第24話 "King of beasts and dragon's blood
69
君は一度でも本気になったことがあるかい?
70
タニアたちは、獣王国西地区の市民街を静かに歩いていた。
街並みは、中央区に比べて若干質素ではあるけれど、自然に囲まれた要塞のようなこの国において最もこの国らしい風景と言えるだろう。
古都と呼ぶに相応しい街並みは、賑やかでありつつ荘厳で、混雑しているように見えてその実、完璧に整理されている。
「じゃあ、手筈通りにタニアとチェルミーはあっちから探ってきて」
ルルーシュの合図で三人は二手に分かれ、タニアとチェルミーは西地区の端の方から、情報を探ることにした。
「チェルミー、この任務……どう思う?」
「……どう思うって、変ですよ。この十日間ずっとこうです。何かおかしなことがあれば報告してって言われてますけど、私たちには何が何だかって感じですよね……」
タニアもチェルミーも釈然としないまま、歩き続ける。
二人がそうなるのも仕方がない。
ルルーシュは、大まかな指示をするだけで、詳細な説明をしてくれていないのである。
当然、何かの狙いがあってのことだと思うのだけれど……そうあって欲しいところではあるけれど、実際に動く二人からすれば、もう少し目的や目星などくらいは教えておいて欲しいものである。
「実際、おかしなところって言われても特に見当たらないんだよね……。この十日間、レヴィは強くなってた。ミーシャさんに教えてもらえたんだろうなぁ……ずるい」
「タニアってば、レヴィには負けたくないんですね」
「そりゃそうだよ! 一回でも負けたりしたら、ずーっとそれをネタに煽ってくるに決まってるし……それに……」
タニアが何かを言いかけた時、路地の奥から小さな悲鳴が聞こえてきた。
「チェルミー! 行こう!」
「はいっ!」
二人は、迷うことなく路地へと足を踏み入れる。
途端に空気が重く、沈んでいく感覚に襲われる。
「何この魔力の澱み……」
「うぅ……気持ちが悪いです」
二人は不気味な魔力に当てられ、足が重たくなるけれど、それでも前に進む。
先ほどの悲鳴はこの先から聞こえてきたのだ。
彼女らが行かなければ、手遅れになるかもしれない。
「がぁぁあああ……イヤだぁあ……」
二人に視線の先、黒い塊が呻き声を上げる。
皮膚は黒く、所々が溶けているかのように
そして、顔の半分は獣人種のその面影が残っている。
「何これ……どういうこと?」
「タニアっ! 来ますっ!」
黒き塊のようなそれは、理性を失いかけているのか無防備なまま二人目掛けて突っ込んできた。
動きはそこまで速くはない。
しかし、触れられるのはまずいと、二人は同時に判断し、即座にそれの攻撃を躱した。
「このヒト、獣人の方ですよね? これも何かの魔法ですか?」
「わからない……でも、多分これだよ。ルルさんが探してる何かって」
「ええええぇぇ? こんなものをですか?」
二人は攻撃を避けながら、状況を分析していく。
先ほどの悲鳴、その場にいた黒い塊。
獣人の面影を残したそれが、本人の意思に反して自分たちを襲っているということ。
誰がどう見ても異変と判断するだろうけれど、二人はなかなか行動を起こせずにいた。
ギリギリ意識が残っているかもしれないそれを、殺すべきなのか。
「でも、このままじゃ……この方、どんどん黒い部分が増えていってるみたいですよ!」
「そうだね……でもこれは魔物とは違う……」
「ひとまず動きを抑えますっ! 【
チェルミーは黒き塊の動きを拘束するべく魔力を込めた唄を歌う。
黒き塊は動きを鈍化させられ、次第にその場から一歩も動くことができなくなった。
それに歌を聴く耳があるのかどうか怪しいけれど、チェルミーの魔法の効果があったということは、少なからず魔法は届いたということだ。
あとは、その隙にとどめを刺せばそれで終いである。
「……ふぅ、ごめんなさい」
タニアは自身の魔力で聖槍を創り出し、静かに構える。
しっかりと矛先を対象へと向ける。
そして、ゆっくりと目を閉じ、魔力を整える。
再びタニアが目を開くと同時、彼女は凄まじい速度でそれの懐まで入り込み、渾身の力で貫いた。
流麗かつ豪快な突き。
タニアの身体に最も染み込んだ動き。
聖槍は、それの心臓の位置を貫き、致命傷を与えていた。
ゆっくりと、黒い塊は崩れていく。
煤か灰かと見紛うほどに、細かな粒子となって風に消えていく。
「……はぁ、……はぁ」
「一体何だったんですかね?」
二人は不気味な現象の答えを何一つ得られないまま、その場に立ち尽くしていた。
「二人ともおつかれさま」
二人は真後ろから声をかけられた。
その瞬間まで、全く気付くことができなかったからか、二人は驚き、堪らず声から距離を取るため後ろに跳んだ。
「……何してんの?」
二人の視線の先には、ルルーシュがただ一人立っており、それを見て二人は同時に胸を撫で下ろす。
「ルルさん……どうしてここに?」
「ん? 二人の魔力を感知したから来たんだけど、うん。大当たりだった」
ルルーシュは満足げに頷いている。
しかし、その表情はどこか暗く、物憂げで、タニアだけがそれに気が付いていた。
「ルルさん、今の……何だったんですか?」
「……影堕ち、そう呼ばれてるけど、実態はわからなかった。でも、二人のお陰で少しわかったよ」
「かげおち……?」
タニアもチェルミーも、ルルーシュから続きの言葉を待つ。
「そ……影堕ち。正体不明の不気味な存在……だったんだけど。この国に来て色々繋がった。……その分すごく面倒くさいことになりそうで憂鬱なんだけどね」
ルルーシュは、パチンと指を鳴らした。
同時に、三人は世話になっている宿の部屋へと、一瞬で移動していた。
ルルーシュが移動するのが面倒な時に多用する瞬間転移の魔法である。
「はぁ……ここなら周りを気にせず話せる。うちもそこまで深く知ってるわけじゃないから、その辺は期待しないでね。影堕ちってのは、理性も品性も無理矢理削ぎ落とされた化け物……とされてたんだけど。初めてその存在が確認されたのが……二十年くらい前かな。それから世界のあらゆる場所で目撃されてたんだけど、何せ死んだらそのまま消えちゃうから、情報が少なくてね。ミーシャもずっとそれの正体を気にしてたんだけど、ようやく尻尾を掴めたよ……影堕ちは獣人種を素に生成されてる」
タニアもチェルミーも、ルルーシュが何を言っているのか正確にはわからない。
それもそのはず、二人は先ほど、生まれて初めて影堕ちと呼ばれるものと対峙したのだ。
ましてや、それが獣人種を素材としていると言われても、ピンとこない。
「さっき二人が会ったのは、成りたてだったし、完全に堕ちる前だったからね……よくやったね二人とも。……褒めたげる」
ルルーシュは、ほんの少しだけ微笑んだ。
彼女にしては珍しい、優しい笑顔だった。
ルルーシュは座敷に腰を下ろし、
「その影堕ちっていうのは、獣人種が素材になってるっていうのはわかったけど、でもどうして?」
タニアの疑問にルルーシュは鋭い視線で応える。
「……そう、それなんだよね。影堕ちの現象は自然発生しない。それだけはあり得ない。だってあれは……竜の血に対する拒絶反応だから」
「……え?」
ルルーシュは大きく溜め息を吐いた。
「こうして行動を共にしてるわけだし、ある程度はこっちも腹を割らないとね……ミーシャの狙いはまた別にありそうだけど、こっちはこっちでタニアもチェルミーも、うちが守ってあげる。今から話すのは、竜の血の呪いとその代償。うちの種族知ってる? 知らないよね……吸血鬼だよ。そう、元々は魔人種。でも今は竜人種として生きてる……半分はね」
タニアは首を傾げた。
それで彼女を責めることは些か可哀想である。
本来、人種とは生まれた時点で定められたものであり、それを変えることなどできはしないはずである。
しかし、ルルーシュははっきりといってのけたのだ。
元々魔人種であったと。
「竜の血っていうのはね、竜人種以外の体内に入れると、すごい速度で肉体を侵食していくんだけど、魔人種はその侵食に耐える器だった。ミーシャもそう……、身体に竜の血を入れて強引に身体を構築する全てを書き換えた。その恩恵が圧倒的な強さと、竜に匹敵する生命力。でも……全ての人種の中で獣人種だけは別だった。……例外なく……獣人種は竜の血を受け入れることができない。うちらは獣人種も保護するけど、彼らには竜の血を与えることは絶対にない。死ぬことがわかってるからね」
話の重さに、流石のタニアも顔が引き攣っている。
「でも、そこまでわかっていたのならどうしてわざわざ調べたんですか?」
「確証がなかった……影堕ちと竜の血を繋げる決定的な何かが足りなかったから。別にうちらはこの件を解決するつもりはないし、裏で糸引いてる誰かをどうこうしようってのも面倒……そもそもこれはミーシャの仕事だしね。一応はこれで報告できそうだけど、ここから先はミーシャの判断に任せよう。……だから二人も今日はもう休んでいいよ」
そう言ってルルーシュは寝転がって目を閉じてしまった。
気まずい沈黙が部屋を支配する。
「ど、どうしますか? 私たちとんでもないことに巻き込まれてません?」
「まぁ……それは結構今更な感じがするけどね……とりあえず外行かない? 空気吸いにさ」
二人はルルーシュを起こさないよう、静かに部屋を出た。
二人が出た後、ルルーシュはゆっくりと起き上がった。
「はぁ……面倒くさい。これじゃ本当に全滅しかねないね、ミーちゃん」
71
視点はレヴィに戻り、中央区。
レヴィはミーシャとダチュラと共に、赤旗軍本部に来ていた。
「お前らがこの国に来た理由ってのは教えてくれるんだろ?」
ダチュラは豪勢な椅子に腰掛け、部屋の入り口付近で立っている二人に対して問いかける。
もちろん、その問いにレヴィが答えられるわけもなく、ミーシャが口を開かない限りは、この沈黙が先に進むことはない。
しかし、ミーシャは先ほどから眉間に皺を寄せて唸るばかりで、一向に応える様子を見せない。
「おい、ミーシャ。鬱陶しい演技はやめろ! どうせもう大まかな算段は立ってんだろ? てめえが姿を現すのはそういう段階に入ってねえとあり得ねえからな。何を企んでやがる?」
「……」
「……チッ、じゃあ質問を変える。てめえらはこの国に害を及ぼしに来たのか?」
そう聞かれて、はいそうですと答える者などいないだろうと、レヴィは静かに心の中で返事をする。
「んー、まあそうかもな」
前言撤回、いた。
馬鹿正直に答える者も、この世の中にはいるらしい。
−−−−−−ダァン
ダチュラは拳で机を叩き割り、怒りに満ちた表情でミーシャを睨みつける。
「今何つったよぉ、あぁ?」
「……まあ、聞けって。この国をどうこうしようって腹積りなら、わざわざ入ってコソコソしねえよ。あたしらは別件つーか、まあ仕事で来てるだけ。ダチュラも知ってんじゃねえか? 影堕ち……見たことくらいあんだろ?」
ダチュラは疑いの目を変えることなく、拳を解き、話の仕切り直す。
「ああ、俺らが邪鬼っつってるやつのことだな。お前、何か知ってんのか?」
「……知ってる。でも、知ってんのはあの現象の仕組みだけだ。だから話せることは多くねえぞ?」
「原理はわかってんだな? ……まずはそれを話せ」
ミーシャはルルーシュと同様の説明をダチュラとレヴィにする。
ダチュラは驚いたり、歯噛みしたりと忙しかったけれど、レヴィの表情は曇ったままだった。
レヴィは、確かに覚えている。
自分の中に竜の面影があること、そしてジェーンが自分の心臓を狙っているということを。
「つまり……俺ら獣人だけが竜の血とやらに適性がなくて、身体にそれが入っちまうと、邪鬼……影堕ちってのになるってことか」
「そうそう、お利口だな化け猫ちゃん。だが、さっきも言った通り、あの現象のことは話せても、どうやってこの国のモンの体内にそれを入れてんのかはわかんねえ」
「……クソが。そんなもん決まってんだろうが。無差別に、そして爆発的な拡大力……飯か」
ミーシャの顔には、ダチュラの推測に驚いた様子はない。
彼女は初めから、そうであると考えていたのだろう。
不特定多数を一気に狙うのであれば、水や食事にその毒を混ぜ、少しずつじっくり根を張る。
「誰がそんなこと……」
なんとなく、口から出てきた言葉だった。
レヴィの口から出たその言葉に悪意はない。
しかし、その瞬間部屋の空気が一気に重くなった。
「てめえ……」
ダチュラの顔は、先ほどとは比べ物にならないほどの怒りで染まっていた。
「……え?」
レヴィの前に歩み寄るダチュラは、明らかな敵意をレヴィに向けている。
「おい、よせ。レヴィに当たっても仕方ねえだろうが」
「黙れ……」
レヴィとダチュラの間に、ミーシャが割って入る。
レヴィは自分の発言がどんな意味を持っていたのかはわからない。
しかし、明らかにそれのせいでこの状況は出来上がってしまっている。
そうであるならば、レヴィにできることは少なくとも全くないというわけではない。
「待って! ダチュラさん、私が言ったことがそんなに嫌な思いさせたなら謝るよ……でも、本当に悪気はなくて……こんなに元気な国なのに、そんな酷いことをする奴がいるのが腹立って……」
言葉を尽くす。
言うは易し行うは難し。
言葉で相手を説得すると言うこと、自身の思いを正確に伝えると言うことは非常に難しいことなのだ。
人種の壁、文化の壁、そして背負っている歴史の壁。
レヴィが今対峙しようとしているものは、《獣王国ザフメル》における最高戦力が一人、赤旗軍総大将ダチュラだけではない。
この獣人種たちが暮らす国がこれまでの歴史の中で負ってきた傷の全てである。
「ほら……落ち着けって。ダチュラ、お前が暴れたらあたしが止めるんだぞ? この辺りが更地になってもいいのか?」
「ふん……丸くなりやがって。まあいい、レヴィと言ったな。答えてやるよ、てめえの質問の答えは至って簡単だぜ?」
不機嫌そうに椅子に座り直したダチュラは、真っ直ぐとレヴィを見据えて口を開いた。
「こんな汚ねえやり方をすんのは、昔から人間種と決まってんだよ」
レヴィも少なからず予想はしていた。
コルトの村を襲った帝国の影、分岐した未来で見た勇者の言動。
それらが、レヴィの頭の中でずっと引っかかっていた。
「人間種が……でも、なんで? 獣人の皆は人間種と同盟を結んでたりして、仲良くしてたんじゃ……」
ダチュラは舌打ちをして、代わりにミーシャがレヴィに応えた。
「表面上はな、うまくやってるフリをしてんだよ。政治ってのは単純じゃねえ。あたしも策を張るのは好きじゃねえが、それを平気でやってくる奴らは、確かにいる……。しかも、そいつらの質が悪いところは、弱いことを自覚してるってことだ。弱い者は強い者に勝つために手段を選ばない、わかるか? 奴らは自分たちが弱いことを分かった上で、何をしてもいいと思ってやがる。勘違いすんなよ? 何も人間種全員がそうとは言わねえよ……、だが帝国はやってくるだろうなぁ……勇者もあそこにばっかり生まれてるみたいだしなぁ」
ミーシャの話は、頭では理解できていたと思う。
レヴィの仄かな疑念と、ミーシャの説明はそう遠く離れた推論ではない。
人間種が辿ってきた歴史と、獣人種が辿ってきた歴史は微妙に異なっているのかもしれない。
「回りくどい言い方してんじゃねえよ、いつからそんな腑抜けになったんだぁミーシャ! 俺らはいつでも戦えるっ! あの阿呆どもが喧嘩売ってくんなら、喜んでぶっ潰してやるよ」
「待て待て、今はそれどころじゃねえだろ」
「あぁ?」
「竜の血の出どころもわかんねえし、身体に入れちまった奴らの対応とか、やることだらけだろ」
ミーシャにしては至極真っ当なことを言っているような気がしなくもないけれど、彼女は大真面目に話しているようだ。
この事態は、いつものように気楽に構えられるものではないらしい。
「そんな悠長なこと言って後手に回れってんのか?」
「馬鹿が……もうこの国は攻撃されてるって言ってんだよ。ならまずは冷静に優先順位を決めろよな……お前、この国で偉い立場なんだろうが」
「……チッ」
ミーシャの言葉に、ダチュラは不貞腐れたように顔を背けた。
似たもの同士でも、生きてきた時間が違うのだろう。
潜ってきた修羅場の数が違うのだろう。
「ねえ、その影堕ちってのになったら、もう助けることはできないの?」
張り詰めた空気をレヴィの発言が破る。
「今の所無理だな……。だが、可能性はないわけじゃねえ。完全に堕ちちまったやつはどうしようもねえが、まだ意識があれば……」
「治せんのか?」
「今の所は無理だっつったろ? 竜の血の拒絶反応は獣人種にだけ見られるが、その理由もわかんねえし……」
「……おい、お前らついて来い」
ダチュラは立ち上がり、部屋の扉の方へ歩き出す。
レヴィもミーシャも黙ってその様子を見つめるけれど、ダチュラは暗い顔のまま睨むように二人の方を振り返った。
「……これは俺にゃ判断できねえ。姫様んとこ行く」
ダチュラはそれだけ言って、扉を開けて出て行ってしまった。
「ミーシャ、姫様って?」
「多分、この国の王女様だろうな……あいつが昔から世話してるって言ってたし」
二人も、ダチュラの後を追って部屋から出て、素直についていくことにした。
道中、三人とも口を開くことはなく、それぞれが頭の中でいろいろ考えているのだろう、その表情は三者三様で、これから待ち受けている王女との謁見で全ての方針が決まってしまうことを考慮しても、些か空気は重く沈んでいた。
数刻後、三人は中央区で最も華やかな建物の前に立っていた。
警備の数も尋常ではなく、外から見ただけでここが重要な場所であることがわかるほどだった。
「すっげぇ……、街の方も綺麗だったけど、ここはなんていうか圧があってとにかくすげえ!」
「はしゃぐなよ……レヴィ。下手したらこのままあたしらは捕らえられるかもしれねえんだぜ?」
「そう言う割には、ミーシャも笑ってるけど?」
「くはは、そりゃ今からこの国の頂点にいるお姫様と会うんだろ? 期待しちまうじゃねえか……どんだけ強えのかってよぉ」
「ミーシャってたまに戦闘狂だよね……」
ダチュラが先に入城し、二人はその後に続いた。
警備にあたる兵士たちが最敬礼をして、三人を迎えるけれど、そんな様子さえ、ミーシャには面白いのかもしれない。
この場に来てから、先ほどまでの重たい空気など忘れたかのように上機嫌である。
しかし、それはレヴィも同様で、生まれて初めて王族と呼ばれる人物に会うのだ、緊張もさることながら、高揚の方が勝っているようである。
三人は最上階の北側に位置する部屋の前で足を止めた。
「お前ら、姫様の前で無礼なことするんじゃねえぞ? 変な真似したら、すぐさま俺が噛み殺す」
「……はい」
「はいはい、さっさと開けろよ」
重く閉ざされた扉が、ゆっくりと開く。
部屋の中にレヴィたちが足を踏み入れた瞬間、レヴィは今までに感じたことのない暖かな空気を感じた。
まるで優しく包み込まれるような、そんな空気。
思わず、全てを委ねてしまいそうになる。
−−−−−−パァン
レヴィの真横から大きな拍手が一回鳴った。
ミーシャによるものだとすぐに気付いたレヴィだったけれど、それが意味することにはまだ気付いていないようである。
「随分な歓迎じゃねえかよ……精神干渉系の魔法なんて、それこそ獣人種の王女様が一発目にかましていい魔法じゃねえだろ」
ミーシャの視線を追って、レヴィも部屋の真ん中で三人を迎える人物に視線を向ける。
彼女はにこりと微笑み、全く悪びれる様子もなく、優しい眼差しでこちらを見ていた。
「失礼いたしました。何分ミーシャ様は圧倒的な力を有しているとお聞きしていましたから。ほんの少しだけ挨拶のようなものですよ……ふふ、しかしこうもあっさり看破されてしまうとは……自信をなくしてしまいそうですわ」
いつの間にか、ダチュラは王女のそばに控え、レヴィとミーシャと向き合うように立っている。
「お前ら、姫様の前だ。もう少し弁えろ」
レヴィは、思わず姿勢を正すけれど、ミーシャは動じることなく立ったまま。
「いいんですよ、ダチュラ。こちらのお二人は目的があってここにいらしたのでしょう? であればそれを済ませるのが最優先。しかもそれが我が国の存亡に関わりかねないことであれば尚のこと……違いますか?」
「……いえ、姫様のおっしゃる通りです」
強気なダチュラが、この場では借りてきた猫のように大人しくなっている。
その様子さえ、ミーシャは面白いのかニヤニヤと笑っている。
しかし、レヴィからしてみれば、このような腹の探り合いなど経験乏しく、何を話して良くて、何が話してはいけないことなのか全くわかっていないため、下手に口を開かないよう努めるので精一杯だった。
「自己紹介がまだでしたね、失礼いたしました。私は獣王国第二王女ロマ・ザフメリアと申します。親愛と友愛を込めてロマと呼んでください」
ロマは再び優しい笑顔を二人に向ける。
可憐で上品、レヴィは自分とは住んでいる世界が違うのだと痛感させられる。
「……」
「口が開いてんぞ、レヴィ。気ぃ抜くなよ? この王女様は見た目ほど優しくねえぞ?」
ミーシャは嬉しそうにロマへと視線を飛ばし、ロマもそれに笑顔で応える。
「おい、姫様が名乗ってんだ……お前らもさっさと名乗れ」
言われて、レヴィもミーシャも簡単に自己紹介を済ませる。
ミーシャは自身の所属や序列まで含めて、大雑把ではあるけれど、十分すぎるほどに情報を含ませて。
そしてレヴィは、肩書きや所属こそないけれど、出身地や扱う魔法だけでもと思い、できる限り丁寧に。
「ふむふむ、イルシオ村という場所は初めて聞きましたが、ミーシャ様に気に入られているということは、レヴィ様も大層お強いのでしょうね……羨ましい限りです」
ロマの微笑みが一瞬、憂いを帯びるけれど、幸い気付くものはいなかった。
「そろそろ本題に入ろうぜ……あたしもレヴィもここで世間話に花咲かせてる場合じゃねえんでな」
「おや、失礼いたしました……、久方ぶりの来客だったもので舞い上がってしまいました。恥ずかしいです……邪鬼、貴方たちは影堕ちと言うのでしたね。その影堕ちについての対策を講じるためにここへ来た……その認識でよろしいですか?」
「ああ、話が早くて助かるよ」
ダチュラは黙って立っている。
レヴィも、ここからは口を挟むべきではないと、ミーシャとロマの舌戦を見守っている。
「影堕ち……彼らは今の所、殺す以外に対処のしようがないとされていますが……違いますか?」
「いや、それは合ってる。あれはもう死んでるようなもんだし、治療も蘇生も大して意味はねえ。ああ成ったら、できるだけ早く処理すんのが最善だろうよ」
「おやまあ、ミーシャ様でもそう仰るのであれば、我が国としても備えようがありませんね……」
「なぁ、王女様よぉ。あんたどこまで視えてんだ?」
ミーシャの挑発するような問いに、ロマは仮面のような笑みで応じた。
レヴィはここに来て初めて、王女ロマを怖いと感じた。
腹の底が読めない、何を企んでいるのかわからない。
そんな不気味さを、ロマの笑みから感じ取ったのだ。
「そんなヒトを化け物のように言わないでください……これでもうら若き少女なんですよ? 私が知っているのは些細なことだけです。この国が置かれている状況、取るべき対応策、そしてこの国における命の優先順位くらいです。それでも、私一人でできることなどたかが知れていますから……ふふ、歯痒いですわね」
ロマとミーシャは表情は崩さないまま、視線をぶつけ合う。
《獣王国ザフメル》における、未来を選ぶ話し合いが、ここに始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます