第3話

 時は満ちた……!

 守護者クラウスとして可能な限りレベルを上げた。

 イケメンクラウスに相応しいセリフや立ち振る舞いのシミュレーションを重ねた。

 イレギュラーにも対応出来るように複数の台本を考えた。

 そう、全ては『世界樹の守護者』を最高の物語にするため。割れんばかりの拍手で始まり、大歓声とまた拍手で幕を下ろす。キャスト全員でのカーテンコールは観客が咽び泣くこと間違いない。それくらいの意気込みでここまで進めてきた。


 後は主人公が物語の開演を宣言するだけ。

 ゲームなら最初から始める。アニメなら第一話。小説なら一ページ目。どれも傍観者からすれば特別な瞬間となる。だからこそ……かっこよく決めてくれよな。


「……」


(かっこよく決めてくれよな!)


「…………」


(……よーい、アクション!)


「………………」


(――最初から始める)


「……………………」


(二十三時になった! テレビつけなきゃ!)


「…………………………」


(もうページめくったよ! プロローグだよ!)


「………………………………」


(はよ、始めろやボケェ!)


「……………………………………」


 おかしい。どれだけ待っても何も始まらない。何も起こらない。幕は上がらず暗転したまま。ゲームは起動しないし、アニメは放送されないし、小説はどこにも見当たらない。……どうなってんのこれ?


 ストーリーの始まりは『世界樹の守護者』の主人公が世界樹を訪れる場面から始まる。と言ってもこの閉鎖空間に立ち入ることは出来ず、言葉で表現するなら麓にある祠に主人公が到着するところから始まるのだ。

 

 その祠には伝説が残されており、どんな願いでも叶えてくれるという言い伝えがあった。村から離れた険しい山道を乗り越えてまで主人公が叶えたかった願い。それは実の祖父で育ての親でもある爺ちゃん――グラファを助けたい想いからの行動であった。

 年齢を感じさせず、元々元気だったグラファがある日を境に体調が悪くなり倒れてしまう。村から離れた街から来た医者にも見せたが原因不明。日に日に衰弱してゆき、動くことすら叶わない状態にまで悪化してしまう。

 大好きな爺ちゃん。育ての親でもあるグラファを助ける為に藁にも縋る思いで祠を訪れるのだ。


『爺ちゃんを助けてほしい』


 残念ながらその願いが叶うことはなかった。

 村に戻った主人公が見たのは既に息を引き取ったグラファの姿であった。死から一日が経過していた。

 伝説という迷信に縋った結果、最愛の人の最期に立ち会うことが出来なかったのだ。


 悲しみに暮れる主人公。だが不幸はまだ続いてしまう。

 主人公は村から追放されるのだ。

 グラファは村の代表的な人物であり、多くの村人から慕われていた。そんなグラファの寿命が尽きそうになっている時に、世迷言を信じてグラファを一人残し村から出てしまう。傍から見れば親不孝の大馬鹿者。一番そばにいるべき者が身勝手な理由で離れたことを村人は許さなかった。――グラファが慕われていたからこそ起きてしまった悲劇とも言える。……逆を言えばその悲劇があったから、主人公は狭い村を出て世界を回るきっかけを得たのだが。


「本当に誰も来ないんだけど……」


 いいのか主人公君! 早くしないと爺ちゃんが死んじゃうぞ。君が村に残ったところで何も解決しないんだから早く祠に来なさい。そして祠に来ても願いは叶いません。早く村から追放されてください。


 心の中でオーダーするが何も起こらない。祠はおろか山にすら誰もいない。……余談ではあるが守護者であるクラウスは世界樹を通じて周囲の気配を探知することが出来るのだ――世界樹万歳。


(もしかしなくても……これはまずい状況では?)


 面白くないからゲームの売り上げが伸びない。苦行すぎてアニメ中断。俺達の戦いはこれからだEND。どれも悲しい結末だが現状はどうだろうか。始まる前から終わってはいないだろうか。まさかの修行パートで打ち切り。こんな結果受け入れられるはずがない。――どうなってんだゴラァ!


 選択を誤って進行に多大な迷惑をかけてしまったのならまだ理解出来るが、そもそも何もしていない。ただクラウスが修行しただけである。

 ストーリーが逸れてしまった場合の修正案も練っていたがさすがにこれは想定外すぎる。物語が始まらなかった場合の対策なんて誰も考えるはずがない。……こんなの攻略本にも書いてなかったぞ。


「……あんなに訓練したのにな」


 現地人用の身体とはいえ魔法の使い方なんて知らなかった。手探りで色々やった結果沢山の失敗を重ねていた。

 魔法の制御を誤って片腕が消し飛んだり(回復魔法で治した)、魔素が枯渇して死にかけたりもした。世界樹の力を少しだけ借りようとしたら世界樹が赤くなったこともある(ちょっと経ったら元に戻った)。本当に大変だったのだ。

 これだけ頑張って何の成果も得られず終わってしまえば、俺はどんな顔をして同胞ファンに弁明すればいいのか。許してくれるだろうか。俺は許せるのか。否、断じて否。こんなマヌケな終わりを認めてなるものか!


「いいだろう。お前達がその気なら俺にも考えがある」


 キャスト達はどうやら遅刻しているらしい。渋滞にはまってしまい身動きが取れないようだ……なら単純。――こちらから迎えに行こう。

 物語が始まらないなら始めさせればいい。イベントが発生しないなら起こせばいい。単純明快。力技で進めるまでよ。主人公を引きずって祠まで連れて来れば解決だ(ヤケクソ)。


(クラウス入りまーす)


 そうと決まれば行動開始だ。止まっているこの一瞬がもう無駄である。早く主人公がいる村に向かわなければならない。

 守護者が世界樹から離れるのはどうかと思うが、作中でもクラウスはこの空間から出ていた。もしかしたら思いの外自由なのかもしれない。なら俺がそうしても問題はないのだろう。

 早足で空間の出口まで進む。主人公が住む村はここからどんなルートで行くべきか頭の中で考える。セオリー通り進むか近道するか。それとも空を駆けるか空間を飛ぶか。下手に実力を開示したくはないが、そうも言ってはいられない。打ち切りの危機なのだ。俺達の戦いが始まるよENDなのだ。


 決意を胸にいざ行かん。目的地は主人公が待つ始まりの村『オロムン』。役を忘れ台本をしっかり読まなかった主人公の大馬鹿野郎をぶちのめすのだ。


 駆け出すクラウス。出口に到着して空間の狭間へ足を置く。そこから本空間に飛び出そうとする背中に声がかけられる。耳ではなく頭に直接語りかけてくるような不思議な音声。神聖な声色は何処か焦っているようにも感じられた。


『⁉︎ こ、コラッ! ま、お待ちなさい! 何をしようとしているのですか⁉︎』


 久しぶりに聞いた自分以外の声に少しだけ嬉しくもなったりした。――もしかした監督からのお叱りかもしれない。

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