第7話

# 第7話 『獣退治の武器』


森から村に戻る道すがら、アイラと私は昨夜の出来事を思い出しながら歩いていた。あの小屋での一夜は特別なものだったが、二人ともこれが「旅の出会い」という暗黙の了解があるようだった。


「グレイハウンドの話、村に報告しなきゃね」アイラが言った。「最近、獣害が増えているの」


「ああ、あの獣は確かに危険だった。二匹も現れるなんて異常事態なのか?」


「通常は一匹だけなの。それも村から遠い場所だけど…」彼女は心配そうに言った。「村の家畜が襲われることもあるのよ」


村の入口が見えてきた時、門の前で数人の男たちが集まっているのに気づいた。その中に村長の姿も見える。


「どうしたんだろう?」


近づくと、村長は私たちに気づいてすぐに駆け寄ってきた。


「カイト!アイラ!無事で良かった。グレイハウンドが出ると聞いて心配していたんだ」


「ご心配をおかけしました、村長」アイラが答えた。「カイトのおかげで難を逃れました」


「それは良かった」村長はほっとした表情を見せた。「実は今朝、村の北側の牧場の羊が襲われたんだ。痕跡からするとグレイハウンドの仕業だろう」


「村のすぐそばまで?」アイラが驚いた声を上げた。


「ああ。このままでは村人の安全も脅かされる」村長は深刻な表情で言った。「猟師たちに討伐を依頼しているが、なかなか捕まえられないんだ」


この話を聞いて、何か役に立てないかと考えた。グレイハウンドとの遭遇経験を活かせるかもしれない。


「村長、その獣の特性について何か情報はありますか?」


「そうだな…」村長は考え込んだ。「通常の狼より大きく、目が赤く光る。足が異様に速く、普通の罠ではなかなか捕まらない。そして魔力に対して耐性があるという」


「魔力に対して?」


「ああ、村の魔法使いが追い払おうとしたが、効果が薄かったそうだ」


考えてみれば、昨日の小屋では【現実改変(微小)】を使って獣を遠ざけることができた。通常の魔力と異なる力が効いたということだろうか。


「村長、力になれるかもしれません」私は言った。「少し考えがあります」


「本当か?」村長の目が希望に輝いた。「何か案があるなら評議会で聞かせてほしい。今夜開く予定だ」


「わかりました」


村長が去った後、アイラが私を見た。「何か考えがあるの?」


「うん。でもまず試してみないとわからない。鍛冶屋のトーマスに会いに行こうと思う」


「そうね。トーマスなら協力してくれるでしょう」彼女は言った。「私は治療所に行くわ。採れた薬草を届けなきゃ」


「わかった。後でまた会おう」


アイラは軽く手を振って治療所の方へ歩き始めた。彼女との関係は、昨夜の親密さからすでに少し距離ができていた。互いに現実の生活があることを理解しているようだった。


私はトーマスの鍛冶工房へと向かった。村の中央近くにある小さな建物だ。入口でノックすると、中から「どうぞ!」という元気な声が返ってきた。


中に入ると、トーマスが鉄を打っている姿が見えた。彼の周りには小さな赤い光が漂っていて、魔法のエネルギーのようだ。


「やあ、カイト!久しぶり」彼は作業を中断して挨拶した。


「こんにちは、トーマス。忙しいところ悪いね」


「いいんだ。ちょうど一段落したところさ」彼は汗を拭いた。「何か用事?」


「実は相談があって」私は村でのグレイハウンドの問題を説明した。「あの獣に効く武器を作れないかと思ってね」


「グレイハウンド用の武器か…」トーマスは顎に手を当てて考え込んだ。「確かに難しい相手だ。通常の武器ではスピードについていけないし、皮も厚くて簡単には傷つかない」


「何か特別な対策はないかな?」


「そうだな…」彼は工房の壁に掛けられた図面を見た。「実は最近、新しい合金の研究をしていたんだ。通常の鉄より軽く、より鋭い刃を保持できる」


「それは良さそうだね」


「問題は、その獣の敏捷性だ」トーマスは言った。「いくら良い武器があっても、当てなければ意味がない」


そこで私は考えを巡らせた。【現実改変(微小)】が効いたこと、そして、観察者が言っていた「システム能力はこの世界の魔力と互換性がある」という情報を思い出した。


「トーマス、質問がある。この世界の魔力と、別の種類のエネルギーを組み合わせることは可能かな?」


彼は興味深そうに目を輝かせた。「理論的には可能だ。アカデミーでは異種魔力の融合研究も行われているよ」


「それなら…」私はポケットからシステム石を取り出した。「この青い石のエネルギーを武器に込めることはできないだろうか」


トーマスは石を興味深そうに観察した。「面白い石だね。確かに通常とは異なる魔力を感じる」


彼は少し考えた後、「試してみる価値はあるな」と言った。「君の石のエネルギーを受け入れられる特殊な合金を作れるかもしれない」


「本当に?それは助かる」


「まず、基本となる武器の形を決めよう」トーマスは言った。「剣?斧?それとも槍?」


「グレイハウンドの動きを考えると、投げて使える何かがいいかな」私は言った。「獣に直接近づくのは危険すぎる」


「なるほど…」トーマスは棚から何冊かのスケッチブックを取り出した。「これはどうだろう?」


彼が見せたのは、ブーメランのような形をした武器のスケッチだった。


「これは?」


「『リターンブレード』と呼んでいる実験的な武器だ」彼は説明した。「投げると弧を描いて戻ってくる。両端に刃があり、通り道にあるものを切り裂く」


「それは面白い」


「しかも、軽量の新合金で作れば、通常より速く、より遠くまで飛ばせる」トーマスは興奮した様子で続けた。「そして、君の石のエネルギーを込めれば…」


「グレイハウンドに効く可能性がある」


「正確には、石のエネルギーを『媒介』として使うんだ」彼は説明した。「石自体をブレードに埋め込むわけではなく、石のエネルギーパターンを合金に転写する」


これなら石に影響なく、その能力を活かせそうだった。


「やってみよう」


トーマスは嬉しそうに頷いた。「材料は揃っている。アカデミーへの研究として特殊合金を作っていたから」


彼は作業台の下から小さな金属の塊を取り出した。銀色に輝く美しい金属だ。


「この合金は魔力をよく受け入れる性質がある」彼は説明した。「通常は使い手の魔力を増幅するためのものだが、今回は君の石のエネルギーを受け入れるように調整する」


「どうやって?」


「まず合金を溶かし、鋳型に流し込む」彼は言った。「その間に、石を特殊な装置の上に置いて、そのエネルギーパターンを読み取る。そして、冷却過程でそのパターンを合金に転写する」


「複雑な工程なんだね」


「ああ、だからこそ実験的な技術なんだ」トーマスは笑った。「でも、これが成功すれば、君の石のエネルギーに反応する武器が完成する」


「時間はどれくらいかかる?」


「基本形を作るのに3時間、エネルギー転写に2時間、そして最終的な調整に1時間ほど」トーマスは計算した。「夕方には完成するだろう」


「それは素晴らしい」


「一つ条件がある」トーマスが真剣な顔で言った。「成功したら、詳細なデータを記録させてほしい。これはアカデミーの研究にもなるんだ」


「もちろん、問題ないよ」


「それじゃ、始めよう!」トーマスは袖をまくり上げた。


次の数時間、トーマスは熱心に作業を続けた。炉で合金を溶かし、鋳型に流し込み、表面を丁寧に磨いていく。その間、私は石のエネルギーを制御する方法について彼に説明した。もちろん、【システム干渉】や【現実改変】という言葉は使わず、「石の力の引き出し方」として説明した。


「面白いね」トーマスは作業の合間に言った。「君の石の使い方は、通常の魔法とは全く異なる。より…意識的な感じがする」


「そうかな」


「ああ。通常の魔法は呪文や符号、あるいは継承された技術で発動するが、君のは純粋に意志の力のようだ」


時間が過ぎていき、日が傾きかけた頃、ついに基本形が完成した。


「はい、これが基本形だ」


トーマスが見せてくれたのは、美しい銀色のブーメラン状の武器だった。両端は鋭く研ぎ澄まされ、中央部分には複雑な模様が刻まれている。全体のサイズは片手で扱えるほどだが、見た目以上に重量感があった。


「次は石のエネルギー転写だ」トーマスは特別な台を準備した。「石をここに置いて」


私が石を台の上に置くと、トーマスは小さな魔法陣を起動させた。台の周りに赤い光が広がり、石が青く輝き始めた。


「完璧だ」トーマスは言った。「今、石のエネルギーパターンを読み取っている。これを合金に転写する」


私は【システム干渉】を軽く使って、石からのエネルギー流出を制御した。自分の能力を少しだけ石に込めることで、より効果的な転写ができるはずだ。


「おや?」トーマスが驚いた様子で言った。「エネルギーパターンが変化している。何をしたんだ?」


「少し集中してみただけさ」


「君、本当に面白いな」彼は目を輝かせた。「通常、魔力の制御にはトレーニングが必要なのに」


転写過程が進むにつれ、ブレードが微かに青く輝き始めた。これは良い兆候のようだ。


さらに1時間後、ブレードは冷却され、最終調整が施された。


「完成だ!」トーマスは誇らしげに言った。「これを『ブルーリターン』と呼ぼう」


完成したブレードは美しかった。銀色の表面に青い光の筋が走り、両端の刃は鋭く光っている。重さは予想以上に軽く、投げやすそうだった。


「試してみよう」トーマスは工房の裏に出た。


そこには小さな練習場があり、的が設置されていた。


「まず、普通に投げてみて」


私はブレードを手に取り、的に向かって投げた。すると、予想以上にスムーズな弧を描いて飛び、的を切り裂いた後、見事に私の手元に戻ってきた。


「すごい!」トーマスが歓声を上げた。「バランスが完璧だ」


「本当だ。まるで手の延長のように感じる」


「次は、石のエネルギーを活性化してみて」トーマスは言った。「意識を集中して、ブレードに力を送り込むんだ」


私は【システム干渉】を使って、ブレードに意識を集中した。すると、ブレードの青い光の筋が強く輝き始めた。


「今度は投げてみて」


再び投げると、今度はブレードがより速く、より鋭く飛んだ。的に当たった瞬間、小さな青い閃光が走り、的が真っ二つに切断された。そして、より正確に私の手元に戻ってきた。


「これは…すごい!」トーマスは驚きのあまり言葉を失った。「予想以上の効果だ!」


「グレイハウンドにも効くかな?」


「間違いない」トーマスは自信たっぷりに言った。「この切れ味と速さなら、あの獣も逃げられないだろう」


「本当にありがとう、トーマス。素晴らしい武器だ」


「いや、君の石があったからこそだよ」彼は謙虚に言った。「それと、これも使って」


彼は小さな革のホルダーを渡してくれた。「腰に付けられる。ブレードを収納できるんだ」


「助かるよ」


ちょうどその時、村の鐘が鳴り始めた。


「評議会の時間だ」トーマスが言った。「行こう」


私たちは新しい武器を持って村の集会所へ向かった。途中、アイラと合流した。


「それは何?」彼女は興味深そうにブレードを見た。


「グレイハウンド退治のための特殊武器さ」私は説明した。「トーマスが作ってくれたんだ」


「トーマス、すごいわ!」アイラは感心した様子で言った。


「カイトのアイデアもあってね」トーマスは微笑んだ。


集会所には村の長老たちや重要な職業の代表者が集まっていた。村長が私たちを見つけ、手招きした。


「カイト、来てくれたか。先程言っていた案は?」


「はい、村長」私はブレードを取り出した。「トーマスと共同で、グレイハウンドに効く特殊な武器を作りました」


村長は驚いた様子でブレードを見た。「これは見たことのない武器だな」


私とトーマスは武器の特性や使い方を説明した。実際にデモンストレーションをするために、全員で集会所の裏に移動した。


そこで私はブレードを投げて見せた。青い光を放ちながら鋭く飛ぶブレードに、村人たちからどよめきが上がった。


「おおっ!!」村長は興奮した様子で言った。「これならグレイハウンドも倒せるかもしれない」


「問題は、どうやってグレイハウンドを見つけるかです」村の猟師が言った。「あの獣は素早く、姿を現すのも稀だ」


「私の提案は」私は言った。「小さなチームを組んで、北の牧場近くを見回ることです。グレイハウンドが再び現れたら、この武器で対処します」


長い議論の末、翌朝、私とトーマス、そして村の猟師二人でチームを組むことになった。


評議会が終わり、夜の村を歩きながら、アイラが私に近づいてきた。


「気をつけてね、明日」彼女は心配そうに言った。


「大丈夫。この武器があれば」


「それでも…」彼女は言いかけて止まった。「あの小屋での夜、あなたは何かをしたでしょう?獣たちが突然去ったとき」


「そうかな?」


「嘘はつかなくていいの」彼女は優しく言った。「私はあなたを信じてる。特別な力を持っているのは分かるわ」


「アイラ…」


「説明はいらない」彼女は手を振った。「旅人なら、秘密があって当然よ。ただ、自分を危険にさらさないで」


彼女の率直さに、心が暖かくなった。


「ありがとう、アイラ。君は素敵な人だ」


「あなたも」彼女は小さく微笑んだ。「明日の成功を祈ってるわ」


彼女は軽く私の頬にキスをし、自分の家の方向へ歩き始めた。振り返らないその背中には、何か決意のようなものが感じられた。


私は新しい武器を見つめながら、明日の獣退治に思いを馳せた。この武器なら、村を脅かす獣から人々を守れるだろう。そして、いつか来るより大きな試練にも立ち向かえるかもしれない。


「さて、明日に備えよう」


私は宿に戻り、武器の扱いをさらに練習した。手の延長のように感じる「ブルーリターン」は、私の新たな力となるはずだった。

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