第3話

# 第3話 『村への到着』


夜明けの光が草原を照らし始める中、私は東の方角に見える小さな明かりに向かって歩き始めた。システムのおかげで特殊な能力を得たものの、それだけで生きていけるわけではない。何より今必要なのは、衣食住と人との接触だ。


「まずは基本的な生活基盤を確保しないとな」


インベントリの水筒の水もそろそろ尽きかけている。草原を歩くこと約2時間、ようやく小さな村の輪郭が見えてきた。木の柵で囲まれた集落で、数十軒の家屋が見える。煙突からは煙が立ち上り、人の生活の営みを感じさせる。


村の入口に近づくと、簡素な木製の門があり、二人の男が槍を持って立っていた。


「おい、見知らぬ旅人だ」一人が声を上げる。


「どこから来た?何の用だ?」もう一人が警戒した様子で問いかけてきた。


ここで【言霊の術】を試してみるチャンスだ。意識を集中させ、言葉に力を込める。


「おはようございます。私は遠方から来た旅人のカイトと申します。食料と宿を求めて、この村にお世話になりたいと思っています」


言葉を発した瞬間、微かに唇がピリピリとした感覚。言葉が通常より響くような感じがする。


二人の表情が僅かに和らいだ。


「旅人か。この辺りは最近、山からの獣害が増えてな。警戒していたんだ」年長の男が言う。


「ウィロウ村へようこそ。危険な者でなければ、村長に会ってからになるが、滞在は許可されるだろう」


「ありがとうございます」


私は頭を下げ、二人に導かれるまま村の中へと入った。道の両側には木造の家々が並び、朝の活動が始まったばかりの村人たちが好奇の目で私を見ている。子供たちは私を見て小声で何かをささやき合い、隠れたり指差したりしている。


「村長の家はここだ」


中央広場の近くにある、他より少し大きな家の前で案内人が立ち止まった。ドアをノックすると、しばらくして白髪の老人が姿を現した。


「ムロさん、何かあったのか?」


「旅人です、村長。滞在許可を求めています」


村長と呼ばれた老人は私をじっくりと観察した。


「どこから来たのだ?」


ここで正直に「別の世界から来た」と言っても信じてもらえないだろう。適当な答えを考える。


「北の方から来ました。個人的な旅の途中で、しばらく滞在できる場所を探していました」


再び【言霊の術】を使って信頼感を込める。村長はしばらく考え込んだ後、頷いた。


「そうか。見たところ危険な人物には見えんが...」


そこで村長は私の腰のナイフに気づいた。


「武器は持っているな」


「自衛用です。危険な獣から身を守るためだけに」


村長は再び考え込み、ついに決断したようだ。


「よかろう。滞在は許可する。だが条件がある。我々の村は小さく、余裕はない。食と住は与えられるが、その代わりに村の仕事を手伝ってもらう」


「ありがとうございます。喜んでお手伝いします」


「それと、何か特技はあるか?」


特技か...転移者としての特殊能力は言えないが、前世の経験なら。


「営業...いえ、交渉事が得意です。あとは人の話を聞くのも」


村長の目が少し輝いた。


「交渉か!それは良い。実は明日、隣村との取引があるんだ。我々の作物と彼らの鉄製品を交換する予定だが、いつも少し損をしている気がしてな...」


「お手伝いできるかもしれません」


「それはありがたい。では今日は村を案内しよう。宿は...そうだな、アイラの家がいいだろう」


村長は窓から外を見て声を上げた。


「アイラ!ちょうどいいところに。こちらに来なさい」


木製の水桶を運んでいた若い女性が立ち止まり、こちらを見た。彼女は村長の呼びかけに応じて近づいてきた。


「何かご用ですか、村長?」


「新しい旅人だ。名前は...」


「カイトです」


「そう、カイトだ。しばらく滞在するが、宿がない。お前の家の空き部屋を貸してやれないか?」


アイラと呼ばれた女性は私をじっくりと見た。彼女は20代半ばといったところか。茶色の髪を後ろで結び、シンプルな服を着ている。しかし、その姿は素朴ながらも美しい。彼女の緑の瞳が印象的だ。


「構いませんが...」彼女は少し警戒している様子。


「安心してください。迷惑はかけません」私は最大限の誠意を込めて言った。


彼女はしばらく考えてから頷いた。


「わかりました。では準備ができたら案内します」


村長は満足げに笑った。


「素晴らしい!では、まずは村を案内しよう」


村長と共に村を歩き回ると、この場所が思ったよりも発展していることがわかった。小さな鍛冶屋、製粉所、市場広場、そして村の端には小さな神殿まである。


「かなり整った村ですね」


「ああ、我々の先祖が100年以上前に築いた村だ。小さいながらも誇りを持っている」


神殿の前を通りかかると、白い服を着た若い女性が出てきた。彼女は私を見ると立ち止まり、不思議そうな表情を浮かべた。


「新しい方ですね」彼女の声は柔らかい。


「ああ、リナか。こちらはカイト、旅人だ。しばらく滞在する」


「はじめまして」私が挨拶すると、彼女は微笑んだ。


「私はリナ、この神殿の見習い巫女です。ウィロウ村へようこそ」


彼女の姿を鑑定してみると、通常の村人よりも高いステータスが表示された。特に魔力の値が目立つ。この世界でも信仰と魔法は関連があるのかもしれない。


村の案内が終わり、アイラの家に戻ってきた。


「ここがあなたの部屋です」アイラは二階の小さな部屋を示した。「質素ですが、寝るには十分でしょう」


部屋には一つのベッド、小さな机、そして窓がある。シンプルだが清潔だ。


「十分すぎるほどです。ありがとう」


彼女は少し緊張した様子で言った。「夕食は6時です。それまでに戻ってきてください」


「わかりました」


アイラが去った後、私は部屋に一人残された。窓から村の景色が見える。ベッドに座り、今日の出来事を整理する。


「まずは住む場所と食事の確保ができた。明日は交渉の腕を発揮するチャンスもある」


システム石を取り出し、ステータスを確認する。MPはまだ完全には回復していないが、徐々に戻りつつある。


「明日の交渉で【言霊の術】を使えば、村への恩返しになるな」


そして、アイラとリナの印象も頭をよぎる。二人とも魅力的な女性だ。この世界での新しい人間関係を築くチャンスでもある。


「まあ、焦ることはない。まずは村での信頼を築くことだ」


ベッドに横になり、天井を見つめる。異世界に来て最初の「安全な場所」を確保した安堵感から、疲れが一気に押し寄せてきた。


「少し、休むか...」


目を閉じると、すぐに眠りに落ちていった。

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