第12話

# 第12話 『地図にない村』


記憶装置から転移者情報を読み取り終え、私は一旦立ち止まってシステム石を収めた。森の中の静けさに包まれながら、次の行動を考える。


「転移者グループ、観察者との協力関係、そして『転移の核』…情報が多すぎて、どこから手をつければいいのやら」


紫の結晶—観察者接触石—を手のひらに乗せ、その微かな鼓動を感じる。この石を通じて高位観察者と連絡が取れるようになった。交渉の成果は大きい。


情報を整理するため、再びシステム石を取り出し、記憶装置から得たデータをさらに詳しく調べ始めた。様々な転移者の場所や能力について、詳細なリストが表示される。


そのとき、画面の端に小さく表示された未分類フォルダが目に留まった。


「これは…?」


そのフォルダを開くと、いくつかの暗号化されたファイルと、一つだけアクセス可能なドキュメントがあった。


『監視前哨基地リスト(下位観察者限定情報)』


「下位観察者限定?これは意図的に見られるようになっていたのか、それとも漏れていたのか…」


好奇心に駆られて、そのドキュメントを開いた。


『監視前哨基地:現地住民に紛れて設置された観察拠点』

『目的:転移者および現地文明の直接観測』

『形態:通常の村落または都市の一区画として偽装』

『スタッフ:変装した下位観察者および協力者』


マップが添付されており、この世界の各地に点在する監視前哨基地の場所が示されていた。そのうちの一つ、現在地から南西約1日の距離にある「アズリエル村」という場所が赤く強調表示されていた。


「これはまさに…観察者たちの村?」


心拍数が上がるのを感じた。これは大きな発見だ。観察者が直接運営する拠点に潜入できれば、彼らについてより多くを知る機会になる。それに、高位観察者との取引を成立させたことで、私はある程度の「許可」を得ている立場だ。


「これこそ、他の転移者には持ち得ない私の優位性かもしれない」


記憶装置の情報をさらに確認すると、アズリエル村についての簡単な説明があった。


『アズリエル村:西部山麓監視前哨基地。現地住民に偽装した下位観察者20名が常駐。転移者の反応に対する現地住民の態度研究が主目的。周辺に「転移の核」関連遺跡の存在可能性あり』


「核の関連遺跡…」


これは見逃せない情報だ。レオンも、高位観察者も、そして他の転移者たちも探している「転移の核」の手掛かりがそこにあるかもしれない。


決断するのに時間はかからなかった。


「アズリエル村だ」


私はルーナからもらった地図を広げ、記憶装置の情報と照らし合わせた。しかし、彼女の詳細な地図にもアズリエル村は記載されていない。地図に載っていない村—それ自体が不自然だ。


「南西か…」


方向を確認し、日没前にできるだけ距離を稼ごうと思い、急ぎ足で歩き始めた。


***


夕暮れが近づく頃、私は小さな丘の上に立っていた。遠くには山脈が見え、その麓に広がる森の向こうに、村らしき集落の輪郭がかすかに見える。


「あれがアズリエル村だろうか」


夜になる前に村の近くまで到達したいところだが、無謀に急ぐのは危険だ。森の中で一泊し、明朝に村に到着する計画を立てた。


簡素なキャンプを設営し、アイラが持たせてくれた干し肉とパンで腹を満たす。火を起こすのは控え、周囲に注意を引かないようにした。


夜の静けさの中、明日の作戦を考える。観察者の村に単純に入るだけでは意味がない。情報を得るために、何らかの身分や理由が必要だ。


「そうだ…高位観察者との協力関係を利用しよう」


私は観察者接触石を取り出し、その使い方を考えた。説明によれば、これはシステム石と併用して使うものだという。両方の石を手に持ち、意識を集中させると、石が反応して淡い紫色の光を放った。


『接触レベル選択:』

『1. 緊急通信(高位観察者直通)』

『2. 情報照会(データベースアクセス)』

『3. 認証信号(監視基地用)』


「3だな」


『認証信号準備完了』

『使用目的を指定:』


「アズリエル村の監視前哨基地へのアクセス許可取得」


『警告:この操作はあなたの位置情報を基地スタッフに通知します』

『続行しますか?』


「はい」


石から強い紫色の光が放たれ、空に向かって細い光線が伸びていった。数秒後、光は消え、石には新しいメッセージが表示された。


『認証信号送信完了』

『アズリエル基地応答:アクセス条件付き許可』

『明朝、村の東門にて対応者が待機』


「うまくいったな」


これで明日の村への侵入計画が立った。あとは睡眠を取って備えるだけだ。


システム石のメニューを開き、ステータスを確認した。


```

【ステータス】

名前:カイト

レベル:2

HP:120/120

MP:65/65

体力:12

知力:13

魔力:10

敏捷:11

運:15

```


疲れているが、体力は十分だ。明日に備えて早めに休むことにした。


***


夜明けとともに目を覚まし、簡単な朝食を取った後、アズリエル村を目指して歩き始めた。森を抜けると、なだらかな丘陵地帯が広がり、その向こうに村が見えてきた。


村は石造りの壁で囲まれ、四方に門がある。比較的大きな集落で、百軒ほどの家屋が見える。外見上は、この世界のどこにでもあるような普通の村だ。


東門に近づくと、二人の衛兵が立っていた。彼らは私を見ると、何か合図を交わした。


「あなたが昨夜、信号を送った旅人ですか?」一人が尋ねた。


「そうだ」私は答えた。


「お待ちしていました。こちらへどうぞ」


門を通り、村の中へ案内される。一見すると、普通の村の日常風景が広がっている。市場では商人たちが店を開き、子どもたちが通りで遊び、女性たちが井戸で水を汲んでいる。


しかし、注意深く観察すると、違和感がある。住民たちの動きが妙に整然としている。笑顔や会話も少し不自然だ。まるで「村の日常」を演じているかのようだ。


衛兵は村の中心部にある大きな建物へと私を導いた。「村長」の家のようだ。


建物に入ると、中央の部屋で一人の男性が待っていた。40代半ばに見える落ち着いた風貌の男性だが、その目には普通の人間とは異なる鋭さがある。


「転移者サンプル#42759『カイト』、ようこそアズリエル監視前哨基地へ」男性は淡々と言った。「私はこの基地の責任者、監視官コードネーム『マーリン』だ」


「観察者が変装しているんだな」私は率直に言った。


「正確には『下位観察者』だ」マーリンと名乗る男は言った。「我々は高位観察者の指示の下、この世界に直接介入し、より詳細なデータを収集している」


「人間に変装してるのか?それとも…」


「我々の肉体は、この世界の生物と互換性のある形に調整されている」彼は説明した。「完全な変装ではなく、適応だと考えてくれ」


私は部屋を見回した。一見すると普通の村長の家だが、よく見ると壁の一部が微妙に違う材質で、何かの装置を隠しているようだ。


「で、何の用だ?」マーリンが尋ねた。「高位観察者から君の協力者認定の通知は受けているが、具体的な目的は明示されていない」


ここで【言霊の術】を使い、信頼感と権威を言葉に込めた。


「高位観察者との協力の一環として、監視前哨基地の運営状況を調査することになった。特に、転移者と現地住民の相互作用についてのデータ収集方法に興味がある」


マーリンは一瞬、驚いたような表情を見せたが、すぐに平静を取り戻した。


「なるほど。高位観察者の命令とあれば従うが…」彼は少し躊躇った。「確認のため、協力者認証を示してもらえるか?」


私は観察者接触石を取り出した。石が紫色に輝き、認証信号を発する。


マーリンはそれを確認し、頷いた。「認証確認。では、基地の案内をしよう」


彼は立ち上がり、部屋の奥にある扉へと向かった。扉を開けると、そこには普通の村長の家とは思えない近代的な設備が広がっていた。モニターや制御パネル、そして中央には村全体を映し出す3Dホログラムが浮かんでいる。


「これが我々の監視センターだ」マーリンは説明した。「村全体、そして周辺地域の監視を行っている」


ホログラム上では、村の住民一人一人が小さな光点として表示され、その動きがリアルタイムで追跡されていた。


「全員が観察者なのか?」私は尋ねた。


「いいや」マーリンは頭を振った。「基地スタッフは20名のみ。残りは一般の村人だ。彼らは我々の実験対象であり、同時にカモフラージュでもある」


「彼らは知っているのか?あなた方が観察者だということを」


「もちろん知らない」彼は肩をすくめた。「彼らにとって、我々は数世代前からこの村に住む家系の人間だ。記憶操作と慎重な行動管理により、疑われずに生活している」


モニターの一つが、村の広場を映し出していた。そこでは子供たちが遊び、大人たちが日常の会話を交わしている。


「村人たちに危害は加えていないのか?」


「危害?」マーリンは不思議そうな顔をした。「我々は彼らの生活を向上させることさえしている。より効率的な農業技術や病気の治療法を『発見』させ、村の発展を促進している」


彼の説明を聞きながら、私は部屋の隅にある別のモニターに気づいた。そこには山の断面図のようなものが表示され、洞窟や地下構造物の配置が示されていた。


「あれは?」


マーリンは私の視線の先を見て、少し表情を硬くした。「それは…周辺地域の地質調査データだ」


嘘をついている。この反応は明らかに何かを隠している。


「『転移の核』関連の遺跡を探しているのではないのか?」私は直球で尋ねた。


マーリンの目が鋭く光った。「その情報はどこで得た?」


「記憶装置の中にあった。高位観察者から受け取ったものだ」


彼は長い間黙っていたが、やがて決断したように話し始めた。


「確かに、我々はこの地域で『核』に関連する遺跡の調査を行っている。約1ヶ月前、村の北西10キロの山中で古代文明の遺構を発見した」


「何か見つかったのか?」


「断片的な記録のみだ」彼は言った。「『核』自体ではなく、その存在を示唆する碑文や図像。調査はまだ初期段階だ」


彼はモニターを操作し、遺跡の写真を表示した。石造りの古代神殿のような建造物で、壁には奇妙な文字や図像が刻まれている。


「これらの文字は解読できたのか?」


「部分的にのみ」マーリンは言った。「最も頻繁に登場するのは『世界の扉』『星の架け橋』といった表現だ」


「それが『転移の核』の別名なのか?」


「おそらく」彼は頷いた。「しかし、その場所や正確な機能については言及がない」


私はさらに質問を続けた。「観察者は『核』について何を知っているんだ?実際にそれを使って我々を転移させたのか?」


マーリンは明らかに不快そうな表情を浮かべた。「それは私のアクセスレベルを超える情報だ。高位観察者に直接聞くべきだろう」


これ以上の情報は引き出せなさそうだ。別の角度から攻めることにした。


「この村での実験内容についてもう少し詳しく教えてほしい。どんなデータを収集しているんだ?」


マーリンは少し安堵したように、話題の転換を受け入れた。


「主に三種類のデータを収集している」彼は説明を始めた。「一つ目は村人たちの日常的な行動パターンと社会構造。二つ目は、我々が導入する新技術や概念に対する適応性。そして三つ目が、転移者との接触時の反応だ」


「転移者との接触?」


「ああ」彼は頷いた。「時折、この村に転移者を『誘導』し、村人がどう反応するかを観察する。あなたがここに来たことも、そういった実験になり得る」


「誘導?」


「例えば、この村の噂を広めたり、地図に載せなかったりすることで好奇心を刺激するなどだ」


なるほど。だから記憶装置にこの村の情報があったのか。私を引き寄せるための仕掛けだったのかもしれない。


「では、私はどういう立場になるんだ?単なる観察対象か?それとも…」


「状況は複雑だ」マーリンは慎重に言った。「あなたは高位観察者との協定により、通常のサンプルとは異なる立場にある。だが、私の権限ではあなたを完全なスタッフとして認めることはできない」


「では、どうする?」


「妥協案を提案しよう」彼は言った。「あなたには『特別研究員』という立場を与える。村内での制限された行動の自由と、基本的な情報へのアクセスを認める。代わりに、あなたの視点からの観察レポートを提供してほしい」


「受け入れよう」私は即座に答えた。これは予想以上の好条件だ。


「よし、では手続きを行おう」


マーリンは別の部屋へと案内した。そこでは女性の下位観察者が待機していた。


「これがサンプル#42759『カイト』だ」マーリンは女性に言った。「特別研究員として登録し、適切な身分証と宿を用意してくれ」


「了解しました」女性は私に向き直った。「私はアナリストのシエラです。必要な手続きをご案内します」


一連の簡単な登録手続きの後、私は「特別研究員」の身分証と、村の西側にある小さな家の鍵を受け取った。


「これがあなたの宿です」シエラは地図を示した。「食事や基本的な生活必需品はすべて提供されます。明日から研究活動を開始できます」


「ありがとう」


マーリンは最後に私を呼び止めた。「一つ警告しておく。村人たちに我々の正体を明かすことは禁止だ。また、許可なく遺跡調査に参加することも認められない」


「理解した」


「では、明日また会おう」


私は新しい住まいへと向かった。小さいながらも清潔で、必要なものはすべて揃っている家だ。窓からは村の広場が見え、村人たちの日常が観察できる。


「まさか観察者の村で『研究員』になるとは…」


私はベッドに腰掛け、今日得た情報を整理した。観察者たちの正体、村の実験内容、そして何より「転移の核」に関する遺跡の存在。これは大きな前進だ。


システム石を取り出し、今日の発見を記録し始めた。高位観察者との協力関係を築いたことで、通常の転移者なら決して得られない情報と立場を手に入れることができた。


「これから何を探るべきか…」


村での観察者たちの活動、彼らの階層構造と目的、そして何より「転移の核」の遺跡。調査すべきことは山ほどある。


「まずは村人たちの様子を観察するところから始めよう」


窓の外を見ると、夕暮れが近づき、人々が家路につき始めていた。この村で、どんな秘密が明らかになるのか。新たな冒険が始まろうとしていた。

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