第2話

  ◇



「ただいま」

「お邪魔しまーす」

 俺は家に帰った。件の女子生徒も、当然のようについて来た。

「おかえりー。……あら、その子、誰?」

 すると、母さんが出迎えてきた。当たり前だが、隣の女子生徒について尋ねてきた。

「彼女でーす!」

「あら、あんたにも遂に彼女が出来たのね! やるじゃない!」

 俺より先に口を開いた女子生徒が勝手なことを言い、それを聞いた母さんが嬉しそうに反応する。

「後であんたの部屋にお菓子とジュース持っていくわね」

 母さんは俺の話を聞くことなく、キッチンに引っ込んだ。相変わらずそそっかしいというか……。

「お母さん、優しそうな人だね」

「少なくとも毒親ではないな」

 母さんは完璧超人ではないにしても、少なくとも親としてはまともな部類だ。親ガチャ、なんて言葉があるが、それで言えば最低でもSSRくらいはあるだろう。

「そっか……とりあえず、お部屋どこ?」

「……こっちだ」

 こいつを部屋に連れて行くのは抵抗があるが、追い返しても無駄だろうから観念して連れて行く。

「……ここが、男の子の部屋なんだ」

 俺の部屋を見回して、女子生徒がそんな呟きを漏らした。そんなに散らかってはいないはずだが……。

「ピカモンのグッズが多いね。あ、これピカモンカード?」

 女子生徒は机を覗き込んで、感想を口にする。

「なんか文句あるか?」

「文句なんてないけど……好きなの? ピカモン」

「まあ、人並みには」

 ピカモンは、正式名称「ピカットモンスター」といい、様々な生物を捕獲して戦わせるゲームだ。ゲーム本編だけでなく、アニメやグッズ、カードゲームなどの様々な分野に展開している。ピカモンに関してはゲーム本編は全シリーズやり込んでいるし、グッズも程々に集めてるし、ピカモンカードもやってるし、ファンを名乗っていいだろう。

「ピカモンカードって、誰とやってるの?」

「ショップで大会があるから、そこでだな」

 ピカモンカードはゲーム本編と違って一人では出来ないが、ショップ大会に出れば対戦相手に不自由することはない。小さな休日大会程度しか出ないが、趣味なんてそんなもんだろう。

「趣味もあるのに、死のうとしたの?」

「それ、関係あるか?」

 女子生徒の質問に、俺は逆に疑問を覚えた。趣味の有無と自殺する理由に何の因果関係が……?

「でも、趣味があるってことは人生楽しんでるってことじゃないの?」

「人生を楽しんでるんじゃない。趣味を楽しんでるんだ」

「一緒じゃないの?」

「違うだろ」

 女子生徒は「趣味がある=人生楽しい」と考えてるみたいだが、それは違う。趣味が楽しいことと、人生が楽しいことは同じじゃない。そこを履き違えている。

「でも、ピカモンって確か、明日新作が出るんじゃなかったっけ?」

「ああ」

「楽しみじゃないの?」

「楽しみだとも。予約もした」

 今はダウンロード販売もあるからわざわざ予約する必要もないんだが、予約特典が欲しかったからROMを買うことにしたんだ。予約が開始してすぐに予約した。

「明日、楽しみにしてたゲームが発売するのに、わざわざ予約までしてたのに、どうして自殺しようとしたの?」

「さっきから、何か勘違いしてないか?」

 女子生徒の思い違いからくる質問がいい加減鬱陶しくなって、俺は少し語気を強めてこう言う。

「明日に楽しみが控えてることは、今日首を吊らない理由にならないだろ。死にたいのは今日なんだから」

 例え約束された楽しみが明日起こるとしても、それは明日の話だ。今日の俺には関係ないことである。

「でも、明日まで待てば……」

「お前は死ぬほど苦しんでる人間に、死にたいほど思いつめてる人間に、明日になれば楽になるからそのまま苦しめと言えるタイプか?」

「……」

 俺の突っ込みに、女子生徒は黙った。

「それに、明日は楽しいかもしれないが、明後日は? その次は? 来週、来月、来年……その先はどうだ? 明日発売のゲームが、そんな先の未来まで保証してくれるのか?」

 確定しているのは、あくまで楽しみにしているゲームが明日発売するということだけだ。そのゲームが必ず面白いという保証はないし、面白くても精々数か月もすれば飽きるだろう。その先に他の生きる理由が待っている保証もない。……いや、そもそも生きる理由の有無すら関係ない。死にたい理由があれば、生きる理由があろうと人は死ねる。

「そもそも、仮に毎日楽しいことが確定していても関係ないだろ。……俺は、生きる苦しみから解放されたいだけなんだ」

 生きてることは苦痛だ。生きていれば腹が減るし、腹が減ったら飯を食わなければならない。夜になれば眠くなるし、眠れば目が覚める。歩けば疲れるし、最早心臓を鼓動させるだけで辛い。これらの苦痛から解放されるには、死ぬしか方法がない。

「……そっか。そういうことか」

 俺の言葉に、女子生徒は静かに頷いた。……ようやく理解してくれたか。こいつが何をしようと、俺は絶対に折れないと。

「やっぱり、彼女になるだけじゃあ、駄目だね。一生を添い遂げるくらいしないと」

「……は?」

 だが、女子生徒はこちらの予想の斜め上を行く発言をした。

「あなたに生きる理由がないなら、私が無理矢理にでも生きる理由を作る。死にたい理由があるなら、私が全力で潰す。それくらいしないと、あなたは生きようとしないってことでしょ? だったら、あなたを死なせないことが私の生きる意味だよ」

「……マジで言ってるのか?」

 あまりにもぶっ飛んだ言動に、俺は正気を疑うが、女子生徒の目は完全にキマっていた。伊達や酔狂で言っているわけではないようだな……。

「私が傍にいないとあなたは死ぬんでしょ? だったら、私が一生一緒にいて、絶対に阻止する」

「なんでそこまでするんだよ? 会ったばかりの相手だぞ?」

 一体、何がこいつをここまで駆り立てるのだろうか。そこまで躍起になるほどの付き合いもないし、マジで何故そういう思考になるのか分からない。

「目の前で誰かが死のうとしてたら全力で止める。それだけだよ」

「いや、それにしたって一生添い遂げるって……誰に対してもそんなこと言うつもりか?」

「あなたがもうちょっと素直だったらここまで言わなくて良かったけど、強情だから仕方ないよ」

 目の前で死のうとしてる奴を止めるためだけに、自分の一生を使う。どう考えてもまともな考えじゃない。……自分が正常だとは思ってないが、こいつも大概異常者だ。

「死のうとしてる奴なんて、世界中にいくらでもいるだろ? なんで俺なんだよ? 目の前にいるからってだけの理由か?」

「そうだよ。……私だって、世界中の誰にも死んで欲しくないと思ってる。でも、私の手は世界中の人を救えるほど大きくないから。だから、自分の手が届く範囲だけは、絶対に助ける。それが、あなただったってだけだよ」

 まるで菩薩か救世主みたいなことを言い出した女子生徒。そんな彼女も、世界中の人々を救うなんて壮大なことは出来ないと、自分の限界を理解している。だからこそ、自分の限界の範囲でそれを実行する。そして、その範囲にたまたま入ってしまったのが俺、というわけか……。

「俺が言うのもあれだが、お前、大分イカれてるな」

「かもね」

 ここまで来たらこいつは絶対に諦めないだろう。それが分かってしまっただけに、俺は負け惜しみのようにこいつを貶すことしか出来ない。そして、女子生徒は堪えた様子もなく、あっさりと頷くのだった。……ほんと、厄介な女に目をつけられたものだ。

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