第8話 ヤンキーとトイレのはなこさん

ねえ、知ってる?


学校のトイレに出る花子さんって、ただの怖い話じゃないんだよ。


ある学校では、三階の奥の女子トイレから、放課後になると煙草の匂いがする。


誰もいないはずなのに、ふたり分の声が聞こえるんだって。


「体に良くないよ」

「うるせーな……」


ヤンキーと花子さんが、毎日そこで話してるらしい。



男は、ふらっと久遠の店を訪れた。

制服姿ではないが、背中に残る空気が昔を物語っていた。


「語らせてくれ。……あいつのこと」


久遠は静かにうなずいた。



高校の頃の俺は、いつも喧嘩してた。未来なんかどうでもよかった。


タバコを吸って、誰にも期待されないようにしてた。


ある日、女子トイレで煙を吐いたとき、声がした。

「体に良くないよ」


ビビった。でも次の日も来た。

そこに、幽霊だという少女がいた。名前は、花子。


最初は馬鹿にしてた。でも、いつしか放課後は、彼女と話すのが日課になった。


花子は、誰にも会えない幽霊。俺は、誰にも期待されないヤンキー。

ふたりの言葉だけが、そこにあった。


「なんで、ずっといるんだ?」

「君が来てくれるからだよ」


ある日、放課後のトイレで、俺は言った。

「なあ、花子。今日、ちょっと遊び行こうぜ」


冗談半分、本気半分だった。


でも花子は、寂しそうに笑って首を横に振った。


「私は……ここから、出られないの」


その言葉に、俺は一瞬固まって、それから爆発した。


「だったらなんなんだよ! 幽霊だからって、ずっとトイレに引きこもってんのかよ!」


ぶつけたのは怒りじゃなく、どうしようもない悲しさだった。


そのまま、俺はトイレを飛び出して——二度と、来なかった。


……いや、来れなかった。


ある日、大きな喧嘩で負けた。

プライドも何もかも折れた。

でも、トイレには変わらず花子がいた。



「語れば、彼女は記録され、消える」

久遠はそう言った。


「代償はタバコだ。ずっと君を守ってきたものを、手放すんだ」


迷った。

けれど、ポケットから箱を取り出して、そっとカウンターに置いた。


「……やめてみるよ」



久しぶりに、あのトイレを訪れた。

誰もいなかった。


でも、便器の横に、火のついていないタバコが一本、残されていた。


「じゃあな、花子」


扉が静かに閉まった。



「ヤンキーと花子さん……すごい組み合わせっすね」

チカゲが呟いた。


「孤独な者同士は、言葉を交わせば、それだけで怪異にもなる」

久遠の言葉が静かに残る。


今日の怪異は、記録された。

それは、煙のように消えていった友情だったのかもしれない。

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