継ぎ足される安寧 Ⅲ
10月中旬にこの家――御影堂邸に来てから2カ月が経ち、冬も深まっていた。
クリスマスシーズンに自力で磔になって死のうとしたり、ホワイトクリスマスにちなんで雪の降りしきる外で横たわって凍死しようとして止められること、数回。
もうすっかり、年越しも近づいていた。
炬燵に入りながら、いつものように話し始める。
「喉にものを詰まらせて死ぬのも、散り際としてはなかなか呆気なくていいですよね」
「何一つとして同意はできないが、そうなのか」
わたしは先程スーパーに寄って買ってきたものを袋から取り出す。それは20個以上は入っているだろうという切り餅の袋詰めだった。
「そこで人間の命を奪う恐ろしい食べ物についてご紹介しようと思います。まず金字塔がこれですね、餅。」
「米粉を水と捏ねて作る、日本をはじめとした各国で見られる食物だな」
タナトスのその某pedia的な説明に口角をちょっとだけ上げながら、話を続ける。
「これは怖いですよ。なにせ正月という恒例行事にかこつけて1年に一度ペースで人の命を奪いにくるのです。自キャラが正月の餅を喉に詰まらせるネタをギャグ表現として描く人間が当たり前にいるほどこの国ではありふれた話ですね」
む、と考え込み少ししてから口を開くタナトス。
「餅を食べないという選択肢は…」
「うちみたいに親なし献立なし恒例行事には逆張りみたいな家じゃないとまず食べることになりますよそれ。キャッ、御影堂ジョーク」
発言してから相手からの応答が途切れたので、少しばかり発言の毒気が強すぎたかと思いタナトスの方を見やると…真剣な眼差しで切り餅を手に取りながら独り言を言っていた。
「…これも人間に課された一つの試練というわけか。死の危機を乗り越えて、その先でまた相まみえることができるといい」
この人も真面目通り越して結構な天然キャラだよな、というのに気付いたのはごく最近の話だ。
この前なんか、玄関先の本当に何の意味もなさそうな石に対して話しかけていた。世のオタクはこういう人を捕まえて「あかちゃん」とか言うのだろうなと思う。
そんな事を考えていた時、炬燵の方を見やって、タナトスがこほん、と咳払いをするのが聞こえた。
「…これは、前振りではないのだが」
「エッ、死にます?練炭?」
「だから前振りじゃないと言ってるだろうが!…炬燵に半身くらい入っている時に死ぬと、数日くらいして見つかった人間は……とても凄惨なことになる。だから、お前は炬燵に入って死のうなんて考えるなよ」
「あ、それ最近何かの本で見ました。炬燵で温め続けられた所は腐る速度が段違いで、炬燵の外に出てる部分は普通の速度で腐るのでピザのハーフ&ハーフみたいに死体が綺麗な部分とぐちゃぐちゃの部分に分かれてお得ってやつですよね」
「何もお得じゃない、馬鹿が。やめろ。」
なんでそんなこと知ってるんだ、とぶつくさ言う彼がわたしの傍においてある首吊り紐を全部回収していく。折角編んだのに。
そんな話をしていると、いつの間にか時計の針は23時45分を指していた。
「早く寝ないのか、昼夜逆転はよくない」
「この年頃のオタクなんてみーんな昼夜逆転生活ですよ、平気平気」
「主語が大きい。…やることが終わったらよく眠るんだぞ」
ふと、重くならないようにある程度の口調の軽さを装って問いかける。
「わたしは死神さんと年を越せてうれしいですけど、死神さんはご迷惑じゃない、ですか」
「……多少、いつもに比べて騒がしいと思うくらいだ。でもそれは」
嫌じゃない、と小さな声で、確かに聞こえた。
それを聞いて自分の目元がふわ、と緩むのを感じる。
「…うれしい、わたしも寂しくなくてうれしいです」
「……来年もよろしく、だったか。来年もお前を生き永らえさせてやる。私のために。」
「それはもうプロポーズに近いんじゃないんですか?味噌汁作ります?」
「お前が自炊を覚えるならそんなにいいことはないな」
カチ、カチ、カチ。
時計の秒針の音が遠くに聞こえる。
わたしの存在がこの人の人生数百年、数千年の中に残る傷になれたらいいなと思う反面、この人の穏やかな瞳が揺らぐのが嫌なわたしもいる。
だから、今はまだ選択を急がずに。
「今日も今日とて希死念慮、です」
SNSの一気に騒がしくなったタイムラインを更新しながら、わたしは口でそう呟いた。
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