左と右と真ん中と ~心の性に悩む二人が出会って恋に落ちるまで~

猫電話

第1幕 卒業と入学と

←左1話 谷津樋 雫利(やつひ しずり)

「しずちゃん、はいこれ」


 そういって私(谷津樋やつひ雫利しずり)に、亜紀あきが手提げ袋を手渡してくれる。

 袋の中にはきれいに畳まれた学校指定のジャージが入ってる。


「ありがとう!」


 袋を受け取った私が亜紀あきに笑顔を向けてお礼を言うと亜紀は、はにかんだ笑顔をした。


「う、ううん気にしないでね……でもこのやり取りも今日で最後だね」


 亜紀の言葉に私が俯くと、彼女も同じように俯いてしまって、静かな時間が流れる。

 やるせない気持で私は歯を食いしばり、ジャージの入った袋を皺が出来るほどに強く抱きしめた。


「……着替えて来るね」


 それだけなんとか口にして、私は小走りでトイレの個室に走り込んだ。


 昨日まではこうやって、着替えてる最中も二人の身近に起きた些細な事や、ばかばかしい笑い話しをしていたというのに……今日はもうそれが出来なかった。

 今日で最後。

 ずっと考えないようにして来たけれども、現実の時間は止まる事無く進んで行く。


 小西こにし亜紀あきは私にとっては大事な友人であり、そしてかけがえのない存在。

 151cmの小柄な体格で、腰まで伸ばした光沢のある黒いストレートに前髪は眉にかかるくらいで真っすぐに切り揃えた、清楚な感じの女の子。

 私達が初めて出会ったのは……実は覚えていない。

 気が付いたら、いつも隣にいるのが普通の事だった。


 以前、亜紀ママ……亜紀のお母さんが「同じ産婦人科の新生児室だったのよ」って楽しそうに教えてくれた。

 そりゃ覚えてないよねって、二人で笑ったのもずーっと昔のように思える。


「おまたせ」


 いつもの通りに男子用の青いジャージに着替えて、トイレから出て来るのを待っていた亜紀に声をかける。

 亜紀は何も言葉を返してくれないまま俯いていたので、下から顔を覗き込むようにもう一度声をかける。


「亜紀?」


 覗き込んできた私から隠れるように、亜紀は両手で顔を隠してそっぽを向いた。


「なんでもないよ……いこう!」


 それだけ言うと、私の方を見る事なく教室に向かって廊下を走っていく。


「まって亜紀!」


 私は慌てて亜紀の後を追って走り出しながら手を伸ばしたけど、亜紀の肩に触れる手前でその手を引っ込めると、ぎゅっと握って無言で横に並んだ。

 私も寂しくて、悲しくて、どうしていいか分からないよ。

 そう心のなかで呟いて。


 三月中旬の土曜日。


 私達の中学校卒業式の日。


 この三年間の間、私は亜紀の助けを借りて学校での多くの時間、セーラー服を着ないで済ませられた。

 私は物心が付いた頃から、スカートや花柄の服などのの女の子が好きそうな服を着る事に、強い抵抗感を覚えていた。

 そういう恰好をしているところを誰かに見られるのが凄く恥ずかしくて仕方なかった。

 あの子スカートなんて履いてるよ?ってゆびされそうで嫌だった。

 私は女じゃない!ってそう叫びたかったんだ。


 母はともかく父親はそれを許してはくれなかった。


 今でも父親は事あるごとに「女らしくしろ」と言う。


 中学校の制服がセーラー服なのを知って、それが嫌でジャージで登校しようとしたけれども、烈火の如く怒られてセーラー服に着替えさせられ、車で校門まで

 人の目が、同級生の目が恥ずかしくて仕方なかったけれど、亜紀がジャージを貸して助けてくれたので救われた。

 あの時は本当に嬉しかった。


 結局、父親はその行為車で送りを最後まで続けた。

 だから、学校に着いてから母に内緒で買ってもらった男子用のジャージに着替える事で凌いだ。


 そのジャージも家に持って帰るわけには行かなかったので、亜紀に洗濯をしてもらって三年間過ごした。

 でも、それも今日で最後。

 亜紀とは違う高校に進学が決まったので、本当にこの時間は最後になるんだって、そう思うと胸が締め付けられるような思いがする。


 結局二人とも、教室についても一言も喋らないままで、それぞれの机で卒業式までの時間を過ごした。

 それどころか式の時間を迎えて体育館に向かう間も、二人とも目を合わそうともせずに廊下を歩く。


「どうしたの?」


 私達二人の共通の友人、麻木あさぎ明人あきとが心配そうに私達の顔を覗き込んで声を掛けてくれる。


「べつに……」


 私はどうにかそれだけを口にする。


「最後に喧嘩とか寂しくない?仲直りしなよ?」


「べつにそうじゃないから」


 亜紀は明人の顔を見ながら答えてるけども、私の方には一切目を向けようとはしない。


「そうなの?……うーんよくわからないけど、帰る迄にはお互いに話した方がいいと思うよ?」


 困ったような顔で私達二人の顔を交互に見ながら、明人はそう言ってくれた。

 明人は優しいんだけども、私達二人の間程に親しいわけじゃない。

 小学校6年の時にたまたま同じ塾だった事で仲良くなっただけ……

 多分私達のこの気持ちを本当には分かってくれない。


 結局、明人もそれ以上は何も言わなかった。

 つつがなく卒業式を終えて教室へ戻り、最後のホームルームでの担任から私達へのエールと言う名前のお別れの言葉を最後に、私達の三年間……うんん、15年間は終わろうとしてる。

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