん、そのはずなんだけどね……」
「んー、これはここでは答えは出なさそうだし、あまり関係はなさそうだな」
「まあ、この訓練が終わった後にでもわかるかもね」
当然と言えば当然。
レヴィもタニアも、まだ訓練の最中であると思っている。
エルフ側にどんな思惑があるのかを計る術もなければ、違和感を教えてくれるような経験もない。
「【神樹魔法……
展開された魔法は、瞬く間に三人をまとめて飲み込むほどの木の籠を創り出す。
濃密な魔力を纏った木々によってできた密閉空間の中で、レヴィとタニア、そしてギルフテッドが睨み合う。
ギルフテッドがレクサイに頼まれた仕事、それは足止めである。
そういう意味では、その仕事は既に九割ほど完了している。
なぜなら、この空間内において、三人は睨み合うことしかできないからである。
「タニア、魔力は?」
「吸われてる様子はないね」
「てことは……私に使った魔法とは全く別の種類ってことか」
「結界に近いね、これ」
ここで下手に突っ込まないのは、少なからず強者と戦った経験が活きているのかもしれないけれど、この状況、それだけではまだ足りない。
ギルフテッドは、二人を睨みながら自身が展開した魔法を説明する。
「この空間内において、君たちはもう何もしない方がいい。まあ、これだけ言ってもわからないだろうから、教えてあげる。この魔法はね、私たち三人を繋ぐ素敵な魔法……わかる?」
包帯を取ったことで、彼女の表情がよく見える。
彼女は、愉悦で顔を歪めていた。
「なんだよ……こいつ」
レヴィは言葉にできない悪寒に襲われるけれど、その時間はすぐに上書きされる。
ギルフテッドは一本のナイフを取り出し、それを
それだけでも十分意味不明だったのだけれど、事態はさらなる混乱へと沈んでいく。
レヴィとタニアの右太腿に激痛が走る。
「痛っ!」
「これは……」
すかさず、タニアの魔法で傷を治癒させていく。
しかし、その影響はギルフテッドの傷にも及んでいたのだ。
「これでわかった? この中では、全てが平等……同じように傷付いて、同じように治るの」
打つ手はない。
タニアは横をチラッと見るけれど、レヴィも何も思い付かないようだった。
それでも、タニアは思考を辞めない。
レヴィであれば、こんな時、何かを閃くかもしれないけれど、タニアにその閃きはない。
だからこそ、思考する。
状況を分析して、自分の手札を確認し、何をするのか。
「無駄だよ……この空間で私が死ねば君たちも一緒に死ぬ。これはそういう魔法なんだから」
タニアの思考を読んだのか、ギルフテッドは左腕にナイフを躊躇なく刺す。
同時に、レヴィとタニアの左腕にも痛みが走る。
それからの時間は我慢比べだった。
何度も何度も何度も何度も刺された。
何度も何度も何度も何度も裂かれた。
痛む箇所から血は出ていない。
しかし、痛みはまさしく刃物で刺されたり切り裂かれたりしたものである。
どれほどの時間が経っただろうか。
ギルフテッドの身体はもう血塗れで、立っていられるのがおかしいほどだった。
タニアも、聖属性の魔法での回復はとっくに使うのを辞めている。
タニアの目算では先に倒れるのは、相手でなくてはおかしいからである。
「へへ……タニア、何か思いついたんだろ?」
息も絶え絶えになりながらも、レヴィは笑って相手を睨む。
「はぁ、結構な無茶を言うけどいいの?」
タニアだって、レヴィには負けられない。
二人は今戦うべき相手を、しっかりと見据える。
「違ぇだろタニア……私は何をしたらいい?」
「ふふっ、文句は受け付けないからね? レヴィ、全力で暴れて……その代わり……」
「よぉし! 任せとけ!」
レヴィは魔力を豪炎に変え、ふらつき痛む脚に力を込める。
この世界で最も信頼する相棒が、暴れていいと言ったのだ。
余力を残す意味はない。
文字通り、そのままの意味でレヴィは全力でギルフテッドへ向かっていく。
ここまで大人しくしていた相手が、いきなり襲いかかってくるのには流石のギルフテッドも一瞬驚きはしたけれど、すぐさま両手を広げレヴィの攻撃を受ける体勢をとった。
互いの傷は漏れなく共有されてしまう。
レヴィは不敵に笑って、拳に炎の魔力を集める。
そしてその勢いを一切殺すことなく、レヴィは身体ごと突っ込んだ。
ギルフテッドの背後の、魔力の籠った木々の壁目掛けて。
「燃えろぉぉぉぉぉぉ!」
レヴィは楽しそうに壁を殴って蹴って、その壁を燃やしていく。
木々が纏う魔力ごと。
本人は無自覚だろうけれど、その現象は普通ではない。
タニアだって、決してそうすることができると知っていたわけではない。
「お、おい! どういうつもり……ぐっ……」
苦しそうに胸を抑えるギルフテッド。
しかし、その苦しさはレヴィとタニアには共有されていない。
「レヴィ、いい調子! そのまま穴開けちゃってもいいよ」
「ははっ! じゃあそっちは任せるぞ!」
タニアもゆっくりと魔力を練り始める。
空間の気温がみるみる下がっていく。
「くそ……脳筋どもめ」
しかめ面で睨んでくるギルフテッドに、タニアは小さく微笑む。
「ごめんなさい。厄介な魔法でした……でもそれだけです」
「なんだと?」
「……炎と氷、どちらもあなたにとって相性が悪かったですね。あなたの正体がどうとか、あなたが今どこからこの場を観測しているのかとか、これで一気にわかりそうですね……【氷花天蓋】」
空間ごと凍るのと、レヴィが壁を焼き開くのは、ほぼ同時だった。
「ふぅー、タニアー? 生きてるかぁ?」
「もちろん……それよりこれでようやく出られたね」
「んで、そこに倒れてんのって……」
「うん、本体だろうね」
レヴィとタニアは、満身創痍となって自力で起き上がることもできそうにないギルフテッドの側まで寄っていく。
彼女らにとっては、これはまだ訓練の一環でしかない。
「おーい、大丈夫か? タニアに治してもらう?」
「ふざ……けるな。人間種なんかに負けてたまる、か」
「……」
レヴィはタニアに目配せして、彼女の傷を治すよう促す。
そして、しっかりとギルフテッドの目を見て、レヴィは口を開いた。
「あんたのことは全然知らないけどさ……あんたも私らと同じ人間種なんじゃないの?」
それは、触れてはいけないことだったのかもしれない。
ギルフテッドの瞳に恐怖の色が滲み、身体を震わせる。
「嫌ぁぁあっぁぁぁぁぁぁ!」
彼女の絶叫が、その場に響く。
レヴィとタニアは、エルフの罪を知るための鍵に触れてしまった。
途方もない時間を森の中で生きるエルフ、その彼らと変わりない魔法を操る人間種の少女ギルフテッド。
誰の思惑か、舞台に役者が揃い出す。
情報も、人物も。
歴史も、未来さえも。
次の舞台の幕は、誰が引くのやら。
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