第12話

 出来るだけ大きな動きをしないようゆっくりと倒れたドロイドの方へ這う。

 さっきまで戦いで奴等の熱暗視装置の弱点は把握しているつもりだった。火の手に加え、二体目の攻撃で溶け落ちた基礎によって熱源だらけのこの部屋なら、大きな動きを避ければ、敵に察知されないかもしれない。

 しかしそんな期待とは裏腹に、一つ目のドロイドは首だけを動かし、その大きく真っ赤な目で正確に二人を捉える。大き過ぎる獲物が災いして、今はこちらを狙うことが出来ていないのがせめてもの救いだ。


(サーシャのライフルなら撃破までは無理でも損傷はさせられる!)


 バラバラになりそうな体に鞭打って、倒れたドロイドに突き刺さったままのライフルに手を伸ばす。

 補足されているのであれば、もはや小さく動く必要は無い。相手が銃をこちらに向けるのに手間取っている間が勝負なのだ。


(胴体は無理でも頭なら! センサーさえ破壊すれば逃げる時間を稼げるかもしれない!)


 伸ばした右手でライフルを掴み、力任せに引っこ抜く。

 疲労と絶望に手が震えるのを必死で抑え込みつつ、槓桿を引き、サーシャから受け取った弾を込め……。 ふと視界に入った銃の先を見て手が留まった。


「そんな……銃身が……」


 ドロイドの体内に力任せに突っ込まれ、その状態で二発も射撃を行ったライフル。その銃身は半ばほどから大きく裂け、もはやこれ以上の射撃に耐えられる状態ではなくなっていた。

 最後の希望が断たれたような、胃の奥がぐっと絞め付けられるような感覚と少しの脱力感。取り落としたライフルが地面に落ちる音でシエラは我に返った。


「サーシャ! ライフルは駄目!」


 落としたライフルに躓きながら、サーシャの元へ駆け戻る。

 一方で聞こえたズンと重い音はドロイドが歩みを進めた音だろうか。


 こうなってしまった以上、もはや全員無事生還、とはいかないだろう。ならば。


「ここはワタシが食い止めるから! サーシャはケイトを連れて逃げて!!」


 相棒のベルトから強引に拳銃と予備弾倉を奪い取りつつシエラは叫ぶ。


「馬鹿野郎! そんな体と豆鉄砲でどうするつもりなんだよ! ウチは怪我も少ないしまだ戦える!!」


 サーシャも負けじとがなり立てる。

 ズン。再びの足音。

 二人が顔を上げると、ドロイドは少し移動した所でゆっくりとその巨大な銃をこちらに向けようとしていた。


「早く! 行って!!」


 サーシャの拳銃から引っこ抜いた空の弾倉をドロイドに投げつけながらシエラが叫ぶ。


「早く!!」


 完全にこちらを向いた銃口が青白く光り始める。


「行けぇええ!!!!」


 シエラが叫び、ドロイドに拳銃を向ける。引き金に指をかけ、力をかけたその時。


 カラン。と軽い音を立てて二人の間に銀色の筒が落下した。


「……ッ?!」


 こんな状況ではあまりに微かな軽い音。しかし、そんな音と共に妙にはっきりと存在感を示したその筒は、地面を少し転がると猛烈な勢いで煙を噴き出した。あっという間に室内に充満する煙。訓練で使用した発煙弾と比べ、やけにキラキラと瞬いているのは気のせいだろうか。


「息を留めなさい!!」


 次いで聞こえるは女性の声。自分達よりも少し低く、落ち着いた雰囲気の声には聞き覚えがあった。

 反射的に声に従い息を留める。横目でサーシャを見ると、彼女もまた口を手で押さえ、突然の声に目を丸くしていた。


 輝く煙で満たされ、ほとんど視界が効かなくなった室内で、何か黒い影が目の前を横切る。

 何故だかとても目が痛い。

 

 影の姿を確認する間もなく、今度は灼熱の熱線が二人の頭上を通り抜けた。背後から聞こえる崩壊音は、敵がまたしても壁に大穴を空けた音だろう。

 

(外した!!?)


 爆風で少しだけ晴れた煙の隙間から、先ほど横切った影が見えた。真っ黒の戦闘服に防弾ベスト、顔はマスクで覆われていてわからないが、体格からして女性だろう。

 黒づくめの女性がライフルを構える。シエラの半自動ライフルに似ているが、少し短く、あちこちに筒状のパーツがたくさん付いていた。


「よく持ちこたえたわ。後は任せなさい」


 ライフルを構えたまま女性が言う。顔全体を覆うマスクのせいで表情まではわからないが、きっとこちらを見ていたのだろう。

 優しくも、力強いその声をシエラは誰よりも良く知っていた。


 女性は握ったライフルの側面にあるレバーを親指で軽く回すと、すぐさま煙の向こうのドロイドに向かって引き金を引く。

 続けざまに火を噴くライフルとあふれ出す薬莢はサーシャの拳銃と同じ、全自動フルオート射撃によるものだ。射撃音がやや籠っていて、耳が痛くないのは減音器サプレッサーというものだろうか?


 煙越しに微かに見えるドロイドのシルエットが揺らぐ。


 あっという間に弾倉を撃ち尽くした黒い彼女は、手早く弾倉を交換し、ドロイドに銃弾を浴びせ続ける。よく見れば、腰や防弾ベストの前に大量の弾倉を装備しているのが見て取れた。

 弾が切れたら再装填、を繰り返すこと二回。やっと煙が薄くなり、撃たれ続けていた機械の全容が見えるまでになった時、あれほどまでに二人を追い詰めていたはずのドロイドは全身穴だらけの金属片と化していた。


「もう大丈夫よ。外に医療班が来ているわ」


 ライフルをベルトで背中に回し、肩に下げたバックから三人分のガスマスクを取り出しながら彼女は言う。


 あぁやっぱりこの声は。マスクで顔が見えなくたってシエラには分かる。


「よく頑張ったわ、シエラ」


 結局いつも自分はこの人に助けられてばかりなのだ。10年前、あの暗い路地裏でワタシを拾ってくれたあの時からずっと。


「コル……姉さん……」


 シエラの血の繋がらない姉であり、事実上の育ての親。シエラが誰よりも尊敬していて、誰よりも憧れている人。


 コル・ムラマサその人が、シエラの前に立っていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【おしらせ】


ご愛読ありがとうございます。


ここまでで第1章終了です。

一週間お休みを頂き、次(13話)の更新は6月26日(木)17:00となります。

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