第2話
あれからそれなりに時間が経過したと思う。というものも閉鎖された空間では日の出入りが分からないからである。
魔素と神秘的な緑の光で覆われた場所で世界樹と二人きり? だと時間の感覚が麻痺してしまう。話し相手はおらず、ただひたすらに魔法の研鑽と戦い方を学んだ。それなりに成果はあったと思うが実戦経験を積めない以上、こればかりは本番を迎えなければ何とも言えない。
(予行演習無しの一発撮りか……緊張するな)
いきなり失敗したらどうしよう。アイツ噛んだぜって笑われたらどのように誤魔化すか。……正直立ち直る自信がなかった。
だから、負の感情を気にしなくていいようにガムシャラに頑張った。自信を持って俺はクラウスなんだと胸を張れるように努力した。憂はない。だが緊張はしてしまう。そんな葛藤を抱きながら現在へと至る。
(緊張はするけど腹は減らないな)
どれくらいこの空間に引きこもっているのか、正確な時間は分からないが一つ言えることがある。それは何も飲み食いはしていないこと。
守護者クラウスは『
彼の場合は魔素を取り込むことが食事であり喉の渇きを潤す。魔素の根源――世界樹があるこの場所はクラウスにとっては尽きることのない食糧庫と言えていた。
(設定盛り盛りだよな……)
人間との違いは他にもある。
百年もしない内に寿命が来てしまう人間。一方の星人は千年は生きるとされていた。老いはなくいつまでも若々しく、衰えることのない肉体は生命体と相反する存在である。
そんな星人であるクラウスは何歳だったのか――実のところを言うとそれは分からない。作中では触れられておらず、星人の設定も公式ファンブックで判明したくらいなのだ。
裏も表も全部含めて謎に包まれたイケメン魔法戦士のお助け裏切り真実を知るキャラ……くぅ、かっこいいぜ。
初登場シーンはどうするのか。原作通りのセリフでいくか、はたまたオリジナルでいくべきか。
魔法の修行をしながら同時進行であれこれ考えていたのだが……考えすぎて逆に分からなくなっていた。
もうシミュレーションは千回を超えていた。セリフを考えた回数ではない。物語の始まりから終わりまでの通し全ての模擬訓練だ。
クラウスが関係するシーン以外もしっかり分析した。主人公達が行動している時にカメラの外でクラウスは何をしていたのか、何をするべきか。最高のストーリーを引き立てる為に考えて考えて考え尽くしたのだが……。
「修行パート長くない?」
長すぎる。いくら何でもこれは長い。
物語のスパイスとして修行回は必要だろう。弱かったキャラが、壁にぶち当たった人物が、おちゃらけ三枚目が裏で努力して強くなるのは王道中の王道である。
今まで見ることのなかった新たな一面はギャップや驚きに感動を視聴者に与えてくれる。まさに物語のスパイスである。
クラウスがそれをやっても、もちろんプラスに働くだろう。最強が自らの実力に驕ることなく修行を重ねる。圧倒的な強さに裏打ちされた理由があればより感情移入にも繋がる……繋がるのだが。
(ずっと修行はダメだろ)
いくらイケメンのクラウスでも、誰とも絡むことなく淡々と修行している状況がずっと続けばさすがにファンも飽きてしまう。魔法を放ち威力を確認することがあれば、静かに座り魔力を整えるだけのこともある。……そんな画が果たして面白いだろうか。
(面白くない! 俺ならクレームを入れるな)
ゲームならダウンロードコンテンツやファンブック。アニメなら一話で終わらせるべき内容である。
もう十分尺は稼げただろうから修行パートは終わり、終わり!
口でも終わり終わりと宣言して修行を打ち切る。何事にもメリハリが大事なのだ。ダラダラと不必要に継続するのは得策と言えない。クラウスはもっとスマートでなければならない。
腰を地面に下ろし一息つく。視線を上げればそこには巨大な世界樹が変わることなく鎮座している。
修行は世界樹から生み出される高濃度の魔素のおかげで効率良く進んだ。クラウス自身の星人の体質もあるのだろうが、一番の立役者はやはり世界樹である。
「ありがとうな」
大地に伸びる巨大な根に触れながらお礼をする。世界樹からしてみれば修行に手を貸したわけではなく、ただ魔素を世界に供給していただけ。それを
現実の世界で眠る俺は何も出来ない子供だった。お医者さんや看護師に病院スタッフの人達がいなければとっくの昔に死んでた。父や母、親戚など家族の支えがなければ早々に腐ってた。自分という人間がこれまで生きてこれたのは多くの人に助けられてきたからで、間違っても自分の力で生きてきたとか運が良かったなんて勘違いしてはいけない。――生きたのではなく生かしてもらえたのだから。その助けがあったから『世界樹の守護者』にも出会えた。
だから何事にも感謝する。そう決めていた。
少しセンチメンタルになったが世界樹は変わらず神聖な空気を醸し出している。……どうやらこいつも役を全うする所存らしい。負けてられないな。
となれば後は始まりを待つのみ。クラウスはもちろん世界樹、そして他のキャラ達も舞台袖で今か今かと開演を待っていることだろう。多くの注目を浴びながらも堂々と開幕の挨拶を主人公にはしてもらいたいものである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます