第13話

# 第13話 『二重の顔を持つ村』


朝日が窓から差し込み、私の目を覚ました。一瞬、どこにいるのか分からなくなったが、すぐに状況を思い出す。ここはアズリエル村、観察者たちの監視前哨基地だ。そして私は「特別研究員」という奇妙な立場を与えられた。


「まさか観察者と一緒に仕事をすることになるとは…」


支給された清潔な服に着替え、簡単な朝食を済ませると、約束通りマーリンに会いに行くことにした。村の中央にある「村長の家」へと向かう道すがら、村の様子を注意深く観察した。


朝の日課に追われる村人たち。市場の準備をする商人たち。井戸に水を汲みに来た女性たち。一見すると普通の村の風景だが、よく見ると不自然さがある。全体の動きが少し機械的で、まるで計算されたかのような整然とした日常。


「村長の家」に到着すると、マーリンが私を待っていた。


「村長から説明は受けている。今回の『商人調査員』としての役割について説明しよう」


彼は私を村の模型が置かれた部屋に案内した。小さな模型だが、村の構造が完璧に再現されている。


「まず村の構造と基地スタッフの配置について」マーリンは説明を始めた。「村は四つの区域に分けられている。北区は農業エリア、東区は商業エリア、南区は居住エリア、西区は工房エリアだ」


彼は模型の上に手をかざすと、特定の建物が青く光った。


「青く光っている建物が我々のスタッフの拠点だ。表向きはそれぞれ職業を持っており、農業指導者、商人、医師、工匠などとして村に溶け込んでいる」


「村人たちは全く疑っていないのか?」


「ほとんどの場合はな」マーリンは頷いた。「しかし、絶対ではない。だからこそ、我々は定期的に『人格更新』を行っている。行動パターンや言動を微調整し、疑念を抱かれないようにするんだ」


「人格更新?」


「そうだ。我々の体は適応しているが、完全な人間にはなり切れない。時折、不自然さが出るのを防ぐために必要な手続きだ」


生体ロボットのようだな、と思った。でも、それとも違う。生物的な体に別の意識が入っているような…。


「今日の仕事は何だ?」


「社会的交流実験の観察だ」マーリンは別の図面を広げた。「我々は村に定期的に『変化』を導入し、社会構造がどう適応するかを観察している。今日は市場に新しい商品を導入する日だ」


「どんな商品だ?」


「隣国の特産品という設定の染料だ。実際には我々が開発した特殊な色素だが、これがどう受け入れられ、文化的影響を与えるかを観察する」


「なるほど」私は頷いた。「私の役割は?」


「村人に対しては、村長の招きで来た『商人学者』という設定にしている。隣国の文化や商品について学びに来た人物だ。これなら村を歩き回っても不審に思われない」


「商人学者か。それなら自然だな」


「そう、商業や文化に関する質問をしても違和感がない。観察記録は我々だけが知る本当の仕事だ」


「わかった」


「これを持っていくといい」マーリンは小さなクリスタルのようなものを渡した。「観察記録装置だ。思考を直接記録する。使い方は単純で、記録したいことに集中するだけでいい」


装置を受け取り、どう使うのか試してみる。確かに簡単だ。記録したい内容をはっきりと思い浮かべるだけで、クリスタルが微かに脈動する。


「では行ってくるよ」


「最後に一つ」マーリンは真剣な表情で付け加えた。「村の西部にある森には近づかないでほしい。そこは…調整中の区域だ」


「了解した」


言うまでもなく、この警告こそ最も興味を引く情報だった。西部の森…後で調べる価値がありそうだ。


***


村の市場は活気に満ちていた。色とりどりの商品が並び、村人たちが行き交っている。私は観察記録装置を持ち、「商人学者」として村人たちと交流を始めた。


「こんにちは」年配の農夫らしき男性に話しかける。「隣国からの商品について調査している者ですが、少しお話を伺えますか?」


「ああ、どうぞ」男性は温和に答えた。「何について知りたいんだい?」


「この村の特産品や伝統などについて教えてもらえますか?他の地域との交易も気になります」


男性は熱心に村の農産物や祭りについて語ってくれた。彼の話は自然で生き生きとしていた。もし彼が実験対象ならば、それを全く知らないまま普通の人生を送っているのだ。


市場を歩いていると、特に賑わっている屋台に気づいた。そこでは青みがかった紫色の染料が売られており、多くの村人が興味深そうに集まっていた。これがマーリンの言っていた「新しい商品」だろう。


「この色、素晴らしいわね」若い女性が友人に言っていた。「祭りの衣装に使えるわ」


「高価だけど、特別な日のために買おうかしら」


染料を販売しているのは40代の女性だった。彼女の動きを注意深く観察すると、微妙に他の村人とは違う印象を受けた。下位観察者のスタッフなのだろう。


私は染料のサンプルを見せてもらった。確かに美しい色だが、よく見ると通常の染料にはない特性がある。光の当たり方によって微妙に色が変化するのだ。


「これはどこから持ってきたのですか?」販売者に尋ねた。


「東の国からです」彼女は流暢に答えた。「彼の地の特殊な花から作られているとか。初めて我が村に入荷しました」


「面白いですね」


彼女は私をじっと見た。「あなたは村長の招いた商人の方ですね。マーリン殿から聞いています」


「ええ、そうです」


「何か気づいたことがあれば、教えてください」彼女は低い声で言った。「これは共同調査の一環ですから」


私は頷き、次の屋台に移動した。村の中を進む中で、いくつかの興味深い発見があった。


一つ目は、村人たちの中にも「階層」があるように見えることだ。特定の家系や職業の人々が他より尊重されている。これは観察者たちが作り出した社会構造なのか、自然発生的なものなのか。


二つ目は、村の子供たちの教育方法だ。観察者と思われる「先生」が、子供たちに特殊な概念を教えている場面を目撃した。数学や科学の基礎だが、この世界の技術水準より少し進んでいるように感じた。


三つ目は、村の西部、マーリンが警告した森の方向から時折聞こえる奇妙な音だ。村人たちは気にしていないようだが、私の耳には不自然に感じられた。


昼食時、私は村の食堂で休憩を取ることにした。シンプルだが美味しい料理が供されている。食事をしていると、隣のテーブルに座った若い男性が話しかけてきた。


「あなたが村長が招いた商人学者ですか?」


「ええ、そうですが」


「ナーシャです」彼は自己紹介した。「私も村長の下で働いています。文化交流担当として」


彼もまた下位観察者のようだ。しかし、マーリンとは少し違う雰囲気を持っている。より…人間らしい。


「カイトです」握手を交わす。「この村は交易が盛んなんですか?」


「ここ5年ほどで活発になりました」ナーシャは言った。「興味深い場所ですよ、この村は」


「確かに」私は同意した。「村人たちは…とても親切ですね」


ナーシャは少し声を潜めた。「全員がそうとは限りません。時に…『目覚める』者もいます」


「目覚める?」


「長く同じ場所で暮らす人々は、時に異常なほど洞察力を持つことがあります」彼は慎重に言葉を選んでいるようだった。「特に年配の方々は、何かがおかしいと感じ始めることがあります」


これは興味深い情報だ。「そういう人は今もいるんですか?」


ナーシャは左右を見回し、さらに声を落とした。「南区の井戸の近くに住む老女、エリナおばあさんを観察してみてください。彼女は…特別なケースです」


「わかりました」


ナーシャはそれ以上何も言わず、すぐに別の話題に移った。「新しい染料の反応はどうですか?記録は取れていますか?」


会話は仕事の話に戻ったが、私の頭の中では彼の言葉が反響していた。「目覚める者」「特別なケース」…調査すべき新たな手がかりだ。


午後、私は南区にあるという井戸を探した。それほど大きな村ではないので、すぐに見つかった。その近くには小さな家が数軒あり、そのうちの一つの前に年老いた女性が座っていた。エリナおばあさんだろうか。


「こんにちは」私は挨拶した。「少しお話ししてもよろしいですか?隣国からの商人学者をしているのですが」


老女は深いしわの刻まれた顔を上げ、鋭い目で私を見つめた。「あなたは新しい方ね」彼女の声は驚くほど明瞭だった。「さあ、座りなさい」


私は彼女の隣に用意された椅子に座った。彼女は編み物をしながら、時折私の顔を観察している。


「何を研究しているの?」


「村の交易習慣や文化について学んでいます」と答える。


彼女はニヤリと笑った。「本当のことを言いなさい。私にはわかるのよ」


心臓が少し早く打ち始めた。「本当のこと、ですか?」


「あなたは他の彼らとは違う」彼女は編み物を置いた。「彼らはみな同じ匂いがするけど、あなたは違う。あなたは…外から来た本物の人間ね」


驚きを隠せない。この老女は何かを知っているのか?それとも勘が鋭いだけなのか?


「エリナさん、どうして…」


「75年も生きていれば、いろいろとわかるものよ」彼女は言った。「この村には何かがある。みんな気づかないふりをしているけど、私は知っている。『彼ら』は人間ではない」


【言霊の術】を使って、信頼感を込めて話すことにした。「何に気づいたんですか?」


「30年ほど前から変わっていったの」彼女は過去を思い出すように目を細めた。「村の特定の人々が、少しずつ…違ってきた。言葉遣い、動き方、そして何より、目の輝きが。まるで中身が入れ替わったかのように」


彼女の観察力は鋭い。下位観察者たちが村に侵入し始めた時期を正確に捉えている。


「他にも気づいている人はいますか?」


「もちろん」彼女は頷いた。「でも口にはしない。怖いから。変なことを言うと、翌日には『病気』になってしまうから」


「病気?」


「そう。特に若い人がそうなるの。何か変だと言い始めると、翌日には高熱を出して寝込む。そして回復すると、何も覚えていないの」


記憶操作か。または意識の調整。観察者たちは「目覚めた」村人を黙らせる方法を持っているようだ。


「あなたはなぜ大丈夫なんです?」


「私はずる賢いからよ」彼女は小さく笑った。「気づいていないふりをしている。そして『彼ら』が見ていないときだけ、本当のことを話す」


エリナおばあさんは興味深い存在だ。村の中で何が起きているのか、長年観察してきた証人。だが、彼女の知識は断片的なものだ。


「西の森について何か知っていますか?」思い切って尋ねてみた。


彼女の表情が変わった。「西の森は禁じられた場所。昔はよく行ったものだけど、今は誰も近づかない。『彼ら』が何かを隠しているの」


「何を隠しているんでしょう?」


「知らないわ。でも夜になると、光が見えることがある。そして時々、地面が震える」


興味深い情報だ。マーリンが警告した森には、何か重要なものがあるようだ。


「今日はもう行きなさい」突然、彼女は言った。「長居すると目立つわ。また来てちょうだい、若い人と話すのは楽しいものよ」


「ありがとうございます、エリナさん」


別れ際、彼女は私の手をぎゅっと握った。「気をつけなさい。『彼ら』は見ているから」


南区を後にし、市場へ戻る道すがら、私はエリナおばあさんから得た情報を整理した。彼女の言葉が真実なら、観察者たちの実験は単純な観察以上のものかもしれない。そして西の森には、彼らが隠している何かがある。


市場では染料の販売が成功を収めていた。多くの村人が購入し、早速それを使って布を染めている光景も見られた。観察記録装置に詳細を記録しながら、私は「特別研究員」としての役割を演じ続けた。


夕方、マーリンの元に戻り、観察結果を報告した。


「染料の受容度は予想以上に高い」私は言った。「特に若い女性たちに人気です。すでに祭りの衣装に使う計画を立てている人もいます」


「素晴らしい」マーリンは満足そうに言った。「文化的要素の導入と拡散の速度を測定する貴重なデータになる」


私は観察記録装置を渡し、村での一般的な観察結果を伝えた。ただし、エリナおばあさんとの会話については触れなかった。


「他に気になることはあったか?」マーリンが尋ねた。


「特にありません」私は嘘をついた。「普通の村の日常でした。商人という設定は効果的でした」


マーリンは少し怪訝そうな表情を見せたが、深く追及しなかった。「明日は教育システムの観察をお願いしたい。子供たちがどのように新しい概念を受け入れるか、転移者の視点から見てほしい。明日は『隣国の教育に詳しい訪問者』という設定で村の学校を訪れることになっている」


「了解しました」


村長の家を出て、自分の住まいに戻る途中、西の森を遠くから眺めた。日が落ち始め、森は暗い影に包まれつつあった。エリナおばあさんの言う「光」は見えない。まだ早いのかもしれない。


家に戻り、一日の出来事を振り返る。観察者の村での初日から、すでにいくつかの謎が浮かび上がってきた。「目覚める」村人たち、西の森の秘密、そしてナーシャという下位観察者の微妙な態度…。


「明日は教育システムを観察しながら、もう少し情報を集めよう」


窓から見える夕暮れの村。平和な日常の裏に隠された実験施設。私はその両方の顔を持つ村の秘密を、少しずつ解き明かしていくことになるだろう。


そして夜、就寝前にシステム石を確認していると、予想外のメッセージが表示された。


『転移者シグネチャー検出』

『微弱信号:村の西方4km地点』

『タイプ:不明(信号劣化)』


「別の転移者が近くにいる?」


これはさらなる謎だ。西の森の方向に転移者がいるとすれば…マーリンたちの警告にも納得がいく。明日、さらに調査を深めなければならない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る