束の間、日常 Ⅲ
墓石に遺族全員分の文字を掘り終え、あとはやるべき事が終われば菊谷の遺骨を納めるというところまで来たその日。
オネイロスが単語辞典やら端末を見て難しい顔をしているのを、わたしはじっと見ていた。
「…
「おはようございます。何してるんですか、夢境さん」
「あ、シオンだ。おはよ〜…。今はね、…オリジナルの術式の名前、考えてたんだ。術式自体はね、もうできてるんだよ。とっておきのやつ」
驚いた。神様ともなってくると定型の術式に沿わずとも何かできるのか。相当頑張っているはずの彼がまた何かしようとしていることにもまた驚く。
――それにしても。
「術式に自分から名前つけるって、わたしがやるならすごく昔の古傷が疼いちゃうんですけど。オリジナル呪文とかオリジナルキャラとか、あのへんの創作をやっていた頃みたいな…」
「…ふふ。夢みたいな空想世界を渡るのが好きだったのかな、昔のシオンも。おれはね、本当に作るだけできちゃうから。そういう実現しないからこそのくすぐったさも味わってみたかったな」
ふわりとオネイロスが咲う。この人は本当になんというか、無垢というか。一度失ったのを経て再形成をしようと成長しているこどものような強さと脆さがあって、心の変なところが刺激されそうになる。…具体的には、庇護欲とか。一応こちらが守られている立場ではあるのだが。
「ルビ振りが必ずギリシャ語ってなると…なかなかわたしもレパートリーが。でもめちゃくちゃ難読の当て字とかにしなければ、まだいけますかね」
「入ってきやすさとかっこよさ、どっちもあってほしいもんね。でも幻想って言葉は入れたいな」
どうしても聞きたくなって、ひとつだけ彼に質問を投げかける。
「…夢境さんはどういう術式として作ったんですか、それ。…いま名前をつけようとしてるやつ」
「ああ…。そうだね、強いていうなら――相手から何も奪わないで、でも長い眠りに就かせるための大事な術式、かな。…答えになってる?」
「なってますなってます。じゃあ、わたしだったらこの字も入れたいかな…箱庭、とか。」
…普通に創作の設定を練るのと同じような感じでその文字を選んだが、大丈夫だろうか。それに気づいて恐る恐るオネイロスの顔を見やると、彼は目を少しだけ見開いていた。
「……箱庭。…いいね、小さな空間が広がった空想世界。その中でなら、誰もきっと寂しくならない。シオンのその案も採用で。はい、ハイタッチ…」
「…たーっち。え、そんなにあっさり決まっていいやつだったんですか。すごく大事なやつなのでは」
「…おまえにとってはその言葉も思いつきの一つかもしれないけど、おれにとっては溢したくないちいさな煌めきだったの。だから、いいんだ。」
言葉一つ一つを丁寧に受け止められている。それがくすぐったい気持ちもあり、信頼を向けられているのが分かるのもあり、自分の表情が柔らかく緩むのがわかった。
「…折角なら前口上とかも考えます?ゲームキャラの必殺技の詠唱みたいな。いやそれはさすがによくないか…二次元すぎて。」
「え、やりたいなそれ。…ちょっとオタクっぽくなっても気持ちが籠もってるなら全然いいと思っちゃうよ、おれは。一緒に考えよ、シオン。」
「言い出しっぺのわたしも責任重大ですね、気持ちを込めていきます。」
少しずつ、少しずつ。日々が過ぎていく。わたしの18歳の誕生日も、段々近づいてくる。
「……孤独に寄り添う灯り、いい言葉かも。夢ってそういうものだから。」
「やさしい言葉選びですね、夢境さんらしい…」
もうちょっとだけこの人達と――オネイロスと、タナトスとヒュプノスと一緒にいたいなと思いながら、目を少し閉じてスケッチブックに向かう。
もうそろそろ、秋も始まりそうだった。
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