第25話 "The inheritors of the nation's future"

72

 僕は何も悪くない。

 何も悪くないと言うことは、僕は正しいんだ。


73

 獣人種は本来、魔法戦を不得手とされている。

 身体強化系の魔法だけは常人以上に使いこなせるけれど、それだけで渡り合えるほど、世界は甘くはない。


 ルルーシュが使う大規模かつ強大な魔法やミコトの妖気による干渉、そういったものを相手にするとき、どうしても遅れをとってしまう。


 しかし、長い歴史の中で、獣人種たちは試行錯誤を重ね、強者に対抗すべく、その闘い方を見つけ出した。


 自身の魔力を完全に属性と同化させ、自身の身体ごとその属性へと変質させる。


 それは、文字や言葉で説明するよりも遥かに難易度の高い技術である。

 そしてそれだけではない。

 その技術は、強大な力を術者に与えると同時に、極めて危険であり、失敗すればそのまま死に至る可能性も孕んでいる。


「私たちは、数百年以上、次なる強さへと進むため研鑽を重ねて参りました。その技術を用いることで、彼らは竜以上の力を得ることさえ可能にしてくれました。獣人種の隆盛はこれからなのです」


 ロマの口調は、切実に獣人種たちの輝かしい未来を望んでいることが伝わるものだった。

 しかし、隣のダチュラの表情は暗いまま。

 その力を得るために、どれだけの者たちがその身を焦がしたのだろう。

 属性の特徴はそれぞれ異なり、それと完全に同化するとなると、その過酷さは想像に難くない。


く言う私も、その修行に明け暮れました。ここにいるダチュラの指導の元で毎日毎日、何年も。そしてその力を実際に手にした時、我々獣人たちの未来は明るいと思っていましたのに……。二進も三進もいかないものですね。しかし、レヴィ様、ミーシャ様……私たちは退きませんよ。獣人の誇りはこのような程度の低い策如きでねじ伏せられるものではございませんから」


 ロマは、再び笑顔をこちらに向ける。

 しかし、その笑顔とは裏腹に、彼女の怒りや悔しさが言葉の節々に宿っているようにも見えた。


 ミーシャは、黙ったまま気丈な王女様を見つめている。

 その隣で、レヴィは彼女の覚悟を見て、自分の中に確かな感情が芽生え始めていることを自覚する。


「あ、あの! ……私も手伝う! 私、この国ではあんまり受け入れてもらえないかもしんないけど、それでも私にできることは、なんだってやるから……王女様の好きに使ってくれ」


 レヴィの大きな声が、部屋に響く。

 ミーシャもダチュラも、そしてロマまでもが驚いて口を開けている。

 この場において最も未熟な者が、誰よりも声を大にして今回の件への参加を口にしたのだ。


 ロマやダチュラは自分たちの国に関わることなので覚悟も何もないけれど、レヴィのような者が、この国のために何だってやると啖呵を切って見せたのだ。

 ロマとダチュラは同時に笑い始めた。


「うふふ、ふふふ」

「にゃははっはっはっは!」


 一瞬、レヴィは自分があまりにも場違いなことを言ってしまったのかと赤面するけれど、ミーシャが優しく肩に手を置いて楽しそうな笑顔を向けてきた。


「いいねえ、やるじゃねえか。なぁ王女様よぉ、こいつは本心で言ってるぜ? 本気でこの国のために動こうとしてやがる……くはは。どうだい? まともな策はねえし、既に大分後手に回っちまってはいるが、あんた……あたしらを使ってみるかい?」


 ロマもダチュラも、レヴィが嘘を言っているとは思っていない。

 それ以上に、嬉しかったのかもしれない。


「うふふ、レヴィ様……ありがとうございます。その気持ちはとても嬉しいです。しかし、そのやる気は今はまだ大事にとっておいてください。それを使う時はきっと来ますから。ミーシャ様も……提案は心より嬉しく思います。ですが、わかってくださいますよね? これは私たち獣人が売られた喧嘩でございます。丁重にお応えするのが筋というものでしょう」

「そうかい……じゃあこっちはこっちで勝手に動くけどいいよな?」

「ふふっ、私の首輪が欲しいのでしたらお付けいたしますよ?」

「くはは、あんた……ロマだったな。今の顔の方がいいねぇ、そっちならあたしも好きになれそうだ」


 ミーシャはいつものように不敵に笑い、ロマもそれに負けず劣らず余裕の笑みで応じている。


「あらまあ、あのミーシャ様にそう言ってもらえて、今日は嬉しいことがたくさんですわね……では、瑣末な厄介ごとは早急に片付けましょうか。……ダチュラ、全軍に伝えて。これより我ら獣王国は戦時体制へと移行いたします。細かい指示はお兄様と話し合いの後、追って伝達します」


 ダチュラはロマの指令に素直に従い、すぐさま部屋を出ていった。


 部屋には、ロマとミーシャ、そしてレヴィだけが残っている。

 ミーシャはロマを視線で捉えたまま、微動だにしない。

 まるで、まだ話は終わっていないとでも言いたいかのように。


「えっと、ミーシャ? 私たちももう出たほうがいいんじゃない?」

「……」


 レヴィの頭では、この状況で正しい言動を選べる自信がない。

 ましてや、一国の一大事であり王女様まで出張ってきている。

 

 ミーシャもロマも黙ったまま、睨み合うように対峙し続ける。

 先に口を開いたのはロマの方だった。


「それでは、もう少し踏み込んだ話をしましょうか」

「くっくっく、怖えな……あんた」


 舌戦、その言葉さえ甘い表現だったかもしれない。

 互いに声を荒げるようなことはないだろうけれど、静かに繰り広げられる探り合いは、レヴィからしてみれば胃が痛くなりそうなほどに居心地の悪いものだった。


「ふふ……ミーシャ様はもっと先まで見据えていらっしゃるんでしょう? この場にダチュラがいては話の腰を折られかねませんから。今は我々だけです……胸襟を開いたお話が聞けると信じておりますよ?」

「食えない王女様だねえ……これは質問されてんのか? それとも尋問か?」

「非公式の場での話し合いですよ? そんなに身構えずとも、私は今この場であればつい口が滑ってしまうこともあるでしょう……ね?」

「くはは、いいぜ……あたしの負けだな。何が聞きたい?」


 ロマはレヴィとミーシャにそれぞれ席を用意し、三人で向かい合うように座った。


「レヴィ様はこの国をどう思いますか?」


 座るとすぐに、ロマの質問がレヴィに飛んできた。

 てっきりミーシャと話し合うと思って油断していたレヴィは、一瞬気の抜けた顔になるけれど、王女様の目の前であることを思い出したらしい、質問に応えるべく、頭を捻り始めた。


「この国は、どこ見ても元気があって華やかで、私はすごく好きだな……って思い、ました」

「それは重畳です。彼らは皆、明日が来ることを疑っていません。当たり前に未来が存在すると思っています。それはこんな不安定な世界の中で、日常という名の平穏を手にしたからです。だからこそ、私は……この国の未来を守る義務があるのですよ。王族に名を連ねる者として、この国のために己が全てを賭ける覚悟はできております。そして、この国に害なす者は決して許しません……」


 ロマの目が、獰猛な獣のそれを想像させるほどに鋭く光る。


「ですから、ミーシャ様とレヴィ様には残っていただきました。私の予想では六割程度、既に侵攻を許してしまっているのでしょうね……報告に上がってきたものも含めて推察を進めるとするのであれば、敵はおおよその準備を終えようとしていると考えられます。そこで、お二人とには、我が国と影堕ちの黒幕との間に入らないでいただきたい」


 強い意志を感じるその言葉に、レヴィは息を呑むけれど、同時に違和感を抱いた。


「どうして、そんなに私たちの介入を嫌がる……んですか?」

「レヴィ、言いたいことはわかるがよ……そこは汲んでやろうぜ? 一国の王女様がこうして真っ直ぐ言葉をぶつけてくれてんだ……その意気はちゃんと評価しねえとな」


 レヴィが抱いた違和感の正体に、ミーシャはいち早く気が付き、すぐに手を打ってきた。

 この会話は、ロマが言うように確かに非公式ではあるけれど、国の指揮に携わる者と世界屈指の戦闘力を有する者が向き合って行われているのだ。

 気まぐれに仲違いでもしようものなら、その場で戦争案件になってしまう可能性だってあるのだ。

 会話の流れや主導権の扱いは慎重にならなければならない。


「先ほども申しました通り、これは我々が受けた侵略です。我々が返さずして、誇りも何もないでしょう? 様子を見る限り、この件が片付けばミーシャ様にとっても十分益のあることになるかと思いますし。ただ、私個人としては……お二人含めお仲間の皆様には、一つ頼みたいことがあるんです」

「……へぇ、頼みねえ」


 ロマは表情を変えない。

 為政者としての技術だろうけれど、レヴィにとってそれは、何を考えているのかわからない不気味さを演出しており、警戒するほかない。

 そしてそれは、ミーシャも少なからず同様で、簡単に話を飲みこむつもりはないようだ。


「はい……私の見立てでは、この国は一度壊滅に近い状況に追い込まれます。もちろん、手を抜くつもりは毛頭ありませんが……もし本当に竜の血なるものがこの国の水や食事に仕込まれていたとしたら、その拡散範囲は王族である我々にまで届いているかもしれません。所詮、私とて歯車の一つに過ぎません。簡単に替えの効く部品……しかし、この国に住まう者たちは紛れもなくこの国の宝なのです。みすみす渡すつもりはありません」

「だからこそ、あたしらに頼りてえんだろ? あんたにとって替えの効かねえ部品ってのが、今のあたしらってことだ。だがよぉ、王女様わかってんだよな? あたしもレヴィもできることは限られてんぜ?」

「……もちろん、承知の上ですよ。貴方たちだからこそ、この盤上で輝きます」

「くっくっく……やっとあんたの腹の中が見えた気がしてきたぜ」


 レヴィはこの状況をどう見ているのだろうか。

 為政者であるロマの主張は、レヴィには難し過ぎて、全てを理解するのは困難かもしれないけれど、必死でその言葉を追いかける。

 何が正しいのかを決めるのは、レヴィではない。

 しかし、この場にいる以上、知らぬ顔はできない。

 もう彼女は、この国の者たちと関わってしまっているのだ。


「王女様……私たちは何をしたらいいんですか?」

「くはは、レヴィはまだまだだなぁ。その答えはもう言ってくれたぜ?」

「……え?」

「この王女様があたしらに頼むことは一つしかねえ。そうだよな?」


 ミーシャが挑発するような笑みをロマに向ける。

 レヴィは、頭の上にハテナを浮かべつつ、二人の様子を見守る。


 しばしの沈黙の後、ロマは諦めたかのように溜め息を吐いた。


「えぇ、その通りです」

「何が何だかわかってねえ、うちのレヴィのためにもちゃんと口にしてやってくれよ。後で色々難癖つけられても困るしなぁ……」

「見かけに依らず意地悪な方ですね。わかりました、レヴィ様……一度しか言いませんよ? このようなこと、そう何度も口にしたくはありませんし」


 ロマとミーシャの視線がレヴィに集まる。


「……はい」




「もし、この国が立て直すことが困難なほどに劣勢になってしまった時は、貴方たちの手でこの国を終わらせてください」




 ミーシャは小さく笑い、レヴィは絶句した。

 国を終わらせる、ロマはそう言ったが、それはつまりこの国の者たちを殺せと言うことである。

 極論ではあるけれど、国を終わらせるとなれば、少なからず血は流れるものである。


 そして、その判断を、その決断をこの国の指揮を握る者が下したのだ。

 この国に所属する者には、その一切を告げぬまま。


 レヴィとミーシャは会談を終え、再び街を歩いていた。

 レヴィは、納得できないのか悔しそうに俯いたままだった。


「そう下ばかり見ても、状況は変わんねえぞ?」

「……」


 ミーシャはこうなることがわかっていたのか、ロマがそう言った瞬間も動じることはなかった。

 それに比べて、レヴィは狼狽えたり感情を抑えられなかったりと、振り回されてばかりだった。


 そして、今レヴィたちとすれ違っていく者たちは、ダチュラが伝令を飛ばし、戦時体制をとっているとはいえ、その顔に不安や怯えは見えない。

 その事実が、レヴィの胸をさらに締めつける。


「……レヴィ、ちょっと来い」


 ミーシャはレヴィの肩に手を乗せ、誰の目にも止まらぬ速さでその場から消えるように移動してみせた。


−−−−−−ドサッ


「痛っ……あれ? ここは?」

「国の外だよ。安心しな、ここなら好きなだけ叫んでもいいぞ? 消音の結界も張ったし、お前の中にあるもん、全部出してみな」


 二人がいるのは、《獣王国ザフメル》を一望できる崖の上。

 一瞬でこの場に移動してみせたことには、当然驚いたけれど、それよりもこうしてレヴィの心境に寄り添うようなミーシャの言動の方が、レヴィにとっては意外だった。


 ここまで、とことん置いてけぼりを喰らっていたのだ。

 この先も、流されるままについていくしかないと思っていた。

 しかし、ミーシャはそうはせず、時間を作ってくれた。


「……あの国を滅ぼすの?」

「さあな。王女様が言ってたのは、最後の切り札みてえなもんだろうよ」

「でも、ダチュラさんも他のヒトたちも、そんなこと知らないままなんだよね?」

「知らねえ方がいいこともあんだろ」

「……私は嫌だよ」

「甘えたこと言ってんじゃねえよ、ガキじゃねえんだから」


 駄々をこねるようなレヴィを、ミーシャは笑わなかった。


「でも! なんで? あの国は攻撃されてるんだろ? 手伝うのはダメで、国を滅ぼすのはいいのかよ! ……意味がわかんないって」

「……」

「なぁ! ミーシャは強いし、ルルさんだって強いよね? こうなることも予想できてたんでしょ? どうにかならないのかよ!」

「……」

「私は頭が良くないから、わかんないことばかりだけどさ……間違ってるだろ! あの国のヒトたちが何したって言うんだよ……」


 レヴィは、どうして自分がここまで感情を抑えられないのか、理由はわからない。

 

 もしかしたら、自分の身体に流れているかもしれない竜の血が、いつか誰かを傷付けてしまうかもしれない。

 もしかしたら、そう遠くない未来で、自分の目の前で影堕ちに成りかけている誰かを殺さなければならないことを恐れているのかもしれない。


 何が理由であれ、一度堰を切ったように開いた口は止まらない。


「私はこんなことをするためにあんたらについてきた訳じゃない!」

「……」

「なんかないのかよ……この国を救う手は。ミーシャ……あんた強いんだろ? 私なんかより、もっといろんなことが見えてて、もっといろんな選択ができるはずだろ!」


 八つ当たりでしかないことは、レヴィにもわかっている。

 しかし、どうにもできないのだ。

 この感情はレヴィの心を蝕んで、言葉を荒げることでようやく保っている状態なのだ。


「レヴィ……お前の言いたいことはわかる……さっきも言ったがな。だが、現状どこまで竜の血が浸透してんのかわからねえし、その覚醒がいつ始まんのかも見えてこねえ。確かに、あたしは影堕ちを調べるためにこの国に来たけどよ……それはあの国を助けるためじゃねえ」

「目の前で苦しんでるヒトたちを見ても、同じこと言えんのかよ……」

「ああ、言えるね。あたしらは正義の味方じゃねえし、英雄や勇者でもねえんだ。この世界で最も嫌われてる竜人だぜ? だが……悪人にも通すべき筋ってのは、まああるよな」

「……筋?」

「あぁ、ああやって王女様が面と向かって頼んだんだ。その頼みはしっかり聞いてやんねえとな」


 レヴィは堪らず、ミーシャに掴みかかった。

 力の限り、怒りに身を任せて。


「ふざけんなよ! あの王女様が言ったのは、手遅れになった時はあの国を滅ぼせって意味なんだろ? それを引き受けたら、私らはあの国に戦争を仕掛けるってことになるんだろ?」

「よくわかってんじゃねえか」

「私は! モダンジークの街で、たくさんヒトが死んだのを見た! 今は生きてるけど、私の選択で、いっぱい死なせてしまったんだよ……。逃げたくなるような敵意も向けられてきた……そんなことにタニアやチェルミーをまた巻き込めるかよ!」


 ミーシャの胸倉を掴んでいるレヴィの手が、ガシッと掴み返される。

 鋭い痛みがレヴィの左手に走るけれど、レヴィも引けない。


 ミーシャは、冷たい目でレヴィを見る。


「嫌だろうがなんだろうが、お前には参加してもらう。異論反論質問は一切受け付けねえ。いいか? そこまで考える頭があんなら、もう少し視野を広げろ。あの国が攻撃されて、一番悔しいのは誰だ。あの国にいる連中が殺されて一番はらわたが煮え繰り返ってんのは誰だ? あたしか? お前か? 違えよな……そいつが他でもねえあたしらに言ったんだぞ? そこにどんな思いがのしかかってんのか汲んでやれよ」

「……」

「レヴィ、何度も言ってやる。お前の言いたいことはわかる。あたしだって何も知らねえ頃なら、そう言ってたろうよ。だがな……世界はそんなに優しくねえし、敵は待ってくれねえ。こうしてゴタついてる間にも、また誰かの口に竜の血が入っちまってるかもしれねえ。状況は最悪だが、泣き言言わず戦おうとしてる奴らが、あの国には呆れるほどいやがる。くっくっく、立派なことじゃねえかよ」

「……ミーシャは、あの国のヒトたちを殺せるの? それが正しいと思える?」


 ミーシャは、掴んでいたレヴィの腕から手を離し、ゆっくりとレヴィの頭に手を載せる。

 優しく撫でるように。


「正しいことだけ選べる奴なんてこの世に一人も居ねえよ。それに、この世界には白黒はっきりできねえことの方が圧倒的に多いんだからよ。ったく、嫌になるよなぁ。でも、そんな世界に生きてんのは変えらんねえ訳で……だから精一杯足掻き続けな」


 ミーシャはここで、ようやくレヴィに笑顔を見せた。

 不敵でも挑発するようなものでもなく、まるで手のかかる妹を可愛がる姉のような、そんな笑顔だった。


 レヴィは、掴んでいたミーシャの胸倉から力無く手を離した。


 レヴィの目には、うっすらと涙が浮かんでいる。

 ミーシャはその涙を優しく拭い、もう一度微笑んだ。


「……ごめん、ミーシャ。……八つ当たりした」

「くはは、自覚あったんならいい。納得しろなんて言わねえが、あの国で戦おうとしてる連中から目を背けないでやれ。連中の言う誇りとやらを、お前がしっかり覚えてやってくれ」


 レヴィは、ミーシャの言葉に頷いた。

 何度も、何度でも。


 もちろん、レヴィが全てを理解できている訳ではないけれど、それでも腹は括ることができた。

 ロマの言う、国が劣勢になった時、彼らと戦う覚悟はまだできてはいないかもしれない。

 しかし、現状に文句だけ並べて、駄々をこねるのはもう辞めたのだろう。

 レヴィの瞳に、光が戻る。


 直後、ミーシャが張った結界に亀裂が入る。

 思わずレヴィは身構えたけれど、そこに立っていたのはルルーシュとタニア、そしてチェルミーだった。


「おう、悪かったな……色々話すことができちまった」

「ん、それはこっちもだからちょうどいい」


 ミーシャはもう一度結界を張り直し、今度は五人で話し合いを始める。


 タニアたちが出会った影落ちのこと。

 ルルーシュが探っていた情報のこと。

 レヴィたちがロマとした話のこと。

 

 集まった情報は決して十分ではないけれど、これからの動きを話し合うには足りていた。


「この国に竜の血を流したのは、スランドって国の連中だったよ。人間種至上主義の帝国に従う国だね。多分だけど、帝国の指示で動いてるだろうね……あの程度の国が、竜の血を手にできるとは思えないし……」


 ルルーシュが、この国に潜む悪意の正体を推測する。


「スランドっつったらまだ新しい国だよな? そいつらがここを攻撃する理由はねえだろうし、こりゃ帝国が一枚噛んでると思った方が良さそうだな。ルル、ダチュラのとこ行って、食物管理の話を聞いてきてくれ」

「……はーい」

「タニアとチェルミーはレヴィと三人で、西区で異変を探せ。怪しい人間種がいたら、とりあえず捕まえろ」

「わかった」

「あたしは、もうちょっと調べたいことができた。中央区で探りを入れてくるから、何かあったら全力で魔法をぶちかませ、すぐに駆けつけてやる」


 ミーシャはそれぞれの行動を指示して、すぐに中央区へと戻っていった。


 ルルーシュは大きな欠伸をして、ゆっくりと三人の方へ向き直した。


「多分、これからうちらはすっごく面倒なことに巻き込まれるから、いつでも戦えるように準備だけはしといてね。敵わないと思ったらすぐに逃げていいから」


 それだけ言って、ルルーシュも姿を消してしまった。


 時刻は、夕暮れ。

 久方ぶりに、三人だけになった。


「なんかこの三人で行動すんの久しぶりだよな」

「うん、なんか変な感じだね」

「えと、ええっと……さっき聞いた感じだと、私たち最悪の場合、あの国と戦争するとか言ってましたよね?」

「ああ、そうならないように私らにできることはまだあるはずだし、私だってそんなのは嫌だよ」

「モダンジークを離れたと思ったら、今度は獣王国で……なんかどんどんとんでもない方向に行ってる気がするんだけど……」

「いやいやいやいやいやいやいやいやいや! なんでそんなに落ち着いてるんですか?」


 やはりというか、この三人が揃うとそれなりに騒がしくなってしまう。

 既に、ミーシャの消音の結界は消えており、周囲に誰もいないことが何よりも幸いだったけれど、三人が話す内容は、決してこんな場所で大声でするものではない。


 しかし、三人が揃ったことで、少なからず三人の心には余裕が生まれたかもしれない。

 先程まで悲壮感が滲んでいたレヴィの顔にも、笑顔が戻っている。


 夜が来て、長い一日がもうすぐ終わろうとしている。

 

 レヴィたちはゆっくりと崖を降りていき、西区の街並みを歩いていく。

 三人の遥か後方、一つの人影がその後をつけているけれど、それに三人が気付くことはない。


 完全に魔力を抑え、物音さえ立てずに尾行しているその影は、その場にいる獣人種たちの目さえ完全に欺いている。


 レヴィたちは、そのまま宿へ入っていってしまった。


 《旅店・蹂躙》、三人は宿に入ると、部屋で束の間の休息に身体を委ねる。


「はぁーなんか今日はめちゃくちゃ頭使った……」

「そっちはそっちで大変だったんだね……王女様とも会ったんでしょ?」

「レ、レヴィがそんなに疲れてるところは、初めて見ました……」

「国を担うってすげえんだな……ミーシャも王女様も、頭のいいヒトの会話って感じで怖かったなぁ」

「ふふふ、レヴィは身体を動かすほうが好きだもんね」

「レヴィが頭脳労働しちゃったら、頭ごと木っ端微塵に爆散しちゃいますよ」

「はぁ? チェルミー? 今のは馬鹿にしただろぉ? おらぁー! 逃げんなぁ!」


 賑やかに笑い合う三人。

 それぞれが胸の中で抱えたままの不安は一旦仕舞って、この瞬間を乱さないように。

 それが、優しさと呼べるものかはわからないけれど。


 《獣王国ザフメル》の崩壊まで、残り四日。

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