第10話

# 第10話 『観察者の視点』


「サンプル#42759『カイト』の追跡が困難になっています。塔での特殊干渉パターンの後、シグナルが不安定化しています」


青白い空間の中央にあるホログラフィックなスクリーンに、カイトの移動経路が表示されている。塔から南東へ向かう点滅する青い光点。そして、塔を中心に広がる監視パターン。


「予想外の事態です。サンプル#28413『レオン』との接触により、予定されていなかった情報の共有が行われました」


高位観察者と呼ばれる存在が、静かに報告を聞いている。青みがかった高い人型の姿。その目には、計算と分析の光が宿っている。


「興味深い展開だ」高位観察者が言った。「このような予測不能なパターンこそ、我々の実験の真髄ではないか」


「しかし、サンプル同士の接触により、機密情報が漏洩している可能性があります。特に『転移の核』に関する言及は—」


「問題ない」高位観察者は手を上げて発言を遮った。「文明的融合の実験において、情報自体も融合の要素だ。彼らがどのように情報を解釈し、行動するかも観察対象である」


ホログラフィックスクリーンが切り替わり、カイトのデータが表示された。


```

【サンプル情報】

ID: #42759

名称: カイト

転移期間: 17日

適応評価: A-(上昇傾向)


【ステータス】

レベル: 2

HP: 120/120

MP: 65/65

体力: 12

知力: 13

魔力: 10

敏捷: 11

運: 15


【特殊能力】

言霊の術(Lv.2): 言葉に力を宿らせ、相手の心理に影響を与える

システム干渉(Lv.2): システム機能に干渉し、効果を高める

現実改変(微小)(Lv.1): 極めて限定的な範囲で現実に微小な変化をもたらす


【観察記録】

・標準プロトコルを超える条件交渉に成功

・村社会への迅速な適応

・武器「ブルーリターン」の開発(現地住民との協力)

・グレイハウンドの討伐に成功

・現地住民(アイラ)との情緒的結合

・転移者(レオン)との接触

```


「このサンプルの適応能力と交渉能力は注目に値します」報告者が言った。「特に『現実改変』の発現はシステムバグの産物でありながら、安定して機能している点が特異です」


「これこそ本実験の目的にかなう展開だ」高位観察者はわずかに満足げな表情を見せた。「彼の特異性は、より広範なシステム改良につながる可能性がある」


別のスクリーンに、レオンのデータが表示される。


```

【サンプル情報】

ID: #28413

名称: レオン

転移期間: 2年1ヶ月

適応評価: B+(不安定)


【ステータス】

レベル: 15

HP: 450/450

MP: 220/220

体力: 28

知力: 17

魔力: 22

敏捷: 24

運: 9


【特殊能力】

エネルギー制御(Lv.4): 魔力エネルギーを操作し、攻撃や防御に活用

戦闘強化(Lv.5): 戦闘能力を一時的に大幅に向上させる

感知拡張(Lv.3): 周囲の生命体や魔力の流れを感知する


【観察記録】

・軍事施設への不正侵入試み

・計画外の研究活動

・特殊な魔力増幅装置の開発

・複数の転移者との秘密接触

・「転移の核」に関する調査

・観察装置への妨害行為

```


「サンプル#28413『レオン』の行動は実験プロトコルからの逸脱が激しく、監視強化を推奨します」報告者は警告的な声色で言った。


「否定する」高位観察者は静かに言った。「彼の行動は、既存秩序への挑戦という点で重要なデータを提供している。制限を課すよりも、その展開を観察する方が価値がある」


「しかし、彼の研究が『転移の核』の発見につながれば—」


「それもまた、実験の一部だ」高位観察者の声には、なにか含みのあるトーンがあった。「『核』が存在するという情報自体が、彼らの行動にどう影響するかを見極めるための仕掛けではないか」


報告者は一瞬黙り、その意味を理解したようだった。「...了解しました」


スクリーンはさらに切り替わり、カイトの周辺地域の地図が表示された。南の砂漠地帯、王都、そしてウィロウ村。それぞれの場所に、異なる色の点が散らばっている。


「サンプル#42759『カイト』は現在、三つの選択肢を持っています」報告者が説明した。「ウィロウ村への帰還、王都への訪問、または砂漠地帯への直行です」


「彼の選択は予測できるか?」高位観察者が尋ねた。


「村での人間関係から推測すると、一度村に戻る可能性が56%。しかし、転移者情報への好奇心を考慮すると、王都への訪問確率も32%と高いです。直接砂漠へ向かう確率は12%程度です」


高位観察者はわずかに首を傾げた。「私の予測は異なる。彼の適応性と柔軟性を考えると、予想外の第四の選択をするだろう」


「第四の選択、ですか?」


「そうだ。彼は我々の予測パターンを超える能力を持っている。それこそが彼を特異サンプルたらしめている理由だ」


高位観察者はスクリーンに触れ、カイトの軌跡に沿って何かを計算しているようだった。


「報告者よ、この情報は誰にも共有するな。彼の次の行動が、我々の想定を超える可能性が高い。それこそが、この実験の最大の価値なのだから」


「了解しました」


高位観察者はさらに報告者に向き直り、「そして今回の彼の能力評価を調整せよ。『特異性』の発現をより促進する方向で」


「それは規定外の介入になります」報告者は慎重に言った。


「より高次の観点からの判断だ」高位観察者は意味深に言った。「『彼ら』も、このサンプルに特別な関心を持っているようだからな」


「彼ら、とは...」


「それ以上の質問は不要だ」高位観察者は話題を切り替えた。「次の定期接触はいつになる?」


「予定では10日後です。しかし、彼が『現実改変』を大規模に使用した場合は、即時接触のプロトコルが発動します」


「よし。それまで観察を続けよ」


報告者は敬意を表して退場した。一人残った高位観察者は、スクリーンを見つめながら思索に耽っているようだった。


「サンプル#42759『カイト』...我々の実験を超えた存在になるか、それとも...」


高位観察者はそれ以上言葉を続けなかった。ただ、青白い空間の中で、カイトの動きを静かに見守り続けていた。


***


塔の南東数キロの森の中、カイトは立ち止まって周囲を見回した。


「追っ手の気配はなさそうだな...」


彼は手のひらにシステム石を乗せ、淡く輝く青い光を見つめていた。そこには地図が表示され、彼の現在位置が点滅している。南へ向かえば砂漠地帯。東に進めば王都への近道。北西に戻ればウィロウ村。


「どこへ行くべきか...」


彼はふと、空を見上げた。雲一つない青空の中に、妙に輝く一点を見つけた気がした。まるで誰かに見られているような感覚。


「観察者か...それとも別の何かか」


カイトは決断を下した。これまでの誰の予想も裏切る選択。彼自身でさえ、先ほどまで考えていなかった道を選ぶことに。


「よし、決めた」


彼は新たな方向へと歩き始めた。誰も予測していなかった第四の道へ—。

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