トラップタワーマンション

不悪院

トラップタワーマンション

「奥さまのおウチの慶彦ちゃんは半月ほど前からピアノを習い始めたって聞きましたけど、どんなピアノを弾かれてますの?」


「もちろんウチは200階にしか住めないような稼ぎの少ない夫ですから、グランドピアノは15台しか持っておりませんの。隣の人の迷惑になってはいけませんし、軽井沢の第5別荘に行ったときにしか練習できませんのよ。もちろん慶彦も全国コンクールで準優勝するくらいの腕前しかありませんわ、オホホホホ」


「あらまあ、すごいですわね。私は奥さまより2階上の202階に住んでおりますけど、部屋中にバッハやベートーヴェンの使っていたピアノ――もちろん夫が海外のオークションで適当に競り落とした安物ですが――がたくさん散らかってて、本当に足の踏み場もありませんの。教会に置いてあった粗悪品で申し訳ないですけど、おたくの慶彦ちゃんが練習に使われるのならよろこんで差し上げますがいかがかしら?」


「オホホホホ、あらまあ悪いわね。でも、奥さまから貰ってしまいますと予約待ちの物も含めて手持ちのピアノが30台になってしまいますわ。ですから、またの機会にでも……」


 きらびやかな衣服に身を包んだ主婦たちがブランド物のバッグを片手に、水流に流されていく。


 ここはトラップタワーマンション。地上300階にも及ぶ天を貫く高層マンションには、上階になればなるほど稀少な主婦が現れる。


 100~300階に位置する「湧き層」に現れる彼女たちは、このまま水流に流されて下層の「処理層」まで運ばれ、そこで経験値とアイテムに変換される。処理層には、少量のマグマが設置されており、そこで耐久値を超えるダメージを受けた主婦たちは、冒険者の一撃で物言わぬ骸へと姿を変えるのだ。


 回収できるアイテムは基本的には小銭や肉片などだ。普段から彼女たちが身につけていると主張する宝石類の殆どは偽物のため、マグマで燃え尽きて消滅してしまう。仮に燃えなかったとしても換金率が非常に悪いため、冒険者たちはもっぱら経験値獲得のための装置として利用される。


「本当にクールな発明だ」


 冒険者のスティーブは自身の建設したトラップタワーマンションを眺め、しみじみと呟いた。


「僕はそこらへんで採掘した石でマンションを建てただけなのに、こんなに簡単に経験値がゲットできるだなんて……」


「確かにそうね。でも、前から疑問に思ってることがあるの」


 スティーブの隣のトラップタワーマンションで剣を振るう冒険者のアレックスが話しかけてきた。


「彼女たち主婦はどうしてタワーマンションに湧くのかしら? 高さがあるだけのただの石の塔よ? しかも何回倒しても湧き続けるし……仮にあたしが主婦ならこんな場所に湧こうとは思わないわ」


「僕にも全く分からない。けど、彼女たちには彼女たちなりの理由があるんだろうね」


 アレックスと話しながら、スティーブはダイアモンドで作った剣で落下してきた主婦の後頭部を掴み、首筋に刃先を当てて一気に滑らせる。次に降ってきた主婦は縦に斬りつけて左右に真っ二つに切断。次のは胴を貫き、そのまま腰骨をねじ切る。最後に落ちてきたのは、そのまま頭を四等分した。


「オホホホホ、奥さまったらまたご冗談を――」 「私、そろそろもっといい部屋に住めそうですのよ――」 「あら、いけませんわ。そろそろ息子の習い事が――」 「今夜の夕飯は家族でフルコースですの。もう飽きてきましたわ――」


 主婦たちは断末魔を上げ、経験値と僅かばかりのアイテムをドロップしていく。


 処理層に死体は何も残らない。全ては床に設置されたマグマが焼却してしまう。主婦の生きた証は、光るオーブのような経験値とアイテムの肉片。それだけがタワーマンションで競い、争い、奪い合った者たちの最期だ。そして、彼女たちは血飛沫すら残さない。タワマン主婦に血は流れていない。


「今は港区にしか建っていないけど、このトラップタワーマンションの仕組みが広まればもっといろんな場所に作られるのかな」


 スティーブは手を休めて主婦の肉片で空腹を満たしながら、ふと思いつきをアレックスに投げかけてみた。


「ううん、無理よ。タワマン主婦は港区――それも芝浦や虎ノ門、麻布十番にしか湧かないの」


「え、そうなの?」


 スティーブは驚いた、というふうに頭を振った。その目には落胆の色が滲んでいる。


「そうよ。だから、今のうちに経験値を稼げるだけ稼いでおかなきゃね」


 アレックスもダイアモンド製の剣で主婦の身体を次々と袈裟斬りにしていく。そこには愉悦も快楽もない。ただ、手軽に経験値を稼げることへの満足感だけが存在する。


「ああ、それにしても素晴らしい。極限まで自動化された最高の装置だ」


 スティーブはため息を漏らし、深く考えることを止めて再び主婦を処理する作業に戻った。


 タワマン主婦は気づかない。何度斬りつけられて経験値に変えられようが、タワマンに住む、そのためだけに高層に湧いてくる。


 彼女たちがタワーマンションで夢見ていた生活は本当にこんなものだっただろうか。住んでいる階数と嘘で塗り固めた経歴でマウントを取り合う日々は幸せなのだろうか。


 港区には冒険者たちの建てたトラップタワーマンションが、剣山のように無数に広がっている。効率化のために画一化されたそれは、全てが同じ高さで同じ造りだ。


 スティーブは剣の柄で主婦の頚椎を折りながら、ふと湧き層から降ってくる彼女らの顔を見比べてみた。


 皆が同じ衣服を纏い、同じように水に流されていく。心なしか無限に湧き続ける彼女たちの顔まで全てが同じに見えた。

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