→右1話 山越 幹雄(やまごし みきお)

「山越くん!おはよう!」


 後ろから聞き慣れた声で名前を呼ばれたので、僕(山越やまごし幹雄みきお)は振り向いた。

 そこには同級生で図書委員の仲間、金切かなきり結衣ゆいさんが大事そうに数冊の本を胸に抱いてそこに立っていた。


「金切さん、おはよう。今日も早いね?」


 今日は中学最後の日、僕達はこの中学校を卒業する。

 三年間、僕も金切さんも朝早くに学校に来て、返却図書の整理をするのが日課だった。

 返却図書が少ない日は、余った時間でふたりとも読書をするのを朝の楽しみにしていた。


「うん、山越くんもね!」


 いままでのように雑談を交わしながら二人で図書室の中を歩き、一つの背の高い書棚の前で止る。

 僕は先ほど返却棚から持ってきた本を、一番上の段へ戻す為に爪先立ちになって背表紙を押し込んで、所定場所へ収めようと苦労していると、後ろから金切さんが手を伸ばして、その本を僕に代わって棚に収める。


「あ、ありがとう金切さん」


 金切さんの身長は165cmで特別高身長と言うわけではないけれども、対して僕は151cmとかなり小柄だから……僕の届かないところに金切さんは届く。


「どういたしまして」


 にっこりと笑って、金切さんは僕の持っている他の本にも手を伸ばして『その本もこっちの棚だよね』って言って僕から奪うと上の棚に押し込む。


「むぅ」


 ちょっと悔しくて、ほっぺたを膨らませて抗議する。


「こ、ごめんなさい」


 金切さんは僕のそんなふくれっ面を見て、慌ててバタバタと両手を振って謝ってくものだから、持っていた本をバサバサと取り落としてしまう。


「あ、あっ」


 慌ててしゃがみ込んで落とした本を拾う姿をみて、僕はクスクスと笑うと金切さんへ謝る。


「ごめん、冗談だよ!いつもありがとう!」


 僕は小柄で顔も童顔だけど、本当の所それは決して僕のコンプレックスでは無かったし、寧ろそれは救でもあった。

 金切さんは本を拾う手を止めて、しゃがんだまま僕を見上げると顔を紅くして、目を逸らして落とした本を拾って立ち上がる。


「ん」


 それだけ言うと拾った本を抱えたまま、別の棚の方へ逃げるように小走りで向かった。


 僕はその後ろ姿を見ながら、ああこんなやりとりも今日で最後なんだなって少し寂しく感じながら、それを振り払うように頭を振って、他の返却本を取りに返却棚へ向かった。


 ライム!


 不意に僕の携帯が、メッセージ着信の知らせを鳴らしたので、ポケットから取り出すと画面に表示されたメッセージを見る。


『今日、式が終わったあとで話したい事があります』


 ピョン!


『体育館裏で待ってます』


 ピョン!


『じゃ、私は教室に戻ります』


 そのメッセージが届いた直後、図書室の後ろの扉が開く音が聞こえ、金切さんが走って出て行く後ろ姿が見えた。


「金切さん……」


 なんとなくだけど、そうなんじゃないかなっとは思ってた。

 新しく抱えた返却本を持って歩きながら考える。


 僕はどうしたらいいんだろうって。


 僕は何を望んでいるんだろうかって。


 先ほど金切さんが、僕の代わりに本を収めてくれた書棚の前を通りながら、その本の背表紙を見上げて、寂しいなって考えてしまう。


「今日で最後なんだよね……」


 右腕を伸ばしてぴょんぴょんと跳ねて、その本の背表紙を指で触れる。

 どんなに手を伸ばしても掴むほどまでは届かない。


「僕はどうしたいんだろう」


 そういって右の手の平に視線を落として、自分が選択した進学先の高校を考える。

 どんな学校なのか実はあまり分かっていなかった。

 分かってるのは女子用の制服がとてもかわいいって事だけで。

 その意味とその選択をした自分自身の判断に嫌悪感を感じて顔を歪める。


「金切さんは知らないんだよね……」


 僕が、本当はどんな事をいつも考えているかを……

 本当の事を彼女に話した事は一度も無い。

 彼女が僕の何に期待しているかは見てれば分かる。


「僕だってね、男として見られるんだったら、かっこいいって思われた方がいいんだよ?」


 誰に言うわけでもなく一人ごちる。


「でもやっぱり、それも違うんだよ……」


 手に持つ返却本をぎゅっと抱きしめて、一度だけ溜息をついて大きく深呼吸をしてから、再び足を動かした。

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