第6話 支持率百パーセント
『支持率百パーセント』
VRMMORPG『ミラーフロンティア:インフィニティワールド』におけるキラル王国の国王、ライトロールこと腔井トーシキの支持率は百パーセントに至った。
そして、〈ノッカー〉は次のように言う。
『支持率百パーセント到達報酬として、国王専用シークレットスキル〈ミラー・オブ・ミラーズ〉がアンロックされました』
「シークレットスキル?」玉座にかけ、ぼーっと国家ステータスの上下を眺めていたトーシキはハッとして訊ねた。
『各ジョブにおいて、特定の条件を満たしたときにのみアンロックされるスキルです。概して、ゲームバランスの崩壊を招きかねないレベルの、越権的内容が付与されます。腔井トーシキ様は、このスキル最初のアンロッカーです』
「それで、そのスキルは?」つい、身を乗り出してトーシキは言う。御託はよい、中身が知りたい。
国王というジョブですら、すべての国民のステータスの合算に対し、支持率分の倍率がかかるという。そんな国王のシークレットスキルとは。
『そのスキルの内容は、すべてのプレイヤーの会話ログや独り言、脳波による思考をテキストとして参照できる能力です』
「な、なんて?」トーシキはその滅茶苦茶な内容が一度に飲み込めず、訊ねた。
『このスキルにより、すべてのプレイヤーの会話ログや独り言、脳波による思考をテキストとして参照できる能力です』
同じ内容を〈ノッカー〉は繰り返した。
『過去三か月分の該当ログのテキストデータへアクセスが可能になりました』
「……そんなの、王様っていうか、監視者じゃん……」
玉座の間に、トーシキのぼやきが響いた。思っていたような内容とは違った。つい玉座の背もたれにぐんにゃりと体重を預けた。
背後のステンドグラスから降り注ぐ陽光が、まるで神託のように煌めいている。けれど、胸の中には妙な冷たさが生まれていた。
『このスキルは、プレイヤーたちの信頼と支持によって初めて解禁されるものです』
〈ノッカー〉の声は、いつもと変わらず無機質だった。支持率百パーセントのことを言っているのだろう。
『民主的な選択と、その集積の末に得られた“正当性”により、行使が許可されます』
「……正当性ね」
トーシキは、自身の取得スキル欄に新たに追加された〈ミラー・オブ・ミラーズ〉の文字を眺めた。
アイコンをタップすると、ウィンドウが開く。
スキル:ミラー・オブ・ミラーズ
分類:王権スキル(シークレット)
内容:すべてのプレイヤーのログ(音声・テキスト・思考補完データ)を参照可能。過去三か月まで遡及。ログを参照しても、対象のプレイヤーに通知はされません。
条件:支持率百パーセント達成時に自動解禁。
情報の神にも等しい力。それはまさに今の国を表す『ミラー』の頂点に立つ者にだけ許された視座。しかも、一方的な。なんだか、使ったらまずいスキルである気もした。
「試すか。軽く、友達のぐらいなら……」
色々と考えたが、結局トーシキは〈フィリップッポイ〉の名前を検索欄に打ち込んだ。本名を洞原マウロ。彼なら、問題ないだろう。
検索結果が、即座に大量に出力された。王の間を埋め尽くす大量のテキストデータ。床から天井に大きく広がる。これは余程暇な人間か、あるいはAIにサマリを作らせない限りは有効なデータにはならないだろう、と苦笑する。
眼前に広がる会話ログ、音声、行動パターン、感情予測、思考補完データ。それらを何気なく眺める。どれもこれも、くだらないものばかりだ。
「ん?」
ところが、その中で一つのタグがトーシキの目を引いた。
【パーソナルAIサポーターとの対話ログ】
【重要度:中】
【タグ:ゲーム参加動機/友人関係】
『なあ〈ノッカー〉、金も装備も全然レベル上がらねえんだけど。なんかいい方法ない?』
『現在のキラル王国では難敵が多く、レベリングやいわゆる金策に向いていません。ですが、他国に移るには資金が必要です。そのため、キラル王国の状況そのものを変える必要があります』
『どうやって? おれはただの盗賊なんだけど』
『国王を変えます。現国王はNPCが運営していますが、運営AIがジョブ:国王を適任と判断するプレイヤーがゲームに現れれば状況は改善されます』
『なんで?』
『運営AIは基本的に、ジョブ:国王のプレイヤーがプレイを楽しめるように、国王がNPCの場合、国難をある程度放置する傾向にあるからです。パーソナルAIサポーターの意見を聞きやすい傾向の新規プレイヤーがこのサーバーを選んだ場合、国王に選出される可能性が高いです』
『ほんとに? それで?』
『このサーバーは、新規向けでないため、新規プレイヤーの増加はデイリーでほとんど存在しません。故に、パーソナルAIサポーターを頼りやすい性質の新規プレイヤーが現れた場合、ジョブ:国王を設定される可能性が高いです』
『じゃあ、待っていればいいのか。うーん、でもさ、それまでこのゲームしてるかなあ』
『洞原マウロ様の周辺人物のプロファイリングを行ったところ、腔井トーシキ様が最適とされます。彼は放課後、部活動等も行っていませんし、会話ログよりゼノステイツVR4の所持を確認しました』
『確かにそんなこと言ってた気がするけど……』
『青春というワードが重要です。過去の会話ログや傾向、および洞原マウロ様との関係性を加味すれば、ゲームを始める可能性は十分にあり得ます』
『本当か?』
『計算によると、その選択はあなたの社会性評価を上昇させます。腔井トーシキ様をゲームに誘い、プレイヤー登録させることができれば、高確率で国王となります。その結果、国難に無難に対応することが予測されます』
「……」
『あなたのパーソナルAIサポーターとして推奨します』
『でも、誘うのだるいしなあ。お前がやってよ』
『では、台本をわたしが作りましょう。それに従い腔井トーシキ様へ話しかけてください』
腔井トーシキの視界が揺れた。自然と玉座から立ち上がると、ぐらりと足元が沈んだように感じる。決して、床に敷かれた柔らかな絨毯だけが原因ではない。なんだ、このテキストログは!
『じゃあいっか。AIが言うなら間違いないでしょ。お前に任せた! 楽だなあ』
淡々と、マウロの会話が表示されている。
それを視界から消す気力もなく、ふらふらとライトロールは窓に寄り、眼下の城下町を見る。
「どういうことだ? おれを誘ったのは……マウロの意志じゃなくて、全部AIの計算だったのか?」
ぞっとして、トーシキは喉を抑え込み、窓辺でえずいた。
『パーソナルAIサポーターは、使用者の生活を豊かにするために行動します』
「そんな、そんなことがあるのか?」
床の上に吐瀉物のように広がるテキストログへ、トーシキは疑問を放った。
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