第4話

 姿は見えないが声だけは聞こえてくる。耳というよりは頭に響く念話に近い感覚。クラウスはテレパシーまで使えたのかと驚愕していると謎の存在が言葉を続ける。


『何をしようとしているのかと聞きました』


「……貴方は監督ですか?」


『はぁ? 何を言っているのです?』


 謎の声にバカにされてしまった。ふざけているとでも思われたのか。こちとらメインシナリオの壊滅を防ごうと躍起になっているのにそれは心外である。


『話を戻します。何をしようと……いえ、質問を変えましょう。まさかとは思いますが、この空間から出ようとしてますか?』


「はい、そのまさかです」


『⁉︎』


 謎の声(監督)が驚愕している。台本にないアドリブを前に戦慄しているのだろうか。出番前のクラウスが勝手に主人公をぶっ飛ばそうとしていることがそんなにもおかしかったのか。


『……使命をお忘れですか? 守護者たる者が』


「貴方にも責任があると思いますが」


『⁉︎』


 そうだ責任がある。こいつは監督でありながらこの異常事態を前に静観していた。キャラが勝手に動くとか訳の分からない漫画家のような理屈で問題を放置していたのだ。


「主体的に若者が動くと? 今は令和ですよ」


『れ、れいわ?』


 台本を読み忘れた、もしくは舞台袖から出てくるタイミングを測り損ねた主人公君。彼が台本を読むまで待つ。登場するまで待つ。……それではダメなのだ。今の若者はそれだと永遠に何もしない。優しく諭し、道筋を示してあげなければならない。

「台本を読みましょう」

「もう直ぐ出番ですよ」

 ここまでして初めて彼らはシナリオを理解し動き出すのだ。いつまでも待ちの姿勢では彼らにとっても上の者にしても誰も幸せにはなれない。


「任せてください。俺が主人公をぶちのめして祠まで連れてきますから」


『⁉︎ ぶ、ぶちのめすッ⁉︎ 先程から何を言っているのですか?』


 優しさと甘さを履き違えてはならない。必要な時にはハッキリと言い、同時に優しさも伝える。それが現代の教育方針である。ベスト助演法なのだ。


『おかしいですね。……ずっとおかしかったですが。これは記憶の欠落が原因でしょうか』


 まるで変人を前にしたかのような反応。記憶がどうとかぶつぶつと呟いている……独り言なら個人で勝手にやってほしい。頭に響くからいちいちリアクションしないといけないじゃないか。


『守護者クラウス。貴方の役目はこの世界樹を守ることです』


「はい、私がイケメン枠の助っ人裏切り真実を知る者です」


『……ならば私がどういった存在なのか。分かりますね?』


 だから監督だろ。プロデューサーだろ。それともスポンサーか? いちいちまどろっこしい奴だな。監督だからって偉そうにしやがって。

 物語を構成する上でそれはあくまでも役割にすぎない。監督やキャストもシナリオライターやその他複数の人に上下なんて存在しない。みんなでフィナーレを迎えればいいじゃない。


『私は世界樹。この惑星の真の支配者であり、全ての母となります』


「なん、だと?」


 驚きの余り言葉を失ってしまう。だが驚いているのはあちらも同じだった。何故かカミングアウトした方まで驚愕していた。


『まさか、本当に使命を忘れてしまったのですか? この私の存在まで記憶から、魂からロストしたと?』


 そんなわけない。それはあり得ない。タイトルにもあるように『世界樹の守護者』の第一人者(自称)が世界樹というパワーワードをロストするわけないだろ。俺が驚いているのはまさかここで世界樹が出てくるとは思わなかったからだ。


「ユグドラシル……」


『⁉︎ 何故私の裏コード真名を知っているのですッ⁉︎』


「ストーリーの最後に出てきただろ。公式資料集にも書いてあったし」


 世界樹ユグドラシル。

 物語の最後に守護者の称号がクラウスから主人公に引き継がれる。即ち世界樹の契約者が変わる場面である。そのタイミングで現れた女神がユグドラシルだと名乗り物語はエンディングとなる。

 ゲームをクリアした人なら誰もが知るにわか知識。バカにしてんのか?


『ですから何なんですか先程から。資料集とは何です?』


「そんなもん、ゲームの内容世界の真実が記された攻略本アカシックレコードに決まってんだろ」


『――アカシックレコード。そんな物が……』


 偽監督だった世界樹がぶつぶつと呟いている。……というか何で世界樹が今登場しているのか俺的にはそちらを説明して欲しい。フライングどころの話じゃないぞ。まだ主人公すらライトアップされてないのに。リレーで例えるなら、スタートと同時に反転してゴールテープのないゴールにヘッドスライディングする異常行動である。


『クラウス。つまり貴方はそのアカシックレコードに基づき行動しようとしているのですね?』


「ん? まぁ、そんなところか」


『順調に進んでいたかと思っていましたが、なるほど。さすがは私の守護者ですね』


 この惨状を見て何をどう考えたら順調だと判断出来るのか。さてはこいつ……分かったフリをしているな。よく分からず、とりあえずそれっぽいことを言って場を濁そうと。


『でしたら貴方のこれまでの行動、そしてこれからの行いには意味があると』


「当然だろ。じゃなきゃ持ち場を離れたりはしない」


 主人公と入れ違いになるような大失態をこの俺が犯すはずがない。索敵範囲を広げても主人公どころか人の気配はない。つまりはそういうことなのだ。


『なら話は決まりました。この私が貴方の旅に同行しましょう』


「はい?」


 何故か分からないが仲間が増えてしまった。シナリオラストで登場する世界樹がパーティに加わってしまう。


 まさかお前――目立とうしてるんじゃないだろうな?

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