首を吊ったら彼女が出来た。首は吊り得

マウンテンゴリラのマオ(MTGのマオ)

第1話

「そうだ、首を吊ろう」

 俺はある日、そう思い至った。人生はクソだし、生きてるだけで苦痛しかない。こんな人生はさっさと終わらせたほうがいいだろう。

「こんなもんか……」

 俺はホームセンターでロープを購入すると、学校の中庭で準備を整えた。この中庭には屋根付きの休憩スペースがあり、その屋根の梁がロープを吊るすのに丁度良いのだ。椅子も備え付けてあるので、踏み台を用意する必要もない。梁からロープを垂らし、椅子の上に立った状態で、ロープもう片方を自分の首に巻き付けて縛る。長さの調整に多少手間取ったものの、どうにかいい感じになった。ロープは俺の首までぎりぎりの長さしかないので、このまま乗っている椅子を蹴り飛ばせば、自重でロープが首を縛り上げ、頸動脈を圧迫して死ねるだろう。

「ちょっと! 何やってるの!?」

 さて後は椅子を蹴り飛ばすだけだと思ったら、誰かの大声が聞こえてきた。……まあいいか。このままさっさと死んでしまおう。

「止めて! 危ないから!」

 と思ったら、誰かに足を掴まれた。足というか、下半身全体を、だ。

「離せ」

「離したら死んじゃうでしょ!」

「死にたいんだが?」

 掴まれているというよりは、抱き着かれているのか、足を動かすのは難しかった。無理矢理動かすことも不可能ではないが……相手を蹴り飛ばさないといけないな。

「駄目だよ! いいからロープ外して!」

 とはいえ、相手はかなり一生懸命な様子だし、ここで自殺を強行しても助けを呼ばれるなどしたら面倒だ。一旦ここは諦めるしかないか……。



「もう! なんであんなことしたの!?」

 ロープを外して椅子から降りた後、俺は自殺の邪魔をしたお節介な奴に叱られていた。同じ学校の制服を身に纏った女子生徒だ。知らない顔だが、リボンの色から同学年なのは間違いないだろう。

「首を吊る理由なんて自殺するため以外あるのか?」

「だから! なんで死のうとするの!?」

「死にたいからだが?」

 死にたくないのに自殺を図る奴はいないだろうに。何故そんな簡単なことに思い至らないのか。

「何か辛いことでもあったの?  話なら聞くよ?」

 さっきまでの語気の強さから一転して、女子生徒は同情するような表情で尋ねてきた。

「別に何もないが」

「何もないのに死のうとしたの……?」

「強いて言うなら、生きてること自体が苦痛だから、だな」

 生きるとは苦痛だ。飯を食わないといけないし、疲れるし、面倒ごとは避けられない。こいつみたいな面倒臭い人間と接する必要もある。デメリットしかない。

「でも、死んだら後悔するよ?」

「どうやって?」

「……え?」

 女子生徒の説得に問い返したら、面を食らった様子で呆けられた。

「後悔って言葉は、後に悔いるって書く。だから、死んで後悔するのは死んだ後だろ。死んだ後にどうやって後悔するんだ?」

「どうやってって……」

「まさかとは思うが、幽霊とか天国とか異世界転生とか、本気で信じてるタイプか?」

 死んだら意識が消える。完全な無だ。その状態で後悔するのは不可能だろう。後悔するには、それこそ幽霊にでもなるか、あの世とやらに行くか、記憶を引き継いで転生するしかない。だが、そんなものが本当に存在するとは思えない。

「でも、あるかもしれないじゃん。天国とか」

「かもしれんが、少なくとも証明は出来ないだろ。証明出来ないならないも同然だ」

「じゃあ、もしあったらどうするの?」

「その時考える」

 そんな非科学的な話を信じるつもりはないが、科学も万能ではないことは承知している。可能性というだけなら、確かにあの世もあるかもしれない。だが、現状では可能性が低いという他ない以上、それで死を躊躇うなんてことにはならないだろう。もしあの世が本当にあったら、その時後悔すればいいだけの話だ。

「もう……そんなこと言うなら、私にも考えがあるよ」

 埒が明かないと思ったのか、女子生徒は腰に手を当ててこう言い始めた。

「私が、君の彼女になってあげる!」

「いや、ならんでいいが」

「なんで!? 男の子って、彼女が欲しいものじゃないの!?」

 どや顔で言ってきた女子生徒を一蹴すると、彼女は驚きと困惑が入り混じった反応をした。

「俺は別に彼女が欲しいとか思ってない。というか、そもそも脈絡がなさすぎるだろ」

「そんなことないよ! 私みたいな美少女が彼女になってくれたら、死ぬなんて勿体ないって思うでしょ!?」

「いや思わんが。というか、自分で美少女とか言うのか……」

 女子生徒のロジックはあまりにも偏見がすぎた。……確かに、彼女は顔立ちが整っているし、客観的に見れば美少女の部類だろうが、それを自分で言われると素直に賛同しにくい。それに、どんな美少女と付き合えるとしても、それが死なない理由にはならないだろう。

「君、本当に男子なの……? 実は男子の制服着てるだけの女の子だったりしない……?」

「玉無し扱いはさすがに酷くないか?」

 困惑しすぎて軽く引いている女子生徒。だが今の発言は、気の弱い男なら自殺願望がなくても首を吊りたくなりそうなレベルでえぐい。

「じゃあ、どうしたら死なないでくれるの?」

「そもそも死ぬなって要求が意味不明なんだが。人はいつか死ぬものだろ」

「でも、それは今じゃないでしょ。別に病気でもないし、怪我したりしたわけでもないのに……まだまだ生きられるのに自分から死のうとするなんて、生きたくても生きられなかった人に対して失礼じゃない?」

「なんでそんな連中に配慮しないといけないんだよ。これは俺の人生なんだから、終わりは俺が決める」

 勝手に死んでいく奴らに忖度して、俺が死ねないだなんて、理不尽がすぎる。俺の人生なんだから、俺の死にたいときに死なせろという話だ。

「なるほどね……君がどういう人間か、よく分かったよ」

 女子生徒は腰に両手を当てて、大仰なまでに頷いた。ようやく分かってくれたか……。

「君には何を言っても無駄っぽいから、もう説得は諦める……でも! 君の命は諦めないよ!」

 そう思ったのも束の間、女子生徒はそう言って右腕に抱き着いてきた。

「私が彼女として、君の傍で、君のことを見張るから!」

 そうして、俺に何故か彼女が出来た。意味が分からん……。

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