第11話
# 第11話 『監視者との対峙』
「逃げるだけが選択肢じゃない」
森の中で足を止め、私は空を見上げた。レオンの指示に従って逃げるという選択は、確かに安全かもしれない。だが、それはずっと追われる身になるということだ。
営業時代の教訓—問題から逃げるより、向き合って解決した方が長期的には利益になる。
「よし、決めた」
私は立ち止まり、システム石を握りしめた。【システム干渉】を使用して、より深いメニューにアクセスしようとする。
『緊急援助要請』
この機能は極限状況用に残しておいたものだが、今こそ使うべき時かもしれない。しかし、その前に別の方法を試してみる。
『転移者間通信』を再び開き、今度は「はい」を選択した。
『警告:観察者の監視対象となります』
「むしろそれを利用するんだ」
画面が変わり、通信オプションが表示された。
『直接通信』
『ビーコン発信』
『観察者呼び出し』
最後の選択肢に目を引かれた。これこそ私が求めていたものだ。
『観察者呼び出し』を選択すると、さらなる警告が表示された。
『警告:このアクションは緊急時以外には推奨されません』
『観察者との直接接触が発生します』
『続行しますか?』
「はい」
石から青い光が強く放たれ、上空に向かって光の柱が立ち上った。まるで信号弾のように、私の位置を明確に示す光だ。
「さあ、来い」私は呟いた。「話し合おうじゃないか」
十数分ほど待った後、森の空気が変わり始めた。周囲の音が徐々に消え、時間が緩やかに流れるような感覚。そして、青白い光が前方の空間に現れ、観察者の姿が形作られていく。
しかし、いつもの観察者ではなかった。より背が高く、体色も濃い青色で、目はより鋭い光を放っている。
「サンプル#42759『カイト』」その声は冷たく響いた。「通常の接触予定外の呼び出し。理由を説明せよ」
「お久しぶり」私は平静を装った。「いつもの担当者じゃないようだね」
「私は監視特別部隊の指揮官だ」観察者は答えた。「お前が塔で接触した転移者『レオン』を追跡中だ。その捜索を妨害した理由を説明せよ」
「妨害?」私は首を傾げた。「私はただ彼と話しただけだ。そして、あなた方がやってくると聞いて、彼の指示に従って逃げた」
「お前の行動パターンは不審だ」観察者は冷静に言った。「通常のサンプルは我々を避けようとする。なぜ直接接触を求めた?」
ここが勝負だ。営業マンとしての交渉術の出番。
「交渉をしたいからだ」私は自信を持って言った。「互いの利益になる提案がある」
観察者は一瞬、驚いたような表情を見せた。「サンプルが交渉を申し出るのは極めて珍しい」
「だろう?それが私の特異性の一つさ」私は半ば冗談めかして言った。「営業マンの本能というやつだ」
「何を提案する?」観察者は警戒しながらも、興味を示した。
深呼吸をして、言葉を選ぶ。【言霊の術】を最大限に活用し、説得力を込める。
「私が観察者に協力的なサンプルになる代わりに、いくつかの特権を求める。具体的には、監視の一部緩和、より詳細な情報へのアクセス、そして『現実改変』能力の制限解除だ」
「それは受け入れられない要求だ」観察者は即座に拒否した。「実験の公平性を損なう」
「公平性?」私は笑った。「すでに私のような『特異性』を持つサンプルを許容しているじゃないか。実験はとっくに『公平』ではない」
観察者は沈黙した。私は続ける。
「考えてみてほしい。私のような協力的サンプルは、より多様で興味深いデータを提供できる。他の転移者との接触を通じて、あなた方の目的である『文明的融合』をより効率的に進められる」
「どのような協力を提案する?」観察者が尋ねた。
「例えば、レオンのような『実験プロトコル外』の行動をするサンプルの情報を収集する。あるいは、転移者同士のネットワーク形成を促進し、その相互作用からより豊かなデータを得られるようにする」
観察者は考え込んだ様子だった。
「あなた方が知りたいのは、転移者が異世界でどう適応し、どのような影響をもたらすかだろう?」私は畳みかけた。「ならば、その過程を自覚的に観察・報告できるサンプルがいれば、より価値あるデータになるはずだ」
「興味深い提案だ」観察者は静かに言った。「だが、決定権は私にない」
「では、あなたの上官に伝えてほしい」私は言った。「高位観察者と直接話せるなら、もっとよい」
観察者の目が鋭く光った。「お前はどうして高位観察者の存在を知っている?」
ここでレオンから聞いたと言うべきか、それとも―
「システムのバグを利用して知った」正直に答えることにした。「【システム干渉】を使っていて偶然見つけた情報だ」
観察者は長い沈黙の後、決断したように言った。「待機せよ。上級判断を仰ぐ」
青白い光が観察者を包み込み、その姿が一時的に消えた。私は息を吐き出し、草の上に腰を下ろした。賭けに出たが、うまくいくだろうか。
約10分後、再び青白い光が現れた。今度は二つの姿が浮かび上がる。一人は先ほどの監視部隊の指揮官、そしてもう一人は...
「初めまして、サンプル#42759『カイト』」
より背の高い、青みが濃い観察者。その目は深い知性を湛えていた。
「あなたが高位観察者?」
「そうだ」高位観察者と呼ばれる存在は頷いた。「お前の提案に興味を持った」
私は立ち上がり、姿勢を正した。実際の取引交渉の始まりだ。
「私の申し出に耳を傾けてくださり、ありがとうございます」私は丁寧に言った。
「お前のような適応パターンを示すサンプルは珍しい」高位観察者は言った。「交渉による問題解決を選ぶとは...興味深い」
「営業マン時代の習慣です」私は微笑んだ。「どんな困難も話し合いで解決できると信じています」
「では、具体的な取引条件を聞こう」
ここで再び【言霊の術】を使い、最大限の説得力を持たせる。
「私からの提案は三つ。一つ目は、私の『特異性』である【現実改変】の能力をより広範囲に使用できるよう制限を緩和していただきたい。二つ目は、転移者に関するより詳細な情報へのアクセス権を求めます。特に『転移の核』について知りたい。そして三つ目は、定期的な監視は続けつつも、私の行動の自由度を高めていただきたい」
「代わりに、あなた方に何を提供するつもりだ?」高位観察者が直接尋ねた。
「三つの価値を提供します」私はきっぱりと言った。「一つ目は、転移者同士のネットワーク構築に協力し、彼らの相互作用から生まれる『文明的融合』のデータを提供します。二つ目は、レオンのような監視から逃れようとするサンプルの情報収集と報告。そして三つ目は、私自身の『特異性』の発展過程を詳細に記録し、システム改良のためのデータとして提供します」
高位観察者は沈黙のまま、私を観察していた。その瞳の奥で、複雑な計算が行われているのが感じられる。
「興味深い提案だ」ついに高位観察者が口を開いた。「しかし、『転移の核』に関する情報は極めて機密性が高い」
「その情報なしでは、提案の価値が下がります」私は冷静に言った。「正確な情報がなければ、転移者たちの間に広がる噂を制御できません」
「では、限定的な情報を提供しよう」高位観察者が決断した。「『転移の核』は確かに存在する。だが、それはレオンが考えるような単純な『世界間移動装置』ではない。その本質はより複雑だ」
「本質とは?」
「それ以上は条件付きでしか開示できない」高位観察者は言った。「まずは協力関係を証明せよ」
交渉の駆け引きだ。全てを一度に得ることはできない。
「分かりました」私は頷いた。「では、段階的な協力関係を提案します。初期段階として【現実改変】の制限緩和と基本的な転移者情報を提供していただき、私は最初の成果報告をします。その評価に応じて、次の段階へと進む」
高位観察者は初めて、わずかに満足げな表情を見せた。
「その提案は受け入れられる」高位観察者は言った。「初期協力の証として、『観察者接触石』を与える」
高位観察者が手を翳すと、空中に小さな紫色の結晶が現れた。
「これは何ですか?」私は結晶を受け取った。
「緊急時の直接通信装置だ。また、限定的な【現実改変】の拡張を許可する鍵でもある」
結晶を手に取ると、不思議な温かさを感じた。システム石と共鳴するように、淡く光を放っている。
「どのように使用するのですか?」
「システム石と同時に使用することで、現実改変の範囲を広げられる。ただし、使用回数には制限がある。週に一度のみだ」
「了解しました」
高位観察者はさらに青い光の球を生成し、それを私に向かって放った。球は私の胸に吸収されていく。
「何を?」
「転移者シグネチャー識別能力を付与した」高位観察者は説明した。「他の転移者に接近すると、彼らの基本情報が感知できるようになる。これは情報収集に役立つだろう」
「ありがとうございます」
「そして最後に」高位観察者は小さな記憶装置のようなものを差し出した。「これは基本的な転移者情報が記録されたデータクリスタルだ。お前のシステム石で読み取れる」
私はそれらの贈り物を丁寧に受け取り、ポケットにしまった。
「契約は成立したな」高位観察者は言った。「一ヶ月以内に最初の報告を期待する。重要な発見があれば、その接触石で連絡せよ」
「了承しました」私は頭を下げた。「一つ質問してもよろしいですか?」
「何だ?」
「レオンは今、どこにいるのですか?」
高位観察者は微妙な表情を浮かべた。「彼は東方の山岳地帯に向かった。だが、我々の追跡からも逃れつつある。彼の行動には...注意が必要だ」
「分かりました」
「そして」高位観察者は最後に付け加えた。「お前の『特異性』の発展を期待している。この世界で、お前がどのような変化をもたらすか...それを見守っているのは我々だけではない」
その謎めいた言葉を残し、高位観察者と監視部隊の指揮官は青白い光に包まれ、消えていった。
森に再び自然の音が戻ってきた。鳥のさえずり、葉の揺れる音、風のそよぎ。時間が通常の流れに戻ったようだ。
私は手のひらに乗せた紫の結晶と記憶装置を見つめた。予想以上の成果だ。逃げるのではなく、向き合うという選択は正しかった。
「さて、これでより自由に動けるようになった」
記憶装置をシステム石に近づけると、情報が画面に流れ込み始めた。
『転移者基本情報』
『確認転移者数:23名』
『分類:戦闘特化型(6名)・知識特化型(8名)・生産特化型(5名)・特異型(4名)』
『分布:王都周辺(9名)・砂漠地帯(5名)・東方山脈(3名)・海洋地域(2名)・その他(4名)』
「これは価値ある情報だ...」
さらに詳細を見ていくと、いくつかの転移者グループの存在が記されていた。
『黄金の鍵亭』:王都の転移者集会所。合言葉「星を越えし者」
『創造者ギルド』:砂漠地帯の技術開発集団
『東方隠者』:山岳地帯で隠遁生活を送る転移者集団
『海の商人団』:海洋貿易を牛耳る転移者グループ
「こんなにもいるのか...」
情報を整理しながら、次の行動を考える。観察者との協力関係を築いた今、どの道を選ぶべきか。王都の『黄金の鍵亭』へ向かい、多くの転移者と接触するか。砂漠の『創造者ギルド』を訪ねるか。それとも、まずはウィロウ村に戻り、アイラに経過を報告するべきか。
「どの道を選ぶにしても、もう追われる身ではない」
私は深呼吸をして、システム石を握りしめた。そして、新たな方向へと歩き始めた。私の運命は、自分自身の手の中にある。
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