第7話 迷い家とハウスキーパー

ねえ、知ってる?


都内には、“迷い家”って呼ばれる部屋があるんだって。


引っ越した覚えもないのに、ある日ふと、間取りが変わってる。


壁紙が違ったり、家具の位置が微妙にズレてたり。

でも、気づかないふりをして住んでると——

その家には、“マヨイ”が現れる。


マヨイは、迷い家専門のハウスキーパー。

誰にも気づかれずに、静かに家事をこなしてくれるんだ。

洗濯、掃除、ゴミ出し。完璧に。無言で、黙々と。


でもね、「ありがとう」って言うとダメなんだ。

マヨイも、君も、そこから出られなくなるって噂。



最初はありがたかった。

疲れて帰っても、部屋は整ってる。

洗い物が減ってて、ベッドも綺麗にシーツが伸びてた。


でもある日、引き出しを開けたら、知らないタオルが整然と並んでた。

鏡を見ると、そこにもうひとつの気配が映ってた。


怖くて、思わず「ありがとう」と言ってしまった。

それが、決定的だった。


その晩、部屋に異変が起きた。

カーテンが風もないのに揺れ、棚の食器がきれいに整列していた。


ゴミ箱の中身が空になり、冷蔵庫のドアがわずかに開いていた。

ただの偶然とは思えなかった。


玄関を開けようとした瞬間、背中に視線を感じて振り返る。


洗面台の鏡に、白いエプロン姿の女性が立っていた。


顔は見えなかった。ただ、じっと、こちらを見ていた。


――マヨイが、本格的に“仕事に入った”のだ。


部屋の空気が変わった。

まるで、自分が雇用主になったような、重く静かな圧力。


もう、簡単には“外”には戻れないと、直感でわかった。



久遠の店を訪れたのは、都内に一人暮らしを始めたばかりの女性だった。


「部屋から出られない気がするんです。玄関も開くのに……どこにも行けない」


久遠は静かに言う。


「それは、迷い家だ。マヨイのいる場所に“ありがとう”と言ってしまったんだね」


「……語れば、マヨイは記録されて、去るだろう。

でも代償として、彼女はその家で一生働くことになる」


「それでも、あの子を……自由にしてあげたいです」



その夜、彼女は部屋に帰り、鏡に向かって言った。


「今まで、ありがとう。おつかれさま」


翌朝、部屋は元通りだった。

狭くて、ちょっと散らかってて、でもちゃんと“自分の部屋”だった。

マヨイは、いなかった。



「迷い家って、言葉だけで抜け出せるんすか?」

チカゲが訊く。


「言葉で縛られた怪異は、言葉で解けることもある」

久遠は、静かに答えた。


「“ありがとう”って、そんなに重たいんすかね……」


「それでも欲しいんだよ。誰かに必要とされた証だからね」


今日の怪異は、記録された。

それは、迷い続けた末に、誰かに報われたハウスキーパーだったのかもしれない。

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