第11話

 完全に頭部を損失し、首から下だけになった体がサーシャの方を向く。

 サーシャは手早く槓桿ボルトハンドルを操作し次弾を装填、立て続けに二射目、三射目を放った。しかし強固な装甲に覆われた胴部分を前に弾かれた銃弾は空しく厨房の壁に消える。


「なっ、何なんだよ!! てめぇは!!」


 威勢よく飛び込んできたサーシャだったが、流石に首無し相手に大口径弾を二発も防がれ、やや動揺しているようだ。

 だが、死を覚悟していたシエラが再び戦う意思を取り戻すのには彼女がここにいる。その事実だけで十分だった。


 (サーシャが、来てくれた!)


 停止しかけていたシエラの脳が再び機能し始める。

 体中が痛い、ちょっと気を抜いたら意識が持っていかれそうになる。それでもシエラは声を上げる。自分の意思を、簡潔に。サーシャなら分かってくれるはずだ。

 

「拳銃! 上から撃って!」


 自分の拳銃を投げ捨て、サーシャに手を伸ばす。

 それだけで意思は伝わったのだろう。間髪入れずにサーシャは腰から抜いた拳銃をこちらに投げてくれた。


「あんたの!相手は!ワタシよ!!」


 サーシャから受け取った拳銃を利き手に構え、スライド後端に後付けされたスイッチを押し込む。

 投げられた拳銃を追うように敵がこちらに体を向けたのを確認し、シエラは確信する。


(やっぱり、今のあいつは体の正面しか視認できない!)


 ならば、することは一つだけ。


「これでも!! 食らえ!!」


 伸ばした手が届きそうな距離でシエラは相手に拳銃弾をたたき込む。自分やケイトの銃では出来ない全自動フルオート射撃。サーシャの拳銃はこれを可能とする改造が施されているのをシエラは知っていた。

 瞬く間に放たれた十数発の銃弾が、敵の装甲を撃ち抜ける見込みはない。

 鋼鉄の装甲に阻まれた弾丸がこちらへ跳ね返ってくるかもしれない。

 だがそれで構わない。今の自分の役目は相棒が必殺の一撃を入れる隙を作ることなのだから。


 ほら、やっぱりサーシャは頼りになる。


 完全にこちらを向いた首無し機械人間の背後、調理台を踏み台にし、敵の上まで飛び上がったサーシャが視界に移る。

 ライフルを槍のように頭上に振りかざし、落下の勢いに任せてその銃口を敵の首から胴体へ突っ込む。同時に発砲。

 いくら外部の装甲が強固だろうが、機械である以上内部は精密機器の塊である。そんなところに内部から大口径弾を撃ちこまれれば、もうこの機械人間に抗うすべは無かった。

 膝を損傷させた時とは明らかに違う様子で敵の動きが止まる。

 

「いいから!とっととくたばりやがれ!!」


 動きを止めた機械人間に馬乗りになった状態のままサーシャは最後のライフル弾を敵の内部に送り込む。

 ガクッと一度痙攣した機械人間は、そのまま両ひざをつき、重い音と共に地面に倒れ込んだ。


「シエラ! 大丈夫か?!」


 サーシャがシエラに駆け寄ってくる。


「ありがと……多分、大丈夫……」


 この期に及んで強がりを言うシエラを前にサーシャは呆れたような、安心したような表情だ。


「あいつを退避させる途中でとんでもない戦闘音が聞こえてな、慌てて飛んできたんだ」


 シエラを助け起こしつつサーシャが言う。

 

「あの子は?無事?」


 肩を貸そうとするサーシャを手で静止しつつシエラが問う。


「あぁ容態は安定してる。上のもっと安全なところまで連れて行ってやりたかったが、そんなこんなで今は途中の階段で待っててもらってる」


「良かった……。後はあの子、ケイトを、助けてあげて。ワタシは大丈夫だから」


 空になった拳銃をサーシャに返しながら立ち上がる。

 近くの台で体重を支え、ふらつきながらも歩くシエラを心配そうに見ながらサーシャは倒れたケイトの下へ向かった。


「大丈夫、気絶してるだけだ、だが早いところ手当てを受けないと。もちろん、お前も」


 うん。そうだね。と言いかけたところでシエラの言葉が詰まる。視線の隅に機械人間が撃ちまくっていた銃が留まったのだ。

 見たことも無い人型機械が使っていた銃だ。RPU隊員が所持している旧世代機とは比べ物にならない性能を持っていても別に今更驚くようなことでも無い。しかし名状しがたい不安感、何かを見落としているような感覚がシエラを不安にさせた。

 あの尋常ではない連射力。その連射速度に見合わない馬鹿げた装弾数。調理台はあっという間にハチの巣にされたが、遮蔽物に使った冷蔵庫は弾を防いでくれた。


「なにか……おかしい」


 疑問が口に出る。そしてサーシャはそれを聞き逃さなかった。


「こいつら、多分元軍用のドロイドだ。ウチも実物を見るのは初めてだけど、以前座学でやったの覚えてないか?」

 

 気絶したケイトを担ぎ上げつつサーシャが言う。


「この銃も大戦前の軍用銃だろうよ。威力はウチらの銃とさほど変わらないが、電気式で連射力、弾丸の携行数がずば抜けてる」


 威力。そうだ、威力だ。シエラの中で思考が晴れてくる。しかしそれは今考えられる最悪のシナリオを指し示していた。


「ねぇ? この銃で都市の基礎構造を撃ち抜けると思う?」


 震える声でサーシャに問う。


「いや、無理だろうなそんな……」


 答える途中でサーシャの声が途切れた。おそらく同じことを考えているのだろう。


「サーシャ、ここに来る途中の、壁何枚も貫通する大穴、覚えてる?」


「ッ!!ヤバい!! 早くここを離れるぞ!!――――――――――――――――!!!」


 血相を変えたサーシャの叫び声はそれを上回る轟音でかき消された。

 耳をつんざく爆音とそこらの炎を遥かに凌ぐ灼熱。つい先ほどまでシエラが追い込まれていた厨房の片隅が、コンクリートの壁、厨房の設備ごとごっそりと消し飛び、溶けた金属がそこら中に飛び散った。

 押し寄せる熱風と襲い掛かる瓦礫。両腕で飛来物から身を守りつつシエラとサーシャはその場にしゃがみ込む。


 顔を上げた先、壁に貫いた大穴の中から二体目のドロイドが姿を現す。


「やっぱり……もう一体……」


 先ほどあれだけの苦戦を強いられたドロイドと同型と思われる機械人形。比較的常識的なサイズの銃を振り回していた一体目と違い、二体目のドロイドは身の丈ほどの長大な獲物を腰だめに構えていた。銃から伸びた複数の管は背中に背負った巨大なバックパックと頭部に装着した赤い一つ目の大型バイザーに接続されている。

 

「シエラ、弾を」


 サーシャが一体目のドロイドに視線を向けながら呟いた。きっとまだ胴体に刺さっているライフルを見ているのだろう。

 腰に付けたポーチから無造作に取り出された弾薬を、シエラは受け取る。


「ケイトをお願い」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る