第8話 ヤンキーとトイレのはなこさん
ねえ、知ってる?
学校のトイレに出る花子さんって、ただの怖い話じゃないんだよ。
ある学校では、三階の奥の女子トイレから、放課後になると煙草の匂いがする。
誰もいないはずなのに、ふたり分の声が聞こえるんだって。
「体に良くないよ」
「うるせーな……」
ヤンキーと花子さんが、毎日そこで話してるらしい。
*
男は、ふらっと久遠の店を訪れた。
制服姿ではないが、背中に残る空気が昔を物語っていた。
「語らせてくれ。……あいつのこと」
久遠は静かにうなずいた。
*
高校の頃の俺は、いつも喧嘩してた。未来なんかどうでもよかった。
タバコを吸って、誰にも期待されないようにしてた。
ある日、女子トイレで煙を吐いたとき、声がした。
「体に良くないよ」
ビビった。でも次の日も来た。
そこに、幽霊だという少女がいた。名前は、花子。
最初は馬鹿にしてた。でも、いつしか放課後は、彼女と話すのが日課になった。
花子は、誰にも会えない幽霊。俺は、誰にも期待されないヤンキー。
ふたりの言葉だけが、そこにあった。
「なんで、ずっといるんだ?」
「君が来てくれるからだよ」
ある日、放課後のトイレで、俺は言った。
「なあ、花子。今日、ちょっと遊び行こうぜ」
冗談半分、本気半分だった。
でも花子は、寂しそうに笑って首を横に振った。
「私は……ここから、出られないの」
その言葉に、俺は一瞬固まって、それから爆発した。
「だったらなんなんだよ! 幽霊だからって、ずっとトイレに引きこもってんのかよ!」
ぶつけたのは怒りじゃなく、どうしようもない悲しさだった。
そのまま、俺はトイレを飛び出して——二度と、来なかった。
……いや、来れなかった。
ある日、大きな喧嘩で負けた。
プライドも何もかも折れた。
でも、トイレには変わらず花子がいた。
*
「語れば、彼女は記録され、消える」
久遠はそう言った。
「代償はタバコだ。ずっと君を守ってきたものを、手放すんだ」
迷った。
けれど、ポケットから箱を取り出して、そっとカウンターに置いた。
「……やめてみるよ」
*
久しぶりに、あのトイレを訪れた。
誰もいなかった。
でも、便器の横に、火のついていないタバコが一本、残されていた。
「じゃあな、花子」
扉が静かに閉まった。
*
「ヤンキーと花子さん……すごい組み合わせっすね」
チカゲが呟いた。
「孤独な者同士は、言葉を交わせば、それだけで怪異にもなる」
久遠の言葉が静かに残る。
今日の怪異は、記録された。
それは、煙のように消えていった友情だったのかもしれない。
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