第14話

# 第14話 『隠されたコード』


翌朝、村の学校への訪問準備をしながら、私は昨夜のシステム石からの警告について考えていた。


『転移者シグネチャー検出:村の西方4km地点』


誰がいるのだろう?なぜマーリンたちは西の森を避けるよう警告したのか?そして、その謎の転移者と観察者たちの関係は?


支給された衣服に着替え、村長の家へと向かう。今日の任務は教育システムの観察だ。子供たちにどのような知識が教えられているかを調べるのは、この村の本当の目的を知る手がかりになるだろう。


村長の家に到着すると、マーリンは別の下位観察者と話をしていた。私が入ると、彼らは会話を中断した。


「おはよう、カイト」マーリンが言った。「今日の予定は準備済みだ。『教育アドバイザー』として村の学校を訪問してもらう」


「了解した」


「子供たちには、遠方から来た教育者として紹介する。彼らの学習内容と反応を観察してほしい」マーリンは説明を続けた。「特に、新しい数学の概念をどう受け入れるかに注目してくれ」


学校への道中、私はナーシャに出会った。彼は昨日とは違う衣服を着ていたが、表情は相変わらず人間らしい温かさを持っていた。


「おはよう、カイト」彼は微笑んだ。「今日は学校視察ですね」


「ああ、そうだ」


「よろしければ、一緒に行きましょう。私も今日は子供たちに特別講義をすることになっています」


これは好都合だ。ナーシャとさらに会話を続ける機会が得られる。


「もちろん、喜んで」


村の学校は小さな木造の建物だった。中に入ると、20人ほどの子供たちが席に着いており、40代くらいの女性教師が教壇に立っていた。


「皆さん、今日は特別なお客様をお迎えしています」教師が子供たちに言った。「遠い国から来た教育者のカイトさんと、いつもお世話になっているナーシャさんです」


子供たちは礼儀正しく挨拶をした。私たちは教室の後ろに座り、授業の様子を観察することになった。


授業の内容は驚くべきものだった。表向きは基本的な算数だったが、その中に高度な数学の概念が巧妙に織り込まれている。単純な足し算引き算の問題に、集合論の基礎概念が含まれているのだ。これは明らかに地元の教育水準を超えていた。


「彼らは何も疑問に思わないのか?」私は小声でナーシャに尋ねた。


「子供たちは受け入れるのが早い」彼は答えた。「純粋な好奇心があれば、どんな概念も自然に吸収する」


その言葉には何か含みがあるように感じた。


昼食時間になり、子供たちが外に遊びに出ると、教室には私たちと教師だけが残った。


「カイトさん、質問があれば何でもどうぞ」教師が言った。彼女も下位観察者のスタッフだろう。


「素晴らしい授業でした。子供たちの理解力の高さには驚きました」


「ええ、彼らはとても優秀です」彼女は誇らしげに言った。「特に最近導入した概念への適応速度は予想を上回っています」


授業観察の後、ナーシャが私を呼び止めた。


「カイト、午後の予定はありますか?良ければ村の図書館を案内しましょう。文化調査の参考になるはずです」


「ありがとう、ぜひ」


図書館は村の東側にある小さな建物だった。中に入ると、驚くほど整然と本が並べられている。しかし村の規模を考えれば、蔵書数が多すぎるように感じた。


「この図書館は約20年前に建てられました」ナーシャが説明した。「かなり充実した蔵書がありますよ」


私たちは奥の閲覧室へと進んだ。そこには誰もいなかった。


「実は少し話したいことがあるんです」ナーシャは急に声を潜めた。「ここなら誰にも聞かれません」


彼の様子が変わったのを感じた。より緊張し、慎重になっている。


「何について?」


「あなたは特別な転移者ですよね」彼はストレートに言った。「高位観察者との協力関係を持っている」


心臓が飛び上がりそうになったが、冷静さを保った。「なぜそう思う?」


「通常の監視パターンが変更されています。あなたに対する観察制限が設けられ、一部のアクセス権が付与されています。これは通常ありえないことです」


「あなたも下位観察者なんだろう?なぜこんな話を?」


ナーシャは深く息を吸い、決意したように言った。「私たち全員が同じ目的を持っているわけではないんです」


興味深い展開だ。内部分裂か?


「何が言いたい?」


「観察者の階層構造の中でも…意見の相違があります」彼は言葉を選びながら話した。「特に、この実験の本当の目的についてです」


「本当の目的?」


「カイト、あなたは何のために観察者があなた方を転移させたと思いますか?」


「文明的融合の実験だと聞いている」


「それは表向きの説明です」ナーシャは首を振った。「本当の目的は…」


彼は言葉を途中で切り、周囲を警戒するように見回した。「ここでは話せません。今夜、西区の倉庫の裏で会いましょう。日没後一時間です」


「西区?マーリンは西側に近づくなと言っていたが」


「だからこそです」彼は意味深に言った。「あなたに見せたいものがあります」


ナーシャは立ち上がり、通常の声に戻った。「では、古代史のセクションをご案内しましょう」


突然の話題転換に戸惑いつつも、従うことにした。彼は本当に信頼できるのか?それとも罠なのか?


午後の残りの時間、私たちは図書館の蔵書を見て回った。表向きは何の変哲もない時間だったが、ナーシャの言葉が頭から離れなかった。


村長の家に戻り、マーリンに教育システムの観察結果を報告する。


「子供たちの学習能力は非常に高い」と私は言った。「特に数学の概念を理解する速さは印象的です」


「ふむ、予想通りだ」マーリンは満足そうに言った。「長期的な認知発達パターンを観察するための重要なデータだ」


観察報告を終えると、マーリンは明日の予定について説明した。「明日は村の祭りの準備が始まる。村人たちがどのように伝統行事を発展させるか観察してほしい」


「了解した」


自分の家に戻る道すがら、私はナーシャとの約束について考えた。罠である可能性もあるが、彼の言う「本当の目的」が何なのか知る価値はある。


家に着くと、まだ日没までは時間があった。私はシステム石を取り出し、観察者たちのシステムについて調べることにした。【システム干渉】を使えば、通常のアクセス権限を超えた情報を得られるかもしれない。


石を手に取り、意識を集中する。【システム干渉】を発動させると、石の周りに青い光が微かに揺らめいた。普段のメニュー画面に加え、薄く表示される隠しメニューが見えるようになる。


『基地ネットワーク接続』


これは興味深い。観察者たちの内部ネットワークに接続できるのだろうか?選択してみる。


『接続中...』

『アクセスレベル確認...』

『部分的アクセス許可確認』


画面が切り替わり、複雑なデータ構造が表示された。アズリエル村の基地システムの一部にアクセスできたようだ。ただし、多くの領域は赤く表示され、アクセス不能を示している。


閲覧できる情報の中から、「転移者追跡データ」というファイルを見つけた。開いてみると、村の周辺で検出された転移者の活動記録だった。


『西方区域:不安定シグナル持続』

『ID:不明(シグナル干渉あり)』

『最終確認:昨日 22:17』

『ステータス:監視継続中』


これが私のシステム石が検出した転移者のものだろう。観察者たちも追跡しているが、なぜか正確な特定ができていないようだ。


もう一つ目についたのは「プロジェクト拡張」というフォルダだった。アクセスを試みるが、権限不足のメッセージが表示される。


『高位アクセス権限が必要です』


完全にブロックされているわけではなさそうだ。【システム干渉】をさらに強めると、フォルダの一部ファイルのみ表示された。


『核関連発掘データ:最新更新』


これだ!「転移の核」に関する情報かもしれない。ファイルを開こうとすると、システムは再び抵抗する。


『アクセス拒否』


私は集中し、【現実改変(微小)】の能力を少し使ってみた。デジタルインターフェースにも影響があるだろうか?意識を集中し、「アクセス権限の一時的拡大」をイメージする。


すると、システム石が強く振動し、画面が一瞬乱れた後、ファイルが開いた。


『核関連発掘データ:

西方遺跡から回収された文字板の解読進捗。

「世界の扉」の活性化には特定のエネルギーパターンが必要。

現地実験施設での試験継続中。

注:高位観察者評議会の許可なく実験を拡大しないこと。』


さらに複数の座標と日付が記録されていた。驚くべきことに、西の森の奥で何らかの実験が行われているようだ。しかも「高位観察者評議会」の完全な許可なしに。


これはマーリンたちが独自の判断で行っている活動かもしれない。もしかしたら、これがナーシャが言いたかったことなのか?


突然、システム石の画面が赤く点滅し始めた。


『侵入検知』

『監視プロトコル起動』

『15秒以内に接続を終了してください』


急いで接続を切断する。危うく監視システムに検知されるところだった。


外を見ると、日がすっかり落ち、村は夕闇に包まれ始めていた。ナーシャとの約束の時間が近づいている。


観察者接触石も念のため持っていくことにした。何かあれば高位観察者に連絡を取れる。ただし、それはマーリンたちとの関係を悪化させることになるかもしれない。


慎重に家を出て、西区へと向かう。街灯の少ない通りは薄暗く、時折村人の姿が見えるだけだ。倉庫の近くに来ると、辺りを確認し、裏手に回った。


「カイト」


暗がりからナーシャの声がした。彼は黒い服装で、周囲に溶け込むようにしていた。


「なぜここで会う必要があったんだ?」私は警戒しながら尋ねた。


「見せたいものがあります」彼は言った。「でもその前に…あなたはシステムに侵入しましたね?」


驚いて身構えた。「なぜそれを?」


「私はセキュリティシステムの監視も担当しています」ナーシャは言った。「侵入アラートが作動しましたが、記録を消去しておきました。でも次からはもっと慎重に」


彼は本当に協力者なのかもしれない。


「なぜ私を助ける?」


「説明している時間はありません」彼は焦った様子で言った。「ここから西へ1キロほど行けば、森の入口があります。そこから隠された道を通り、観察者たちの秘密の実験施設へ行けます」


「実験施設?」


「マーリンたちは『転移の核』の力を解明し、制御しようとしています」ナーシャは言った。「しかし、それは危険すぎる。高位観察者の一部でさえ反対している計画です」


「なぜそれを私に?」


「あなたなら止められるかもしれない」彼は真剣な表情で言った。「高位観察者との接触能力があり、かつ『特異性』を持つ転移者だからです」


「それほど危険なのか?」


「彼らは力のバランスを崩そうとしています。」ナーシャは言った。「私たちの存在意義は観察すること、干渉ではなく」


彼の言葉には信念があり、偽りは感じられなかった。


「そして、あの転移者シグナルは?」


「それこそが重要なんです」ナーシャは意味深に言った。「あの転移者は…」


突然、遠くから声がした。村の警備隊が巡回しているようだ。


「見つかります」ナーシャは身をかがめた。「明日の夜、ここで会いましょう。そのときに全て話します」


彼は立ち去ろうとしたが、最後に振り返り、小さな装置を私に渡した。


「これは森の監視システムを一時的に無効化するコードです。必要になるかもしれません」


彼は暗闇に消えていった。私も急いで宿に戻る。


家に戻ると、私はナーシャから受け取った装置を調べた。親指サイズの小さな装置で、一見するとただの鉱石のかけらのようだ。鑑定してみると:


『対象:監視障害装置』

『効果:特定周波数の監視信号を一時的に妨害する』

『使用方法:対象システムに近づけ、軽く押す』

『有効範囲:約20メートル』

『持続時間:約15分』


これは価値ある道具だ。ナーシャは本気で協力する気なのだろう。


システム石を再度確認すると、転移者シグネチャーの反応はより強くなっていた。


『転移者シグネチャー検出』

『西方4km地点→西方3.5km地点に移動』

『タイプ:不明(信号干渉あり)』


謎の転移者が近づいてきているようだ。ナーシャのいう「重要」な転移者とは何者なのか?そして、マーリンたちの秘密の実験とは?


明日、全ての謎が明らかになるかもしれない。それとも、新たな危険に直面することになるのか。


私は窓から西の方角を見つめた。暗い森の向こうで、かすかに光が揺らめいているように見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る