束の間、日常 Ⅱ

夏も終わりそうな暮れの頃、――西日の差す部屋でヒュプノスがまた何かの端末で風変わりな墓石を検索しているのを認めた。

 

「…何してるんですか、睡魔さん。」

「ん〜〜?お前が前に欲しいって言ったろ、墓石。そろそろ夏終わっちゃうしね、作ろうかなって。」

「えー…?なんか、大丈夫なんですか、睡魔さんの労力的に。時給換算とかじゃ済まなそう。」


親族を葬るための最高の墓石作り。


…確かに、そんなことをかなり昔に話した気はする。あの時は確か、そこまで彼との関わりが深くなく。墓石を自分のために作ると言ってくれたことも冗談交じりなのかと思っていたのだが。

 

「んふふ、…返済までいーっぱい待ってあげるよ?だからそこまで死ぬんじゃねえぞ、ガキ。」

「お金取るんだ。…や、ですよね。給料3ヶ月分とかで済むのかな、結婚指輪が一番人生でデカい買い物という偏見があるので基準がそこなんですけど」

「冗談〜♡あはっ、墓石が結婚指輪と並べられるって不謹慎も不謹慎だろ。…でもまぁ、結婚って人生の墓場って言うしね。ほーんと、お前らしい。」


そこから、数分後のこと。

ヒュプノスがこちらにちょいちょい、と手招きをしてきたのでそちらに寄って話を聞く。

 

「…お前さぁ、絵とか描ける?」

「絵。…割と、いつも絵を描いてたので。」


あー、と三つ編みを弄る彼が言葉を零す。 

「…や、どっちかというと絵というよりデザインか。ボクが天才だからさ、よほど無理な造形じゃなければお前の描いたやつで墓石作れるかもよ〜って話。」


…前のヒュプノスはというと良い感じのデザインを参考にして作るよ〜というニュアンスで墓作りをしようとしていたのが、今は完全にわたしに色々託していて、驚いた。

彼も相当わたしに甘くなったな、と思いながら本棚からスケッチブックを探す。

 

「……デザイン原案みたいな感じならまだいけるかもですけど。完全なものが描けるかというと、まぁ…。」

「まあ難しく考えなくていいよ〜、共同作業きょーどーさぎょー、ってやつ♡やろうぜ、最高の墓作り。」

「…入刀するウエディングケーキ代わりが墓石なの、イカれてて好きですよ。やりましょう。」

「……いやそこはなんか突っ込めよガキ。なーに余裕そうな面してんの、その頬伸ばすぞ」

「ひゃ〜。もう伸ばしてるじゃないですか。暴力反対。」


――それから、わたしも自分なりにいろいろ調べた。青御影石のお墓がすごく綺麗だなとか、ここに藤色で透明なガラスが入ってたらいいなとか、そういうのを絵で描けなかった分はメモに詰めて。

 

これ再現すんの?もっと難しいのでも全然いけるけど、と言ってくるヒュプノスに、これがいいんですと伝えると、彼は『そーかよ』と笑ってスケッチブックに描かれたわたしの描いた線をなぞった。



ヒュプノスは使われてない一室――あのとき薬師のいた開かずの部屋を開けて、工房代わりに使うことにしたという。

 

うわ、と呆れたような笑いに隠れて心底嫌そうな声を出した彼は当時のままで床にぶちまけられたような大量の水を拭き取り、その水の中に紛れた黄色い鱗をやすやすと消し去っていた。


そのまま、時空の裂け目から石材とスケッチブックを取り出したヒュプノスがひとつ伸びをする。

 

「お掃除完了〜っと。ここにお前の叔父さんが寝てたんだぁ。あのアマに睡眠妨害されてたらしいのはお前から聞いたけど、ほんっと碌なことしねえよな」

「眠りの神様的にヤなんですか、そういうの。」

「完璧主義だからさ〜。ゴツい男でもボクにとっては仔羊ちゃんの一人なわけ。一人でも眠れてなかったら悲しいの、えーん。お前もだぞガキが、ちゃんと睡眠取れよ。や、最近は結構良さそうか…。」


墓石の施工というのは完成まで一ヶ月半は最低でもかかるらしかったが、ヒュプノスがずっとこの部屋から出ずに作業しているのを起きて確認しに行くと、とんでもない早さで何かしらが進んでいた。

何をしたからどう進んだのかはわからないが、目を離した隙に着実に成形のようなものが進んでいた。


「…本当に3日で終わらせる気だ。」

「有言実行できなきゃカッコ悪いでしょ。ほんとのところは3分クッキングみたいなのが理想なんだけどね。まあいいや。」


この人、神格とはいえ本当に寝ないのか。全然辛そうにはしてないけどそのへんにラムネの袋が大量に置いてある。頑張ってくれては、いる。


「睡魔さん、三日三晩寝ないんですか」

「あ~?作業終わるまでは寝ないよ、っていうか神格って睡眠の概念がただでさえ曖昧だしね。たまーにどうしようもなく疲れるから電源落とすくらいの気持ちで休みはするけど」

「じゃあ完成したら丸一日寝てください、あまりにも働きすぎなので」

「お前みたいな雑魚人間に心配されるほど落ちぶれてねーよ、そっちこそ休んだら〜?張り付いて見るようなもんでもないでしょ、この作業。」


外面こそ手厳しいが、要約するとこちらを慮っているような彼の言葉選びにまた少し驚く。…少し、少しだけ。何か言いたくなった。


「…睡魔さん」

「あ〜?何?構ってほしいんでちゅか〜?」

「いつもありがとうございます、わたしの師匠」


わたしが話しかけたからか少し手を止めた彼がその直後にガタ、と体勢を崩したのを見た。


「……あっぶな、手止めてよかった。」

「大丈夫ですか、体勢崩してましたけど。やっぱり睡眠が足りてないのでは」

「眠りの神格が心配されるとかありえねーから」


今の感謝は割と本気だった。元々ヒュプノスとは出会い方こそ最悪だったが、早い段階から一緒にいてくれて、レーテーへの対抗手段を得る時に師事をしてくれたところでも相当世話になっている。わたしは彼の内面を――記憶をまだ完全には知らないが、それでもわたしは前よりずっとヒュプノスの事をわかっていると思う。


先程の発言以降ヒュプノスがこちらを向いてくれなくなったので、これ以上素直に話すのはやめにして術式の話を振ることにする。


「…あと、これが終わったらまた教えてほしいことがあるんですよ睡魔さん。決められた空間における施錠をやってみたくて…」

「お前のその向上心、本当にキショいよな。いいよ、付き合ったげる。これ終わったらね」


青御影石に嵌った藤色のガラスが煌めいているのを横目に、彼の揺れる三つ編みを目で追いかけていた。


少しずつ、終わりへの準備は近づいていた。

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