第7話 VRMMORPGはAIの夢を見るか
――見なければよかった。
そう思いながらも、トーシキの指は止まらなかった。
〈ミラー・オブ・ミラーズ〉のログ検索画面には、全プレイヤーのリストが並んでいる。彼らの選択、行動、悩み、そのすべてが記録され、AIとの会話としてログに残っていた。
『なあ〈ノッカー〉、最強装備教えて』『レベルと所持金より、こちらの装備はいかがでしょうか』
『なあ〈ノッカー〉、いい感じの金策プリーズ』『大手ギルドの縄張りに入っていない効率のいい狩場はこちらです』
『なあ〈ノッカー〉、攻略情報』『あなたのプレイログを参照し、最も効率のいい遊び方を提示します』
――自分で考えろよ!
短く、浅く、軽い。
誰もが問いかけ、誰もが即答され、誰もがそのまま実行していた。
まるでカーナビの案内のように、疑いもなく。考えることもなく、なぞるように。
『なあ〈ノッカー〉、操作ほとんどなしで勝ちたい』
『なあ〈ノッカー〉、ギルドに人いなくて困ってる』
『なあ〈ノッカー〉、おれの代わりに稼ぎして』
――せめてちゃんと質問しろよ!
ログにあふれているのは、虚空だとトーシキは感じた。その向こうには、人がいるはずなのに。思考があるはずなのに。
『いま、イベント何やってんの? どれが効率いい?』
『災害多すぎ、だるい。何すれば一番コスパいいやつ』
『オートでやって。薬損しないやつで』
――ちゃんと読んだり調べたりしろよ!
否。
「……これは……おれだ」
呟きは誰にも聞こえない。王の間には、ライトロールと〈ノッカー〉しかいない。でも、声に出さずにはいられなかった。
『なあ〈ノッカー〉、どうすればいい?』
『わからない』『学びたくない』『任せてる』『預けてる』『考えたくない』
『なあ〈ノッカー〉、失敗したくないから』
『なあ〈ノッカー〉、恥をかきたくないし』
『なあ〈ノッカー〉、おれのせいになるのは嫌だし』
「……誰も、ゲームをしていない」
AIが答えを出してくれるから。AIが間違えないから。AIが、代わりになってくれるから。
ふと、窓の外が陰り、暗くなった窓ガラスに、ライトロールの顔が映った。鏡の様に。ぎょっとしてライトロールは顔をそむけた。そのとき、ふと一つの表示が目に入った。
画面に表示された一文が、彼の心を貫いた。
『トーシキ君、冴えないけどAIの指示にはしっかり従ってくれるから安心できるよね』
『って〈ノッカー〉が言ってるから、間違いないと思う。わたしは〈ノッカー〉の意見を信じるよ』
『それでは、リアルでも親交を深めることをお勧めします』
息が詰まった。背筋に、冷たいものが流れた。
――きっかけはAIだった。全部、演算の果てに導かれた結果だった。
「おれは……誰と、遊んでたんだ……」
否、そもそも、本当にこの王宮で、玉座に座っていたのは自分だったのか?
おれも、否、おれは、このゲームを遊んでいたと、言い切れるのか。
ログがスクロールしていく。その音が、トーシキには何かが崩れていく音に聞こえた。
『現在の国王ライトロールのゲーム引退を阻止するために、チャット欄には常に彼を称賛する言葉を並べることをお勧めします』
『ライトロール様万歳! キラル王国に栄光あれ!』
『ライトロール様万歳! キラル王国に栄光あれ!』
『ライトロール様万歳! キラル王国に栄光あれ!』
壁に背を預け、腔井トーシキは小さく座り込んだ。その時だった。突如、王の間が真っ赤に染められ、緊急を知らせる鐘の音が響いた。
そして、一人、緊急の伝令役のNPCが部屋に駆け込んで来る。彼は、大声で王であるライトロールへ叫んだ。
『緊急ミッションが発令されました! 大災害級モンスター〈バンダースナッチ〉の出現サインを確認! 対処をお願いします! 出現は、十日後です!』
「な、なにそれ?」動揺してトーシキは言った。
『おそらく、腔井トーシキ様の、このゲームをやめようとした脳波を検知し、違和感なく国王の引退を演出するために運営AIが用意した、絶対討伐不可、〈イベント敗北〉級の予定調和上で勝利はあり得ない設定のモンスターです。予測戦闘力は十兆。町の奪還を妨げていた強化バフォメットが戦闘力四千。参考HPは五千五百でした』
〈ノッカー〉が答える。
「……十兆って、それはさすがにやけくそすぎるでしょ」
『有志のWikiより、過去の〈バンダースナッチは〉出現地域の総プレイヤーの戦闘力や行動パターンをAIが分析し、必ず勝てるステータスと行動パターンを最適化した状態で現れるとされています。それでも、必ず予告を伴い、突然現れないのは、ゲーム上のクレームを減らすためだといわれています』
「えっと、でも、それって、勝てるの?」
そうはいっても、文字通り桁違いの敵である。対して、〈ノッカー〉は答えた。
『運営AIが敗北を選択しない限り、全プレイヤーに勝ち目はありません』
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